第2話 追放の真実
「……運が良かったな。アルセリカは」
加護の鑑定を終えて屋敷に戻る馬車の中で、父上はしみじみと息を吐き出した。
「本当ですね」と相づちを打ちながら、母上も晴れやかな笑みを浮かべている。
はあ、そうですか、と私は無言で、正面に座る二人を見つめた。
そのアルセリカこと私アルセリカ・ベルローズは、聖女としての神秘がバーサーカーの加護だと判明して、北の辺境に追放されることになったわけですが。言うほど幸運でしたかね?
そんな私の疑惑の眼差しに、喜んでいた両親も気づいたらしい。
父上は少しばつの悪そうな表情を浮かべて、申し訳なさそうに説明を始める。
「アルセリカ……実は、おまえには縁談が持ちこまれていたのだよ」
「はあ……縁談……」
「お相手はエフゲニー・マルシャン閣下だ」
「……どちら様でしたっけ?」
「マルシャン伯爵家の現当主だな。今年で四十八歳になられたはずだ」
「めちゃめちゃおっさんじゃないですか」
思わず口が悪くなってしまったが、両親は私を咎めようとはしなかった。
まさかの伯爵家との婚約話。お相手は初婚じゃないよね。後妻かな。しがない男爵令嬢の私では家格に差がありすぎるけど、これだけの年齢差があればそれも納得だ。
おそらく神童と呼ばれた私の噂を聞きつけて、婚姻という形で自領に取りこむために縁談を持ちかけてきたのだろう。いくらなんでも五十歳近い伯爵家当主が、数え年十歳の私に本気で惚れているわけではないと信じたい。
「当家と目立った交流はないが、マルシャン伯爵家は王国東部の有力貴族だ。先方が本気でおまえとの婚姻を望めば、断るのは難しい」
「まあ、そうでしょうね……」
「最悪、おまえを国外に逃がすことも考えていたが、今回の儀式で状況は変わったはずだ」
「なるほど」
優秀な魔法師、または治癒術師になると期待されていた私の加護は、悪名高いバーサーカーだと判明した。そのせいで私は王都から追放されて、辺境の領地に追いやられることになっている。伯爵としては、すっかり当てが外れたことだろう。
おかげで我が家は労せずして、格上の伯爵家からの縁談を潰すことに成功したわけだ。
運が良かったという父上の言葉にも納得だ。
大勢の貴族が集まっている聖堂で私の追放を発表したのも、伯爵家に対して、私の無能さを宣伝するのが目的だったのだろう。
そういうことなら、私としても不満はない。
伯爵様だろうがなんだろうが、さすがにお祖父様と同世代の殿方との結婚は避けたいからね。
「不安もあるだろうが、ベルローズ領のことなら心配は要らない。辺境とはいえ、あそこは交通の要所だからな。商人たちの往来も活発だ。好奇心の強いおまえにとっては、案外、王都よりも楽しめるかもしれんぞ」
「異国の商人が訪れるのですか?」
私は思わず声を弾ませた。
それはなかなか耳寄りな情報だ。
うちの国——アメティスタ聖王国は、戦争ばかりやっていたせいで技術や文化の発達が長らく停滞気味なのだ。商人が領内を行き来するというのなら、外国製の優れた産物を、ぜひとも手に入れたいものである。
「うむ。しかし外国と国境を接しているというのは、いいことばかりではないからな。くれぐれも安全には気をつけるのだぞ」
「あら。アルセリカさんはバーサーカーの加護を持っているのだもの。大丈夫よ。ね?」
母上がにこやかに微笑んで私を見た。そんなふうに同意を求められましても、私はバーサーカーの能力をなにひとつ知らないのですが。
「母上はバーサーカーの加護について、なにかご存じなのですか?」
「いいえ。でも、アルセリカさんがもらった加護ですもの。きっと素晴らしい力に決まっています。楽しみですね」
謎の確信に満ちた母上の言葉を、私は否定することができなかった。期待してもらえるのは嬉しいけれど、その信頼は重いです、ママン。
「キトリーとロジェは連れていくのでしょう?」
「本人たちが望めばそうしたいと思っているのですが、構いませんか?」
キトリーは私の専属侍女で、ロジェは屋敷の従僕だ。二人は没落した子爵家出身の姉弟で、我が家のような零細男爵家の使用人としてはあり得ないくらい優秀な人材である。
なにしろ彼女たちは元貴族——つまり魔力を持っているのだ。
貴族と平民の身分を分けるのは魔力の有無だ。
魔力があれば、スキルが使える。たとえ平民の生まれでも魔力持ちであれば、戦などで功績をあげて貴族籍を得るのは難しくない。
魔力持ち一人の戦闘能力は、一般の兵士二十人に相当するともいわれている。
まあ、実際のところは魔力量やスキルの個人差が大きすぎて、そんな雑な計算は通用しないんだろうけどね。
なんにせよキトリーたちが有能であることは間違いない。
「あの二人は、もともとおまえに仕えているのだ。おまえの好きにするがいい」
父上はそんな有能姉弟をあっさり手放して、私に同行させることにしたらしい。
ここまでしてもらえば、さすがの私にも理解できる。父上たちは決して私を見捨てたわけではない。あくまでも娘を守るための窮余の策として、仕方なく辺境に追放したのだと。
いやいや、もちろん本気で疑っていたわけではなく、両親のことは信じてましたけどね。
でもほら、なんだかんだで追放されることは確定しているわけだし、多少はね。
「ありがとうございます。ところで、父上。もうひとつお願いがあるのですが」
この際だからと、私は厚かましく強請ってみることにする。
「ふむ。なにかな?」
「フリックスを連れていってもいいでしょうか?」
「……フリックス?」
私のお強請りの内容を聞いて、父上は怪訝そうな顔をした。
あれ? フリックスじゃ伝わらなかったのかな?
「ああ、思い出した。黒水晶に憑いている悪魔のことか」
「あ、はい。それです」
「そういえば、おまえは昔からあのガラクタを気に入っていたな」
ガラクタと言ったか。あんなものでもいちおう我が家に代々伝わる聖遺物。家宝だよ。
「あれを持っていくのは構わない。どのみち、あんなものを欲しがるのはおまえだけだからな」
酔狂なことだ、と父上は笑う。使い道のない骨董品ひとつで娘のご機嫌が取れるのだから、安いものだと思ったらしい。私は父上の言葉を聞いて、心の中でほくそ笑む。
よしよし、聖遺物いただきました。
たしかに悪魔としてのフリックスには、なんの力もないけどね。
だけど、私が神童などと呼ばれるようになったのは、間違いなくあの黒水晶のおかげなのだ。
ふふふ、これで北の辺境に送られても、なんとかやっていけそうだ。
王都を出るのが少し楽しみになってきたよ。
おっと、忘れてた。その前に、バーサーカーの能力も検証しなきゃいけないね。




