第3話 黒水晶の悪魔
ベルローズ男爵家には聖遺物と呼ばれる、遺跡からの出土品がいくつか伝わっている。
そのひとつが〝フリックスの黒水晶〟——
大人の掌よりもふた回りほど大きな、長方形の黒い水晶板だ。
黒水晶の能力は、持ち主に〝動画〟を見せること。
ただし、その能力を知る者は多くない。
動画を見るためには、黒水晶の管理者である悪魔〝フリックス〟との契約が必要なのだが、この契約には莫大な魔力が必要となる上に、よほど相性の良い人間でなければ、そもそも悪魔の存在に気づくこともできないからだ。
貴重な遺跡からの出土品でありながら、普通の人間にはろくに起動すらできない聖遺物。うちの父上にガラクタと呼ばれたのも、まあ無理からぬことである。
ちなみに私が動画と呼んでいるのは、現実を切り取ったような精細な記録映像のことだ。
短いものならば数秒程度。長いものでは数時間にも及ぶ。
そしてひとくちに記録映像といっても、黒水晶で見られる動画は、現実に起きた出来事ばかりではない。演劇のように脚色されたストーリーを持つ〝映画〟もあれば、人や動物の絵がヌルヌルと動く絵物語のような〝あにめ〟もある。
さらには楽器の演奏や算術の解き方について教えてくれる〝教育番組〟や、料理のやり方を解説する〝料理番組〟というものもある。
三歳のときにたまたま黒水晶に触れた私は、たちまちこの聖遺物の虜になった。
そして時間が許す限り、悪魔が薦めてくる動画を見まくった。
最初は子供向け番組から。やがてドラマやバラエティなどに手を伸ばし、最終的にはドキュメンタリーや教養番組にハマった。通販番組とやらもなかなか面白かった。
黒水晶に映る動画は、どうやら私の知らない異世界で作られたものらしい。
番組内で紹介された地理や歴史などの知識は、そのままではほとんど役に立たない。しかし異世界の偉人や武将たちの考え方はなかなか興味深く、この世界で応用できるものも多かった。
そして私がそれらをうっかり口にしたことで、周囲の大人たちは仰天することになる。
自分がやらかしてしまったことに気づいたときはもう遅かった。
農業、商業、軍事、政治。ありとあらゆる分野で助言を求められ、私を神童などと呼び始める連中も出てくる始末。
もうひとつ厄介な問題は、魔力量の問題だった。
黒水晶の起動には、膨大な魔力が必要になる。そして幼少期から黒水晶を使いまくった私の潜在魔力量は、知らない間に鍛え上げられて、とんでもない数値になっていたのだ。それこそ王国軍の魔法兵団を預かる父上ですら、私の足下にも及ばないレベルまで。
大人顔負けの異様な知識。そして膨大な魔力量。軍属魔法師の父と大聖女の母を持つということで血統に関しては折り紙つきだし、容姿だってそんなに悪くない。おまけに聖女の紋章持ち。
鑑定の儀式を待たずして私が有名人になってしまったのも、ある意味、当然のことだろう。
もっともその鑑定の儀式で、聖女としての神秘がバーサーカーの加護だったことが判明し、現在の私の評価はドン底まで落ちてるんですけどね。
まあ、それはべつにいいんだよ。
今さら自分がただの動画オタクだったなんて言い出せずに、私も困ってたんだから。
このまま人々が私のことを忘れてくれるなら、手間が省けてむしろ助かるよ。
私は北の辺境で、スローライフを満喫させてもらうからさ。
■■■■
「そんなわけで、バーサーカーのスキルを確認したいんだよ」
ベルローズ家の屋敷に帰り着いた私は、部屋に戻ってさっそく黒水晶に閉じこめられている悪魔を呼び出した。
水晶板に映るフリックスは、小さなライオンの姿をしている。鷲の翼を持った有翼の獅子だ。
ただし猛々しい印象はない。
そもそも黒水晶の表面に全身が映るくらい小さいし、三頭身くらいで全体的に丸っこいからね。異世界ではこういうの、ゆるキャラって呼ばれてたんだよね。知ってるよ。
「それは好きにすればいいんじゃないの? どうしてボクに言うのかな?」
やる気の感じられない皮肉げな口調で、フリックスが言う。こいつ、見た目のわりに性格が可愛くないんだよな。
「それはもちろん動画を紹介してもらうためだよ。『初心者のためのバーサーカー入門』とか、『よくわかるバーサーカー講座』とかないかな?」
「そんなこと言われても、ボクはこっちの世界の悪魔じゃないからね。バーサーカーの加護の解説動画なんてうちにはないよ」
「え、そうなの?」
そういえばフリックスが造られた世界では、そもそも加護や魔法が存在しないんだっけ。黒水晶に映る動画には、普通に魔法や超能力が登場するから忘れてたよ。バーサーカーが登場する作品もあったしね。
「契約悪魔としてボクにできるのは、せいぜいきみのステータスを確認するくらいだね」
「ステータスの確認? できるの?」
この世界にもあるのか、ステータス。なんでフリックスにそんなことができるんだ?
「きみはボクの契約者だからね。見てみるかい?」
「うん。見たい見たい」
「はい」
黒水晶の表面からフリックスの姿が消えて、光輝く文字が浮かび上がる。
へえ。本当に出るんだね、ステータス。
【アルセリカ・ベルローズ】
バーサーカー: Lv.1
体力: 54 頑健: 42 器用: 107 敏捷: 73 知力: 166 魔力: 684,971
スキル:[暴装]
「なるほど、こんなふうに表示されるんだ。けっこうざっくりした情報だね」
「きみにわかりやすいように、ボクのほうで適当に項目をまとめてあるんだよ。尿酸値やコレステロールの値を表示されても困るでしょ」
「うん、ごめん。ちょっとなに言っているのかわかんない」
本当はもっと詳細な数字が出せるみたいだけど、どうやらフリックスが気を遣ってくれたらしい。あんまり複雑なデータを渡されても、私が理解できないからね。
「この数字を見た感じ、100が一般人の平均値なのかな?」
「あくまでも潜在能力の理論値だから、やる気や疲労で一割二割はすぐに変動するけどね」
フリックスが私の推論を肯定する。一般成人の平均値が100なら、私の体力が54っていうのは納得だな。数え年でまだ十歳だし、これでも貴族の令嬢だからね。あまり体力はないんだよ。
楽器や刺繍で鍛えているから、幼いなりに器用度はまあまあ。知力が飛び抜けて高いのは、神童の面目躍如といったところだね。識字率の低い世界だから、貴族教育を受けているだけでも余裕で平均値はクリアするんだと思う。貴族ならではの駆け引きで、悪賢さも鍛えられてるしね。
「なんか一個だけ数字がバグってるパラメーターがあるんだけど……?」
「あらめて見ると、これはひどいね。どれだけ動画を見まくったら、潜在魔力量がこんなことになるんだい?」
「私だけのせいにしないでくれるかな。黒水晶の使い過ぎが原因なら、止めなかったフリックスにも責任があるでしょう?」
潜在魔力量が常人の約六千八百倍。
基準がないのでよくわからないが、異様な数字だというのはなんとなく理解できる。膨大な魔力を消費する黒水晶を、幼いころから延々と使いまくった反動だろう。
「ちなみに魔力のステータスは、一般人の場合はだいたい一桁だからね」
「え?」
「魔力100というのは、いわゆる魔力持ちだけの平均値」
ただでさえ気まずい思いをしている私に、フリックスが追い打ちをかけてくる。
魔力を持たない人々を含まず、魔力持ちだけの平均値が100。すると私の潜在魔力量は、常人の二十倍の戦闘力があるといわれている魔力持ちの、さらに六千八百人分ということか。ドン引きだよ。
こうして私のステータスが確認できたのはいいけど、バーサーカーのスキルの使い方は結局わからないままだった。聖遺物といえども、万能ではないってことだね。
仕方ない。スキルの使い方は、スキル持ちに訊いてみるとしましょうか。




