第16話 復活
「シャルヴェンカァァァッッ!! シャルヴェンカの阿呆どもはどこだッッ⁉︎」
寝間着のまま跳ね起きた大叔父様が、殺気を撒き散らしながら周囲を睥睨した。
ああ、そうか。
追撃戦の途中で負傷して意識をなくしたから、まだ戦闘が継続していると思っているのか。
それにしても六日も生死を彷徨っておいて、意識が戻ると同時に敵を探そうとするなんて、どんだけ戦意旺盛なんだ。バーサーカーかよ——って、そういえば今はバーサーカー化してたんだった。
このままだと大叔父様が暴れ出しそうだったので、私は【暴操】スキルを解除する。
身体強化の抜けた大叔父様は立ちくらみを起こしたようにふらついて、そのままベッドの上にへたりこんだ。
「親父殿! 意識が戻られたのですか⁉︎」
バルナベ大隊長が、慌てて大叔父様に駆け寄った。
ほうほう。バルナベ大隊長は大叔父様のことを、親父殿と呼んで慕っていたみたいだね。なんとなく二人の絆が感じられていいですな。
「む、バルナベか。シャルヴェンカの軍勢はどうなった?」
「我らに散々に打ちのめされて、国境の向こうに逃げ帰りました」
「なに? では、もう合戦は終わったのか?」
大叔父様が困惑したように訊き返す。
「はい。親父殿は追撃の途中で敵の殿軍と交戦し、矢を受けて落馬したのです」
「なんだと……⁉︎」
大叔父様はハッとなにかに気づいたように、自分の胸や脚に触れた。矢傷を受けていた場所だ。
「いや……そうか。思い出したぞ。ドナは無事か?」
「無事です。自分のせいで親父殿を負傷させてしまったと、酷く落ちこんでおりますが」
「くだらん。若造がワシのようなジジイよりも先にくたばってどうする、馬鹿者め」
「親父殿が目を覚ましたと知ったら、ドナシアンも喜ぶことでしょう」
バルナベさんが柔らかな苦笑を浮かべて言った。
ふむふむ。どうやら大叔父様が負傷したのは、部下の若者を庇ったことが原因らしい。それは庇われた部下の人も落ちこむだろうね。後追い自殺のようなことが起きずに済んでよかったよ。
「わしは何日眠っておった?」
「六日です」
「なんだと? 六日もか?」
「意識が戻らず、ずっと生死を彷徨っておられましたが、アルセリカ様が聖女の加護で癒してくださいました」
「アルセリカだと……? ロランが来ているのか……?」
大叔父様が、そこでようやく寝室の中にいる人々の顔を見回した。
ちなみにロランというのは、うちの父上の名だ。
どうやら大叔父様は、私が父上に連れられてここに来たと思ったらしい。
貴族の常識的に考えれば、それが普通だからね。
まさか未成年の貴族令嬢が、こんな辺境の領地までたった一人で送られてくるとは思わないよな。
「いえ。アルセリカ様がお一人で。先ほどご到着されたばかりです」
バルナベ大隊長が、少し困ったように説明する。
実はこの人も、私が一人で領地に来た理由をまだ知らないんだよね。
大叔父様が復活した今なら、私が王都を追放されたことを伝えても大丈夫かな。
「ご無沙汰しております、大叔父様。アルセリカ・ベルローズ、わけあって単身で領地までまかり越しました」
「おお……アルセリカ、大きくなったな。うむ、マリーヌ殿にますます似てきたのではないか?」
大叔父様はそう言って、実の孫を見るように目を細めた。
敵国からは魔物のように恐れられている大叔父様だが、身内に対しては優しい好々爺なのだ。
「して、その面妖な姿は?」
「これは、なんというか、私の戦装束のようなものです」
自分が【暴装】スキルを発動したままだったことを思い出して、私は着ぐるみを解除した。
大叔父様の容態が不安定なままだったら、もう一度バーサーカーにして治療しようと思っていたのだが、どうやら問題なさそうだしね。私がバーサーカー化し続ける必要もないだろう。【暴装】スキルを維持したままだと、ちょっと動いただけで周囲のものをぶっ壊しそうで怖いんだよな。
「戦装束とは……? ワシの傷を癒してくれたと聞いたが、お主の加護は〝癒し〟ではないのか?」
「ご期待に添えず残念ですが、私は〝バーサーカーの聖女〟です」
いまさら隠してもすぐにバレることなので、私は堂々と告白する。
当然だが、大叔父様はきょとんと目を丸くした。
「〝バーサーカーの聖女〟だと……? まさか……初代様と同じなのか……?」
「初代様?」
いったい誰のことだ、初代様。ベルローズ家のご先祖に〝バーサーカーの聖女〟がいたという話は聞いたことがないのだが。もしそんな人が実在したのなら、さすがに父上がひと言くらいなにか言ってくれただろう。
「私のことはひとまず置いておきまして、大叔父様のご体調はどうですか? 目につく傷はすべて塞ぎましたが、魔力をもって縫い合わせただけです。失われた血肉や体力は戻っておりません。当面は安静をお願いします」
「ああ、たしかに身体に力が入らんな」
大叔父様は少し悲しげにそう言って、すっかり筋肉の落ちた腕を何度か曲げ伸ばしした。
「レオンス、メシだ。メシの支度をするように厨房の者たちに伝えてくれ。極上の肉を用意しておけとな」
「目覚めてすぐにそれですか。困ったお人だ」
レオンスさんが、皮肉っぽく肩をすくめて首を振る。だが、その表情はどこか嬉しそうだ。
厨房に向かうために部屋を出て行こうとしたレオンスさんは、そこでふと足を止めて私の足元に膝を突いた。
最初に顔を合わせたときの形式的な挨拶とは違って、彼の本気の感謝と敬意が伝わってくる。
「アルセリカ様。よくぞドルレアック卿を救ってくださいました。あなたこそまさしく聖女の名に相応しい御方だ」
「いえいえ。大叔父様は、私にとっても大切な身内ですからね。お礼を言われるようなことではないです」
居心地が悪いからさっさと立って欲しいな、などと考えている私に、レオンスさんはさらに深々と頭を下げた。
「今回のことだけではありません。改良された農具や酒の製法……神童と名高いあなたのおかげで、この地の領民たちは幾度も救われました。我らに、あなたという希望をもたらしてくれた女神に感謝します」
感謝されて悪い気はしないが、そこまで大袈裟に言われると少し恥ずかしい。
私は自分の欲望に忠実に行動していただけで、領地の人たちを救うつもりでやったわけじゃないからね。
ではまたのちほど、とレオンスさんは去っていき、それを見送った大叔父様が、ククッと喉を鳴らして笑い出した。
「あのレオンスが女神に感謝だと? おい、バルナベ。ワシはまだ夢でも見ているのか?」
「アルセリカ様の存在は、やつにとってもそれだけ大きかったということでしょう」
真面目に答えるバルナベ大隊長だが、やはり口元には苦笑が浮いている。
レオンスさん、いかにも合理主義者って雰囲気で、信仰心とか薄そうだもんな。とはいえ、大叔父様に重用されているあたり、間違いなく有能な人ではあるのだろう。
「ところで、アルセリカ様。親父殿の体調なのですが、戦に出ることは適いましょうか?」
やがて苦笑を消したバルナベ大隊長が、真剣な瞳で私を見た。
たしかに、歴戦の猛将である大叔父上が戦場に立てるかどうかは大きいよね。しかし忘れてはならないのは、大叔父様はついさっきまで生死の境を彷徨うほどの重傷を負っていたということだ。
「槍を振るえるかという意味でしたら、無理です。今の状態でかすり傷でも受ければ、今度こそ死にますよ。今の大叔父様の状態は、ボロボロの身体を私の魔力でツギハギしてるだけですからね」
「そうですか。やはり……」
バルナベ大隊長がしゅんと肩を落とす。
そんな大隊長に、大叔父様は訝るような視線を向けた。
「おい、バルナベ。戦とはなんのことだ。シャルヴェンカの奴原は、逃げ帰ったのではなかったのか?」
「敵はシャルヴェンカではありません。ラプラド連盟です」
「ラプラド連盟だと?」
大叔父様の瞳に怒りが浮く。彼が死にそうな目に遭ったのも、ラプラド連盟の人々が、武装したシャルヴェンカ軍を素通りさせるという聖王国への裏切り行為を働いたせいなのだ。
「そうか、彼奴ら。ワシがくたばりかけていると知って、ベルローズ領を掠め取るつもりか……!」
「はい。いずれ王家にこのことは報告するとして、まずは奴らの侵攻を退けねばなりません」
「当然だ」
重々しくうなずく大叔父様を見つめて、バルナベ大隊長は意を決したように口を開いた。
「そこでアルセリカ様には、領軍を率いる総大将になっていただこうと思います」
「バルナベ! 貴様、アルセリカを戦場に立たせる気か⁉︎」
大叔父様が魔力を含んだ怒気を叩きつけるが、大隊長は怯まなかった。
「お言葉ですが、親父殿が戦場に出られない以上、ほかに選択肢がありません」
「ならぬ。十になったばかりの大姪御を戦に出すくらいなら、ワシが出る!」
「ですが、親父殿は戦には出られないと、アルセリカ様が——」
「それでもだ!」
私を戦場に送りこむことを、大叔父様は頑なに拒絶する。バルナベ大隊長も一歩も引かない。
しかし私に言わせれば、二人の会話はそもそも出発点がズレているんだよな。




