第23話 ハズレ聖女は心が広い?
「申し訳ありませんでしたっ!」
バロワンの領主舘に辿り着くなり、バルダーヌさんは床に膝を突いて私の前に平伏した。
「え⁉︎ なんです⁉︎ どうしたんですか、バルダーヌさん?」
「まさかシャルヴェンカの軍隊がベルローズ領に侵攻しているとは思いもよらず、アルセリカ様を危険な目に遭わせてしまいまして——」
ああ、なんだそのことか。
今回、バルダーヌさんの勤め先であるラシーヌ商会は、王都にいる父上から私の護衛を依頼されていた。
それは、商会が隣国シャルヴェンカの事情に詳しく、彼らの動向を常に把握していると思われていたからだ。
しかしそんなラシーヌ商会の知らないところで、シャルヴェンカは聖王国内に侵入し、ベルローズ領を攻めてきた。そのせいで私はなんやかや危険な目に遭ったのだ。
これはラシーヌ商会の落ち度といえば落ち度である。バルダーヌさんが平謝りなのはそのせいだ。
「顔を上げてください、バルダーヌさん。それはラシーヌ商会の責任とは思ってませんから」
いくら商人が他国の情報に通じているといっても、今回の戦は事情が事情だ。
シャルヴェンカの第一王子が、ほとんど思いつきのような形で始めた侵攻なんか、予想できなくても仕方ない。
というか、一刻近く駆け通してきて休む暇もなく土下座するなんて、外聞が悪いからやめて欲しい。私が善良な商人をいじめてるみたいに思われるだろ。
「ですが、我が商会がベルローズ閣下から請け負ったご依頼は、アルセリカ様を無事にベルローズ領までお連れすることでしたので——」
「いえ、その依頼については、ご覧のとおり無事に達成されてますよ。ほら」
私はそう言って、その場でくるりと回って見せた。
道中いろいろあったのは事実だが、少なくとも私は無傷でベルローズ領まで辿り着いている。ラシーヌ商会はしっかりと依頼を完遂しているのだ。もっと自信を持ってくれ。
「バルダーヌさんが〝暁の鷹〟の皆さんをつけてくれたおかげで、予定よりも早くベルローズ領に到着して、そのおかげで大叔父の危機を救うことができましたからね。むしろ私はバルダーヌさんに感謝してますよ」
「そんなふうに仰っていただけるとは、なんと心がお広い……」
なにやら変な歯車が噛み合ったみたいに、バルダーヌさんが感動で震え出す。
たぶん私が怒ってると思って、覚悟しながらここに来たんだろうな。
いったいどれだけ私は恐れられているんだ。大丈夫、怒ってないですよ。
「そういえば、バルダーヌさんたちは魔物には襲われなかったんですか? 私たちは野狗子の群れと遭遇したんですけど」
「その話も聞き及んでおります。なにやら二百体近くの野狗子の群れを、アルセリカ様の力で撃退したとか」
「いや、撃退したのは〝暁の鷹〟の皆さんで、私はほとんど見てただけですけどね」
私は事実を告げたのだが、バルダーヌさんは笑顔を貼りつけたままなにも答えない。
これは全然信じてないやつだな。
まあ、本来の雇い主ということで、エグルさんたちからも事情を聞いているのかもしれない。さすがにリュカさんたちのスキルを覚醒させてしまったことまではバレてないと思いたいが。
「アルセリカ様が魔物を討伐してくださっておかげで、我々は被害を受けることはありませんでした。途中で何体かハグレの魔物を掃討したくらいです」
「そうですか。それはよかったです。そういえば、今日は〝暁の鷹〟の皆さんはご一緒ではないんですね?」
というか、この人、ろくな護衛もつけずにここまで駆けつけてきたんだな。そこまで焦ってやってこなくても、顔を出すのは暇なときでいいときちんと伝えておいたのに。
「彼らには、王都に急いで戻ってもらいました」
「そうなんですか?」
「はい。ラシーヌ商会の本部に現在のベルローズ領の状況を伝えなければなりませんし、ドルレアック卿からも手紙を預かりましたので」
「ああ……」
そうか。シャルヴェンカ軍の侵攻や、ベルローズ家がラプラド連盟の領地を併合したことは、商人から見ても大事件だからね。それは本部にも急使を出すよな。
大叔父様からの手紙というのは、うちの父上宛かな。
新しく手に入れた領地の所有権を王家に正式に認めてもらわなきゃいけないし、その辺の交渉を任せるつもりなんだろう。
「〝暁の鷹〟に用事でしたら、おそらくひと月以内には、またこちらに戻ってくると思いますよ」
「ひと月以内? ずいぶん早いですね?」
「本部から荷馬車隊の増援を連れてきてもらう予定なんです。今回、ベルローズ領からは大量の武器や鎧を買いつけることができましたからね」
「ああ、シャルヴェンカからの戦利品ですね」
シャルヴェンカとの戦闘でベルローズ領軍は、敵軍の約半数——四百人近い兵士を討ち取ったと聞いている。
しかもその四百人は、シャルヴェンカ王国第一王子の直属部隊だ。皆さんさぞかし、いい武器や鎧を揃えていたに違いない。
それを売り払って得た収入を、ベルローズ領軍の死者の遺族や負傷者への見舞金に充てるのだ。
戦乱続きの聖王国では、武器や防具のたぐいはよく売れるしね。ラシーヌ商会にしても、いい儲けになるだろう。
そこまで話したところで、キトリーがお茶を運んできた。
ちょうどいいタイミングだからと、私はバルダーヌさんにソファを勧める。
バルダーヌさんも、私が彼を叱責するために呼び出したわけではないとさすがに理解したらしい。まだ少し怯えたような雰囲気を出しつつも、促されるままに席に着いた。
「おや、このお菓子は新作ですか?」
「はい。お団子といいます。まだ未完成ですけどね」
私がバルダーヌさんに振る舞ったのは、ロジェ謹製のみたらし団子だ。
未完成の理由は、みたらし餡に必要なショーユという調味料がいまだに再現できていないからである。
とはいえ、未完成でも味は悪くない。バルダーヌさんもすっかり商売人の顔になって、食べかけの団子をまじまじと見つめている。
「アルセリカ様、この〝オダンゴー〟のレシピを売っていただくことはできますか?」
「さっきもお伝えしたように、これはまだ試作段階なんですよ。ですので、完成したあと、あらためて交渉させてください」
「わかりました。いや、これは王都でも売れますよ。柔らかいのに弾力があって、香ばしい焦げ目と、この不思議な味付けのソースがたまりません」
「そうでしょう、そうでしょう。いずれはベルローズ領の名物として、街道沿いの宿屋や野営地などで販売したいと思っているんですよね」
「なるほど……たしかにこれは旅行者には喜ばれるかもしれませんね。この串のおかげで移動中でも食べやすいですし、ほのかな甘味で疲れがとれるような気がします」
ほほう、さすがはバルダーヌさん。お団子の真価に早くも気づいたようですな。
私はお米をベルローズ領の特産品にしたいと目論んでいるので、米粉を使った新商品の開発に余念がないのだ。気候的にこのあたりは、麦よりも米のほうが栽培に適しているからね。
実はベルローズ領が貧乏なのは、そんな環境で無理して麦を作ってるせいというのもあるのだ。米製品の評価が高まることで、自動的にベルローズ領も豊かになるという壮大な作戦なのである。
「いずれレシピが完成した暁には、売り出し方をぜひご相談させてください。ですが、今日来てもらったのは、別の用件です」
「はい」
「実は、ルブルトン卿とパスマール卿が、家族や供回りを連れてシャルヴェンカに亡命したようでして」
「は?」
さすがにその情報はまだ知らなかったのか、バルダーヌさんは驚きに目を丸くした。
「そうですか。いえ、いずれそうなるとは思っていましたが、早かったですね」
なぜか同情するような口調で呟くバルダーヌさん。
これ、彼らが逃げ出したのは私のせいだと思ってるな。まあ、それは私も否定できないけどさ。
「というわけで、五爵の領地はすべて我がベルローズ家が面倒を見ることになりました」
「それはおめでとうございます。アルセリカ様がご自身で治められるのですね」
バルダーヌさんが、すぐに状況を理解して質問してくる。
なんでそんなにあっさり受け入れるんだよ。数え年十歳の小娘が代官って、普通ならあり得ないと思うんだが。
「ええ。それで困っているのです」
「……と、仰られますと……?」
「人が足りません。特に領の統治を支える文官が」
「ああ」
納得した、というふうにバルダーヌさんがうなずいた。
辺境のおける人材不足は、商人の目線で見ても明白なようだ。
「そこで相談なのですが、バルダーヌさんのお知り合いで文官が務まりそうな人材を、どなたか推薦してもらうことはできませんか? ひとまず読み書きと計算が出来て、仕事さえ真面目にやってくれれば、性格に少しくらい難があっても大目に見ますが」
「な、なるほど……」
バルダーヌさんが、難しい表情で考えこむ。
うーん、やはり条件が厳しかったか。顔の広い王都の商人なら、そういう顔見知りも多いのではないかと思っていたんだが。だって読み書きと計算なんて、商人にとっての必須技能だし。
「念のために確認したいのですが、性格に難があっても大目に見ていただけるというのは本当でしょうか?」
「そうですね、問題の方向性にもよりますが。さすがに暴力を振るう人間や、犯罪者を雇えといわれるのはちょっと……」
「ああ、いえ。そのような人間ではありません」
バルダーヌさんが慌てて首を振る。
どうやら彼の脳裏には、かなり具体的にその人物のことが思い浮かんでいるようだ。
「実は一人、条件を満たす人材に心当たりがあるのです。今回の商隊に同行しておりますので、明日にでもお引き合わせすることができますが——」
「え、本当に⁉︎」
私は驚いて目を丸くする。
すごいな。まさかこんなにあっさりと問題解決の糸口が見えてくるとは。
バルダーヌさんが酷く浮かない顔をしていることは気になるが、こちらの文官不足は深刻で背に腹は代えられないのだ。
そんなわけで、私はさっそく明朝すぐに、待望の文官候補と面会することになったのだった。




