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ベルセルクの冠 〜ハズレ聖女はすべてを暴力で解決する〜  作者: 友ヶ見狗々


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第25話 荒療治

 バルダーヌさんとの交渉が終わって、あとには私たち領主舘の人間とゼリエさんだけが残された。

 ガチガチに緊張した姿でソファの隅に座る猫耳の少女に、私はなるべくフレンドリーに話しかけてみる。


「ゼリエさん——いえ、これからはゼリエと呼ばせてもらうね」

「は、はい……! よろしくお願いします!」

「うん。とりあえず、一緒にお風呂に入ろうか」

「え? お風呂……ですか? アルセリカ様とご一緒に?」


 いきなり入浴に誘われて、ゼリエが困惑したような声を出す。


「領主舘で働くなら、身だしなみもそれに合わせてもらわなきゃだからね。商隊の野営地では、ゆっくりお風呂に浸かるような余裕はなかったでしょ?」

「はい……すみません……」

「当然のことだから、気にしなくていいよ。キトリー、ゼリエの着替えって用意できるかな?」

「はい。領主舘の使用人の制服が残っていましたから、彼女が着られそうなものを探してみましょう」

「よろしくね。じゃあ、行こうか、ゼリエ」


 黒髪の猫耳少女を連れて、私は領主用の私室に向かう。

 驚くことにこのバロワンの領主舘には、魔道具を使った浴槽が設置されているのだ。

 魔石を使った動力装置で水を汲み上げて、お湯を沸かす。

 ベルローズ家の領主舘にもない、そこそこ高価な品である。

 ラプラド地方の統治の拠点として、私がバロワンを選んだ理由のひとつに、このお風呂の存在がなかったとはいいきれない。それくらい価値のある品だ。

 さすがに使用人であるゼリエ一人のために使わせてあげることはできないけど、屋敷の主人である私が一緒なら問題ない。それに私がゼリエをお風呂に誘ったのには、実はちゃんとした理由がある。


「どうやら商隊の人たちに、酷いことはされなかったみたいだね」


 入浴のために裸になったゼリエは、見ていて切なくなるほどに痩せ細っていたけれど、大きな怪我はなさそうだった。服を着ていたときは目立たなかったが、少し長めの尻尾が可愛らしい。


「アルセリカ様……もしかして、それを確かめるために私をお風呂に誘ってくださったんですか?」

「なにかあっても、自分からは言いづらいかなって思ってね」


 商隊の人々はほとんどが男性だったし、傭兵などの気の荒い連中も雇われている。

 バルダーヌさんは善人そうだけど、ほかの人々もそうとは限らない。というわけで、彼女が手荒な扱いを受けていたのではないかと、密かに心配していたのだ。


「私は商品だから、丁重に扱うようにとバルダーヌさんが言ってくださったんです」


 頼りなく顔を伏せたまま、ゼリエが言った。

 それはそれで酷い扱いという気もするけれど、商隊ならその言い方が正解かもしれない。大事な商品を傷物にしたらどうなるか、商人ならみんなわかっているだろうし。


「私は獣人ですし、見た目もこんなですから、心配ないとは思っていたんですけど」

「そんなことはないと思うけど、もう少し肉はつけたほうがいいかもね。前からこんなふうに痩せてたの?」

「痩せっぽちなのは昔からですけど、やはり売られてしまうと決まってからは、食事もあまり食べられなくなってしまって……」

「そっか。つらい思いをしたね」


 私はゼリエの痩せた身体をそっと抱きしめた。

 ゼリエのほうが十公分(センチ)以上は背が高いから、どちらかといえば私が彼女にしがみついているような形になってしまう。それでもゼリエは、肩を震わせて泣き始めた。

 それが安堵の涙だったらいいんだけど、悲しみの涙だったとしても泣けないよりはずっといいよね。


「ゼリエの話を聞かせてもらってもいいかな? どうして売りに出されることになってしまったの?」


 どうにかゼリエが少し落ち着いたところで、私は訊く。


「うちは、獣人向けの商品を扱うお店を経営していたんです」

「獣人向け?」

「はい。主に食料品や嗜好品ですけど、汎人向けのお店では扱っていない商品も多いので」

「なるほど。客層を絞ることでほかのお店との差別化を図ったんだね」

「……キャクソー? サベツカ?」


 異世界の動画知識で喋る私を、ゼリエが怪訝な顔で見返してくる。


「ごめん。気にしないで。というか、アリデイにはそんなに大勢の獣人が暮らしてるの?」

「そうですね。アリデイの山岳地帯には、獣人たちの大きな集落がいくつかあるんです。ただ、土地が痩せているので、あまり暮らしは豊かではなくて……」

「うん」


 主要な顧客である獣人が貧しければ、必然的にゼリエの実家の商売も苦しくなるわけだ。


「その上、昨年の凶作で、とうとううちの商売も立ち行かなくなってしまいまして。うちの跡取りの兄のために、私を売りに出すしかなくて……」


 そこまで言ってゼリエは再び泣き始めた。

 うん。ゼリエの算術の実力を見れば、彼女が実家で大切に育てられていたことがよくわかる。たぶん仲のいい家族だったのだろう。

 安易な慰めの言葉は言えないけれど、私はゼリエの境遇が想像よりも悲惨なものではなかったことに少しだけ安堵していた。

 家族と死に別れたわけでもなければ、彼女自身が消えない傷を負ったわけではない。

 まだ取り戻すことができる範囲の不幸だ。


「おおよその事情はわかったよ。つらい話をさせてしまってごめんね」

「いえ。こちらこそ、恥ずかしい姿を見せてしまいました」


 入浴を終えたゼリエが、弱々しく微笑む。よしよし、少し緊張がほぐれてきたかな。

 キトリーが用意した服に着替えて、ボサボサだった髪を整えたことで、どうにか見た目も文官らしさが増した。問題はやはり不健康そうな顔色と痩せ細った身体だ。


「じゃあ、さっぱりしたところで治療も済ませてしまおうか」

「治療……ですか?」


 私の言葉に、ゼリエが怪訝な顔をする。彼女が戸惑うのも無理はない。

 彼女の衰弱の原因は精神的なもので、わかりやすい病気や怪我というわけではないのだ。そして衰弱してしまった肉体は、治癒魔法でも癒やせない。


「べつに治癒魔法というわけではないから、深く考えないでいいよ。どのみち私も、そんな魔法は使えないからね」

「あ……そういえば、アルセリカ様のご加護は……」

「うん。私は〝バーサーカーの聖女〟だよ」


 私は、ゼリエの正面に回ってにっこりと笑う。

 引き攣ったままのゼリエの顔が、目に見えて青ざめた。


「あ、あの、それではいったいなにを……」

「キトリー。ゼリエを押さえてて」

「アルセリカ様⁉︎」


 説明するのが面倒になったので、私は強硬手段に出る。

 キトリーは私の命令に従って、無言のままゼリエを背後から羽交い締めにした。


「よしよし。そのまま動かないでね。とうっ、〝暴装バーサーク〟——!」

「ひっ……!」


 私の全身から噴き出した魔力の奔流を浴びて、ゼリエが硬直する。

 そんな彼女に、私は魔力の糸を伸ばした。そして彼女をバーサーカー状態に変える。


「はい、〝暴操〟と……あれ?」


 ゼリエから伝わってくる反動に、私は少し驚いた。

 これまでに私がバーサーカー化した人たちと、ゼリエは少し手応えが違う。魔力の通りがいいというか、強化がスムーズなのだ。もしかしたらゼリエたち獣人種族と、【暴操】スキルの相性がいいのかもしれない。


「ゼリエ? 気分はどう?」

「は、はい……すごいです! アルセリカ様! 今なら私、不眠不休で三日でも四日でも働けるような気がします!」

「うん。それは気のせいだからね。私の加護でハイになってるだけだから」


 無理せず夜はちゃんと寝てくれ。せっかく手に入れた貴重な文官なんだ。無理してぶっ倒れられたらたまらない。


「まあ、こんなものかな」


 そのまましばらく魔力を流して、ゼリエの体力が回復したところで、私は彼女の暴操状態を解除した。

 大叔父様のときとは違って、ゼリエは死にかけていたわけじゃないからね。ストレスが原因の消化器系の疾患を治しただけだ。それでもすぐに効果は出た。

 力が抜けてしまったように床にへたりこんだゼリエが、きゅるるる、と可愛くお腹を鳴らす。


「どうかな? 食欲は戻ってきた?」

「は……はい……」


 ゼリエが恥ずかしそうに頰を赤らめる。

 うん。顔色もよくなってきたね。これならもう大丈夫かな。

 痩せ細っているのは相変わらずだけど、不健康そうな印象がなくなっただけで、ずいぶん可愛くなったように見える。もともと顔の造作は悪くないのだ。


「じゃあ、早速だけどご飯にしようか。午後からはさっそく働いてもらうからね」

「はい! 頑張ります!」


 まだバーサーカー化の余韻が残っているのか、ゼリエが興奮気味の口調で力強く言った。

 そのことを頼もしく思いつつ、私は執務室に積み上げられた書類の山に思いを馳せるのだった。


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