第15話 ハズレ聖女の秘策
入浴と着替えを終えた私たちは、大叔父様の寝室へと向かった。
部屋には濃く香が焚かれていたが、それでも隠しきれないほどの濃密な死臭が漂ってくる。
数年ぶりに会う大叔父様には、私の記憶の中にあるかつての面影はなかった。
鍛えられた肉体は痩せ細り、日に焼けた肌は死人のように青白い。息があるだけでも奇跡のような状態だ。
「ドルレアック卿のご容態は?」
バルナベ大隊長の質問に、付き添いの医師は黙って首を振った。手の施しようがない、ってことか。
ソフィーさんも大叔父様の姿を一目見るなり、絶句している。治癒師のスキルを持つ彼女から見ても、状況は絶望的なのだろう。
「そちらのご令嬢は?」
部屋にいた人物が、バルナベ大隊長に訊く。服装からして文官かな。年齢はバルナベ大隊長よりもだいぶ若い。生真面目そうだが、なかなかやり手っぽい雰囲気だ。
「ベルローズ男爵家のアルセリカ様だ」
「ご領主様のご嫡女か」
文官さんが、かすかな驚きを浮かべて私を見た。
なんの先触れもなしに領主の娘が突然現れたら、怪しむよね。それでも彼は、胸に手を当てて片膝を突く。
「お目にかかれて光栄です、アルセリカ様。ドルレアック騎士爵の補佐官を務めているレオンスと申します」
「初めまして、レオンスさん。すみませんが、話は後ほど。まずは大叔父様の治療を行います」
私はレオンスさんを下がらせて、大叔父様のベッドの隣に立つ。
さすがに緊張してきたな。だけど、このまま放置していたら、大叔父様は確実に死んでしまうのだ。
だったら多少無謀でも、成功に賭けてみたほうがいい。
「もしや……アルセリカ様は、癒しの加護を?」
レオンスさんが、希望に満ちた眼差しで私を見つめてくる。
うーん、この期待を裏切るのはつらいな。たしかに私が〝癒しの聖女〟だったら、話は早かったんだけどね。
だけど私が癒しの加護をを与えられていたら、王都から追放されることもなかったし、この場にいることはあり得ないのだ。ついでに私は四十歳近く年上のおっさんと結婚させられていたところです。
「期待させてしまって申し訳ないけど、私は〝バーサーカーの聖女〟です」
「は? バーサーカー……?」
予期せぬ私の返答を聞いて、レオンスさんが硬直する。
ついでにバルナベ大隊長や医師の皆さんも固まっていた。まあまあ予想できた反応だ。
「はい。ですから、私の治療は、少々荒っぽいやり方になります。それはご理解くださいね」
「あ……荒っぽいというのは、いったいどういう……?」
再起動したレオンスさんが、ひどく不安そうな顔で私を見つめてくる。
しかし私は彼の質問を無視して、自分の背後に目を向けた。
「こちらはフリーの傭兵パーティー〝暁の鷹〟のエグル・ジュアット殿です。中立の立場である他家の貴族ということで、治療への立ち会いをお願いしました」
「立ち会い?」
再び疑問の声を上げるレオンスさん。
なぜ医師でもないただの傭兵が治療に立ち会うのか、という不信感ありありの表情だ。
「もし私の治療で大叔父様の容態が悪化しても、ここにいる医師の方々や、皆様に責任がないことを証明してもらうためです。今から行う治療は、領主の娘である私が勝手にやることですから」
私はきっぱりとそれを宣言する。
実は貴族としての肩書きだけなら、私は大叔父様よりも偉いのだ。なので現状、大叔父様の生殺与奪の権は私が握っている。そのことをきちんと周知しておく。
当然、大叔父様の身になにかがあれば、その責任も私が負うことになるのだが。
「逆に言えば、私がこれから行う治療に対して余計な手出しは許しません。バルナベ大隊長やレオンスさんがもし治療の邪魔をしそうになったら、彼らを止めてくださいね、エグルさん」
「俺たちへの依頼というのは、そういうことか——」
「はい。〝バーサーカーの聖女〟の力を知っているのは、今のところエグルさんたちだけですから」
面倒なことに巻きこみやがって、と苦笑するエグルさんに、私はにっこりと微笑みかける。
バーサーカーの加護で重傷患者を治療するという私の発想は、常識的に考えれば荒唐無稽もいいところだろう。だからこそ、バーサーカーの加護を身をもって知っているエグルさんたちの協力が必要だったのだ。
「それじゃあ、早速始めましょうか。危ないから、医師の皆さんは少し離れていてくださいね」
「ア……アルセリカ様……?」
なおも不安そうにしているレオンスさんを、ノエミさんたちが遠ざけてくれる。
私はそれを確認して、いつもの変身の構えを取った。
「——暴装!」
爆発的な魔力が撒き散らされて、私の全身をパジャマ風の着ぐるみが包みこむ。
いつもの狼っぽいデザインだが、今回は意識して白い着ぐるみにしてみた。
白狼ってなんとなく神秘的というか、神の使いっぽいからね。
そんな私の姿を見て、バルナベ大隊長たちが目を丸くしている。
しかしもちろんバーサーカーの力で、大叔父様の傷は癒やせない。重要なのはここからだ。
「……からの、暴操!」
私はバーサーカーの加護によって得られた第二の力——【暴操】スキルを発動させた。
不可視の糸を大叔父様に繋いで、魔力を慎重に注ぎこむ。
そう。〝バーサーカーの聖女〟である私には、治癒魔法は使えない。
私に出来るのは自らバーサーカーになることと、他人をバーサーカーにすることだけだ。
そして私の知識によれば、バーサーカーは自己回復が出来るのだ。
ちょっとしたかすり傷程度であれば、瞬く間に回復して戦闘を継続。
致命的な重傷を負っても動きを止めず、敵を皆殺しにするまで戦い続ける。
それが私の中のバーサーカーのイメージだ。
というわけで——
大叔父様を私の加護でバーサーカー化して、バーサーカー特有の高い生命力で自己回復してもらう。
それが私の考えた治療法だった。
無謀な賭けなのは百も承知だが、勝算がまったくないわけではない。
それは、あれほどの激戦だったにもかかわらず、野狗子と戦ったあとの〝暁の鷹〟のメンバーたちが、誰一人怪我をしていなかったからだ。あれはおそらくバーサーカーの自動回復が効いていたせいだと思う。
そしてもうひとつの根拠として——私は、この国の医師たちと比べても、人体の構造に詳しいのだ。
なにせ異世界の教育番組や、〝医療どらま〟や、人体の細胞が労働する〝あにめ〟でばっちり学習したからね。
バーサーカーは魔法を使えない。だが、魔力を実体化させることはできる。【暴装】スキルの応用だ。
大叔父様の負傷した細胞組織を私の魔力で補修して、その状態でバーサーカー化して自己回復してもらう。骨折箇所をギプスで固めて、回復を促すのと同じだね。
造血細胞にも魔力を送って、失われた血液を補充する。ついでに不足した栄養素も魔力で代用しておく。
正当な治癒魔法に比べたら魔力効率はめちゃめちゃ悪いが、幸い魔力は大量に余っているのだ。効率度外視で、ドバドバと魔力をそそぎこんでいく。
メキメキ、バキバキなどと怪我人の治療で鳴ってはいけない音が鳴り響き、バルナベ大隊長やレオンスさんが顔を引き攣らせているが、それでも彼らがなにも言わないのは、大叔父様の顔色が明らかによくなっているからだ。
土気色だった肌に血の気が戻り、弱々しかった呼吸も少しずつ力強さを増している。
そして私の治療が一刻近くも続いたあとで——
大叔父様は、カッと目を見開いたのだった。
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