第1話 その神童はハズレ聖女
初投稿です!
「バーサーカー……! アルセリカ・ベルローズ男爵令嬢の加護は〝バーサーカー〟です!」
豪華な祭服に身を包んだ神官が、鑑定儀の表面に浮かんだ古代語の文字列を読み上げる。
驚きと蔑みの滲んだその声を、私はどこか他人事のような気分で聞いていた。
鑑定儀が生み出す魔法の光に、目を奪われていたせいだ。
いやだって本当に綺麗なんだよ、鑑定魔法。
虹色に輝く光の粒が、空から雨みたいに降りそそぐ感じで。
そう。まるで大きな〝らいぶいべんと〟の〝すてえじ〟演出みたいだった。
あの魔道具、私も一個欲しいな。まあ無理か。
鑑定儀、王国内に七個しかない貴重な聖遺物だって言ってたし。
「バーサーカー……」
「まさか……本当に……?」
私がそんなことをぼんやりと考えている間に、聖堂内に集まっている人々がざわつき始めていた。
その原因はもちろん、私の加護がバーサーカーと鑑定されたことなのだろう。
そうか。まさかのバーサーカーか。
名前自体は有名だけど、実在するとは思っていなかった。
意外なところを引き当てたな、というのが正直な感想。
分類上はたぶん戦士系。前衛職ということになる。
みんながざわついているのも、おそらくそれが理由なんだろう。私の体格はどこからどう見ても前衛向けじゃないからね。
バーサーカーは魔法が使えないと聞いている。
戦いが始まると理性をなくして、目の前の敵を殲滅するまで攻撃をやめないとも。
うーん、なかなか癖の強そうな加護だ。ほかに欲しかった能力があったわけじゃないからべつにいいけども。
そう。加護というのは、聖女が持つ神秘的な力の総称だ。
この国の貴族の中にはごく稀に、聖女の紋章を持った女子が生まれてくる。
彼女たちはその〝神秘〟をもって、ときに天災から人々を救い、ときに魔物の軍勢を退けた。
加護の種類は様々だ。
豊穣の加護を持つ聖女がいれば、領内の作物の実りが豊かになり、水の加護を持つ聖女がいれば、領地が渇水に苦しむことが少なくなる。
癒しの加護を持つ聖女ならば、ときに死の淵にある病人すら救う。
そして伝説に謳われる〝剣の聖女〟は、自軍の兵士が持つ剣をすべて聖剣に変えて、魔物たちの群れを討ち尽くしたという。
そんな能力の特性を大雑把に分類して、人々は加護に様々な名前をつけた。
私たち聖女候補は十歳になると王都に集められ、自分に与えられた〝神秘〟の性質——すなわち加護を鑑定することになっている。
鑑定儀というのは、聖女の加護を判別すると同時に、眠っていた能力を覚醒させる魔道具なのだ。
ちなみに王都の聖堂で一斉に鑑定を行うのは、有用な加護の持ち主を効率的に探し出すためだけでなく、不正を防ぐためでもある。
要するにくだらない見栄を張って、自分ちの子供が賢者だ勇者だなどという虚偽の申告をするような真似はさせませんよ、ということだ。
私と同い年の聖女候補と、彼女たちの保護者がこの聖堂に集まっているのも、それが理由だ。
つまり私の加護がバーサーカーだということも、この場にいる全員に知られてしまった、というわけで——
「おーほっほっほ! あらあらまあまあ、バーサーカー。神童と呼ばれたアルセリカ様の神秘が、よりによって魔法の使えないバーサーカーの加護だなんて傑作ですわね。ご愁傷様ですわ!」
嬉しくて仕方がないという表情で笑い出したのは、ギーゼキング子爵家のセシリー夫人だった。
彼女の娘のエリーヌ嬢は驚いたような表情を浮かべているが、子爵本人は自分の妻を止めようとはしない。知らないうちに私はずいぶんあの夫婦に嫌われていたらしい。
同じ聖女候補の娘を持つ親として、神童だなんだとチヤホヤされている私の存在が、ずいぶん目障りだったのだろう。エリーヌ様自身の神秘はありふれた土の加護だったので、もしかしたらそのことへの不満もあるのかもしれない。
土の加護、いいと思うんだけどな。
畑の土起こしや区画整理に便利だし、治水や土木工事でも役に立つ。
うちの領地だったら間違いなく大活躍だ。正直言って少しうらやましい。
「やれやれ、バーサーカーの加護とは。ついに本性を表したようだな、アルセリカ・ベルローズ。そんな凶暴な女とは結婚できぬ。貴様との婚約は解消だ!」
続いてダカン子爵家のアドリアンが、なぜか勝ち誇ったように言い放つ。
思わず「は?」と声が出そうになった。
いやいや婚約解消もなにも、きみ、そもそも私の婚約者じゃないからね。
たしかに前に一度、婚約の打診はあったけど、きみの素行があまりにも悪すぎて速攻でお断りしたんだよ。どさくさにまぎれて自分から私を振ったことにしようとするんじゃない。
そもそもなんで聖女候補ですらない子爵家の次男坊が、しれっと鑑定式に紛れこんでいるんだよ?
それでも堂々と正面から馬鹿にしてくるだけでも、アドリアンは素直で可愛げがあるほうだと思う。
ほとんどの聖女候補は私のことを遠巻きにして、関わり合いになりたくないという感じの迷惑そうな視線を向けてくるだけだ。
そして保護者の大人たちは、私を憐れむふりをして、露骨に満足そうな表情を浮かべている。
「まさかアルセリカ嬢の加護がバーサーカーだったとはな」
「残念なことだ。賢者や癒し手とまではいかずとも、せめて魔法師系の加護であれば……」
「ベルローズ家の神童も終わりだな」
おいおい、あんたたち、人を残念な子扱いするんじゃないよ。失礼だろ。
あと勝手に私を終わらせるな。今言ったやつ、顔を覚えたからな。
「——アルセリカ」
私が心の中で憤慨しながら、身勝手な大人たちを冷たく眺めていると、ぽん、と誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、私の背後に立っていた父上や母上と目が合った。
私の父上、ロラン・ベルローズ男爵は爵位こそ低いが王家の直臣で、王国魔法兵団の優秀な指揮官だ。
そして母上、マリーヌ夫人は、かつて教会の至宝と呼ばれた大聖女。たったひと晩で三百人もの兵士の傷を癒やし、魔物の大群を退けたコタン峠の奇跡はいまだに語り継がれる生ける伝説である。
そんな二人の娘として生まれてきた私が、聖女の紋章を発現したということで、人々の期待と羨望を集めたのは当然のことだった。
そしてここまでの十年間、私はその期待に充分すぎるくらいに応えてきた。
膨大な潜在魔力と大人顔負けの高い学力。そして出所のよくわからない高度な知識。
ベルローズ家の神童と呼ばれる程度には、がっつり功績を残してきたのだ。
そんな神童たる私の加護が、魔法も知力も無関係なバーサーカーというのは、たしかにがっかりな話ではある。終わった子扱いされるのも無理はない。
だけど、私はそれを気にしてはいなかった。
うちの両親は大層な肩書きとは裏腹に、よく言えばおおらか、悪く言えば放任主義なのだ。
子爵家との縁談をあっさり断ったことからもわかるように、出世や、家格を上げることにもあまり興味がない。ましてや私の加護のことなど気にも留めてないはずだ。
ともあれ、加護の鑑定は終わった。これ以上は聖堂に残っている理由もない。
貴族街のお屋敷に戻ったら、水晶板でも眺めてのんびりしよう。
そんな私の呑気な計画は、父上の言葉にあっさり粉砕される。
「アルセリカ。おまえをこのまま王都に置いておくことはできない。必要な荷物をまとめたら、北の叔父上のところにに行きなさい」
「……はい?」
私は間の抜けた表情で、父上たちをぽかんと見返した。
父上の言う北の叔父上というのは、お祖父様の弟であるドルレアック騎士爵のことだろう。
私にとっては大叔父様に当たる人物で、我がベルローズ家の領地の代官をしている。
手紙などを通じてうっすら交流はあるが、直接顔を合わせたことは幼いころに一度きりしかない。
それくらい疎遠な親戚である。なにしろベルローズ領は遠いのだ。
北のド辺境の国境沿い。領地の大部分は魔物がうろつく森林地帯に接しており、領内を通る街道はしばらく前まで戦争をしていた隣国シャルヴェンカへと通じている。それがベルローズ男爵領である。
そういう危険な土地だからこそ、王国軍の将官である父上に下賜されたのだ。
王都から遠く離れた危険地帯。国境防衛の最前線。
そんなところに幼い娘を送りつける理由など、考えるまでもなく明らかだ。
つまりは厄介払いなのだろう。人々の目から遠ざけるだけでなく、不慮の事故で娘が命を落としても仕方ない、という感じかな。
父上のそんな判断に、私は反論しなかった。いや、できなかった。
醜聞の元になりそうな娘を切り捨てる。貴族としては当然の判断だ。
さすがに少しは驚いたけどね。父上、おまえもか、って感じで。
だとしても、母上がなにも言わない以上、その決定が覆ることはない。
まあそんな感じで。
私、アルセリカ・ベルローズは、齢十歳にして親元を離れて北の辺境へと送りこまれることになったのだった。




