第17話 ハズレ聖女の策略
「あの、少しいいですか?」
「む」
当事者である私に声をかけられて、二人は言い争いを中断した。
「お二人ともなにか誤解があるようですが、私は、大叔父様は槍を振れないと言ったんです。戦場には出てもらいますよ。領軍の大将というよりも、ただの旗頭としてですが」
「旗頭だと? ワシがか?」
「はい。その説明をする前に、バルナベ大隊長。ベルローズ領の戦力について聞かせてもらってもいいですか? 大叔父様がこれだけの傷を負ったということは、シャルヴェンカとの戦では領軍にも相当の損害が出てますよね?」
総勢八百人のシャルヴェンカ兵に対して、ベルローズの領軍はわずか三百人で野戦を挑んだのだ。
戦には勝利したとはいえ、消耗は少なくなかったはずだ。
「そうですね。現在の我が軍が、すぐに動かせるのは二百人が限界でしょう。すでに予備の人員はすべて使い切っていますし、領民から志願兵を募るにしても、時間がありません」
「国境の防衛に当たっている兵士が、砦には残っているのではありませんか?」
「はい。しかし、国境防衛の兵士を減らすわけには……」
私の言葉に、バルナベ大隊長が苦い顔をする。
国境を接するシャルヴェンカに対する、抑えの兵力は減らせない。それがベルローズ領軍にとっての常識なのだろう。国境の砦を突破されたら、聖王国はたちまちシャルヴェンカ軍に蹂躙されることになるからだ。
国境防衛の予算もベルローズ家の負担ではなく、王家から支払われているはずだしね。
しかし今だけは状況が違う。
なぜなら独断で聖王国に侵攻しようとしたシャルヴェンカの第一王子が、大敗して逃げ帰った直後だからだ。
王位を巡って対立している第二王子にとっては、第一王子の勢力を削ぎ落とす絶好の機会だ。他国に軍事侵攻している場合ではない。
「いえ、減らしても問題ないと思いますよ。シャルヴェンカは国内で揉めていますから、今すぐこちらに再侵攻する余力はないでしょう」
「む……」
バルナベ大隊長は私の言葉に、虚をつかれたように沈黙した。
そもそも正攻法で砦を攻めるだけの戦力を動かせるなら、第一王子も奇策を弄する必要はなかったんだよ。
シャルヴェンカが、今すぐに聖王国に攻めてくることはない。一時的になら、国境防衛の兵士を減らしても大丈夫なんだ。
「……失礼ですが、アルセリカ様は本当に十歳なのですか?」
「なにかと規格外とは聞いておったが、噂以上だのう……」
バルナベ大隊長と大叔父様が、それぞれ深々と溜息をつく。
感心しているというよりは、なぜか呆れられている感じがする。私としては大隊長の思いこみが間違いだと指摘しただけで、そんな難しいことを言った覚えはないのだが。
「王都で父に仕込まれましたので」
謙遜しても面倒なことになりそうだったので、王都にいる父上に責任を丸投げしておく。それで大隊長たちもいちおう納得したようだった。父上と軍事について教わった記憶などないが、バレなければ大丈夫だ。
「それで、ラプラド連盟の戦力は?」
「偵察に出した兵の報告では、八百から千になるとのことです」
「多いですね?」
兵数一千といったら男爵領どころか子爵領規模の戦力のはずだ。
ラプラド連盟は、騎士爵領五つの連合体だが、いくらなんでも多すぎる。
「食い詰めた傭兵や軍人崩れを集めているようです。ほぼ勝ちが確定した戦として宣伝して、よその領地にまで声をかけているとか」
ベルローズ領を一気に制圧するために、傭兵を雇って兵数を水増ししているのか。もしも戦が長引いたら、王家や教会が調停に乗り出してくる可能性があるからね。
どのみち彼らに対する報奨はベルローズ領からの略奪品で賄うから、ラプラド連盟の懐は痛まない。
上手い手に見えるが、そこには落とし穴もある。
「そうですか。それは好都合ですね」
「は? 好都合……ですか?」
「つまりは忠誠心の低い烏合の衆ということですよね。しかも勝ち戦同然だと考えて、油断していると」
そういう練度の低い兵士たちは、優勢のときは良くても、劣勢になるとすぐに逃走する。そして裏切りも躊躇しない。水増しされた兵力というのは、両刃の剣なのだ。
「なるほど……読めたぞ、アルセリカ。おまえ、奇襲を仕掛ける気だな?」
「はい。つきましては、大叔父様には、敵を引きつける餌になってください」
「くはははっ、この死にかけのワシを囮に使うか!」
大叔父様は、いかにも愉快そうに肩を揺らして笑った。
「今の大叔父様なら、敵の前で尻尾を巻いて逃げても誰も怪しみませんからね。せいぜい上手く逃げて、敵の隊列をできるだけ長く引き延ばしていただければと」
「なるほど。長く伸びた隊列の横腹を突くか。効果的な策だが、危険な役目だな」
大叔父様が、笑みを消して考えこむ。
ベルローズ領は険しい地形に囲まれた山間の領地だ。そこに大軍で攻めこめば、隊列は自然と長く伸びていく。
その間延びした隊列の中腹を攻撃することで、敵軍を前後に分断するのだ。そして孤立した前方の敵部隊を挟撃することで、数的な不利を覆す。古くから多くの戦場で使われてきた戦術だ。
当然、敵軍も警戒しているはずだが、この作戦はおそらく上手くいく。
双方の戦力差は歴然で、おまけにベルローズ領軍の象徴ともいうべき大叔父様の負傷は敵軍にも知られている。ベルローズ領軍が逃げるのは誰がどう見ても当然で、それが罠だと見破られる可能性はほぼゼロに近いからだ。
しかし、この策には致命的な欠点がある。
それは作戦の要ともいうべき奇襲部隊が、あまりにも危険ということだ。
なにしろ少数の伏兵だけで、敵軍のド真ん中に突っこむのだ。奇襲で敵が慌てているうちはいいが、少しでも状況が落ち着けば、包囲されて袋だたきに遭うのは避けられない。
「では、その役目は私に」
「行ってくれるか、バルナベ」
微笑みながら名乗りを上げたバルナベ大隊長に、大叔父様が悲痛な目を向けた。
「本来はこういうのはドナの仕事ですがね。今のやつは少々気負いすぎています。伏兵には向きますまい」
「うむ」
多くの言葉を交わすことなく、互いにうなずき合う大隊長と大叔父様。
そうやって勝手に盛り上がる二人を、私は呆れまじりに見つめた。
「うむじゃないですよ。なにを言ってるんですか、お二人とも。私が言い出しっぺなんですから、奇襲部隊の指揮は私が執るに決まってるじゃないですか」
「アルセリカ様……⁉︎」
「なにを言ってるんだ、おまえは⁉︎ そんな危険な仕事を領主の娘に任せられるわけがないだろうが!」
大隊長と大叔父様が、血相を変えて私を見る。
「危険な仕事だからですよ。言っておきますけど、私以外の人間が指揮を執ったら奇襲部隊は全滅しますよ? いちおう三十人ほど兵士を借りようと思ってるんですから」
私の言葉に、大叔父様たちは一様に怪訝な顔をした。
「おまえが指揮を執れば、全滅せずに済むというのか?」
「全員無傷で済むかどうかは確約できませんが、たぶん大丈夫だと思います。エグルさんたちも、なんとか言ってやってください」
「おいおい。ここで俺たちに振るのか?」
急に話の矛先を向けられたエグルさんが、迷惑そうに顔をしかめた。
見慣れない〝暁の鷹〟の面々を、大叔父様がギロリと睨む。
「何者だ? いや……その髪色、見覚えがあるな。先の大戦のときに、ナゼールの隊にいたか?」
「なんと。覚えていてくださったとは、光栄であります、ドルレアック卿。〝暁の鷹〟傭兵団のエグル・ジュアットです。このたびは王都よりアルセリカ様の護衛を努めて参りました」
「〝暁の鷹〟か。ラシーヌ商会のお抱えだな。では、訊こうか、ジュアット殿。今のアルセリカの話をどう思った?」
大叔父様はエグルさんのパーティーを知っていたらしい。〝暁の鷹〟は有能だもんね。
そして大叔父様に質問されたエグルさんは、苦笑まじりに首を振った。
「そうですね。自分は軍略については専門外ですが、一兵卒としてどこかに配置されるなら、アルセリカ様の部隊を希望しますね。そこがいちばん生き残れる確率が高そうだ」
「それが死地に赴く奇襲部隊でもか? 敵の数は八百とも千とも言われているが?」
「敵が八千や一万でも同じですな。王都の魔法兵団あたりが出てくるなら話は別ですが、しょせん食い詰めた傭兵どもですからね」
不敵に笑うエグルさんを見つめて、大叔父様は目を見張った。
「〝バーサーカーの聖女〟の加護とは、それほどか?」
「あー……実はベルローズ領に着く前日に、街道で二百体を越える野狗子の群れに遭遇しましてね」
「野狗子だと? そうか、シャルヴェンカとの合戦が原因か……!」
別名〝屍体漁り〟ともいわれる野狗子は、大量の死体が転がっている戦場などに集まってくる。
そして数日かけて死体を食べ尽くした野狗子たちは、新たな獲物を求めて街道を移動する商人たちを襲ってきた。それがあの野狗子の大発生の原因だったのだ。
だが——
「ご心配なく。そいつらはうちのパーティー六人で、ほぼ狩り尽くしました。アルセリカ様の加護のおかげでね」
「二百体の野狗子を六人で……だと?」
大叔父様とバルナベ大隊長が、唖然としたような顔で私を見た。
おっと。これでようやく少しは信じてもらえたかな。
「よし……わかった。バルナベ、軍議を開くぞ。皆を食堂に集めろ」
大叔父様がバルナベ大隊長に命じる。
「は? 食堂ですか? 軍議を開くのでは?」
「馬鹿者。軍議はメシを喰いながらするに決まっているだろう! ワシは腹が減ってるんだ!」
困惑する大隊長に、大叔父様が怒鳴る。
その直後、本人の言葉を裏付けるように、大叔父様のお腹の音が寝室に鳴り響いたのだった。




