第14話 一緒にお風呂
「すみませんが、お風呂を用意していただけませんか?」
領主舘に到着した私は、真っ先にバルナベ大隊長にそうお願いした。
「お風呂ですか? 今からお湯を沸かすとなると、かなり時間がかかってしまいますが……」
大隊長が怪訝な顔をする。なにしろ私は、今にも死にかけている大叔父様の治療を期待されているのだ。
のんびり風呂に入っている場合じゃないだろ、と呆れられても仕方ない。
「お水のままで構いません。癒しの儀式を行う前に、身を清めておきたいのです」
「なるほど。そういうことでしたか。わかりました。すぐに用意させます」
よしよし。聖女としての儀式かなにかの一部だと思ってくれたらしい。
まあ、身を清めておきたいという私の言葉は噓じゃない。
この世界は衛生観念が発達してないから、そうでも言わないとなかなか理解してもらえないんだよ。
長旅を終えた直後の薄汚れた恰好のままで、重傷患者と面会するなんてあり得ないだろ。
「ロジェ。エグルさんたちを呼んでくれるかな。追加で依頼を出したいんだ」
「はい。直ちに——」
領主舘に着くまでは護衛依頼は継続中ということで、〝暁の鷹〟の面々を乗せた馬車も一緒について来てくれている。せっかくなので、彼らにはもう少しだけ付き合ってもらおう。私の加護を知っている人たちじゃないと、お願いできない仕事があるのだ。
「キトリーは着替えの準備をお願い。なるべく聖女っぽく見えるドレスを選んでおいて。できれば、ソフィーさんとノエミさんにもそれっぽいものを」
「かしこまりました」
キトリーは馬車に積んであった衣装櫃を下ろして、私の着替えを探し始める。
なにも訊き返してこないところを見ると、私がなにかを企んでいると確信しているんだろうな。私に対する信頼がちょっと重いが、こういうときは話が早くて助かる。
それから私は、ロジェに呼ばれてやってきた〝暁の鷹〟の女性陣を連れて、大隊長が用意してくれたお風呂へと向かった。
水の貴重なよその国では入浴の習慣がない土地もあるというが、その点では聖王国は恵まれている。
貴族なら毎日入浴する者もめずらしくないし、平民でも水で身体を清めるくらいのことはする。庶民の娯楽としての大衆浴場も一般的だ。
おかげでソフィーさんとノエミさんも、私と一緒に入浴することには特に抵抗がないようだった。
「いいお風呂ね。さすがは貴族のお屋敷だわ」
「本当はお湯を沸かして、もっとゆっくりくつろぎたかったんですけどね」
浴室内を見回して、ソフィーさんが感心したように言う。
大理石やら金箔やらを使った派手な浴室ではないが、高級そうな木材を贅沢に使ったよいお風呂だ。
キトリーも一緒に入れてあげたかったが、入浴後の私の世話をするために、彼女は外で控えている。彼女は私の護衛も兼ねてるから、不埒者が浴室に近づかないように警戒してくれているのだ。
それにしても、ソフィーさんのスタイルはすごいな。まさか、あんなかっちりとした服装の下に、こんな扇情的なボディを隠していたとは。胸も大きいが、鍛えられているからくびれもすごいんだ。
対するノエミさんは、うん。数え年十歳の私から見て、親近感が湧く体型だと言っておこう。
「というわけで、ノエミさん。水魔法でお風呂って沸かせます?」
私が質問すると、二人は驚いたような顔をした。
傭兵にとって魔法というのは戦闘で使うものという先入観があったせいか、魔法でお風呂を沸かすという発想が、彼女たちにはなかったらしい。まあ、日常生活で多用して、いざというときに魔力切れで戦えないってことになったら問題だからね。だけど、水魔法で氷が作れるんだから、お湯だって沸かせるはずなのだ。
「うん。できると思う。やってみる」
ノエミさんが浴槽に手をかざして魔力を放出する。
途中で何度か試行錯誤していたようだが、やがて浴槽からは白い湯気が立ち上り始めた。
「ありがとうございます。もういいですよ」
お湯の温度を確かめて、私は魔法を中断するようにノエミさんに告げる。
まだ少し温いが、水風呂に比べたら雲泥の差だ。春とはいえ、まだ寒いからね。凍えながら身体を洗うなんて、まっぴらだよ。
「温かいお風呂に入れるのはよかったけど、でも、いいの? 聖女の儀式のために身を清めるんじゃなかった?」
「無理して身体に負担をかけて、いいことなんてなにもありませんよ。水よりお湯のほうが汚れも落ちやすいんです。お二人とも、これ、使ってくださいね」
私はそう言ってソフィーさんに石鹸を渡す。
「これって石鹸? こんな高級品を使っていいの?」
「大丈夫ですよ。これ、自家製ですから」
「自家製って、もしかしてアルセリカ様が作ったの?」
「商業ギルドで売ってる石鹸は、臭いですからね」
石鹸作りの動画はたくさんあったから、一時期、私は石鹸作りに嵌まってたんだ。
獣脂から作った石鹸は本当に臭いからね。私のお手製石鹸は母上にも好評だった。
ちなみに私の石鹸の存在を知った商業ギルドが、レシピを公開しろなどとうるさく言ってきたので、石鹸の製造法は教会にタダでくれてやった。商業ギルドの担当者、私が子供だと思って、めちゃめちゃ高圧的な態度で接してきたからね。
儲け話をふいにした商業ギルドの担当者は、左遷されてどっかの地方に飛ばされたらしい。ざまぁ。
それ以来、商業ギルドは私に対して、やたら下手に出るようになった。
石鹸の販売利益を孤児院の運営に回してもらうようにしたので、私の神童としての評判も上がった。
まあ、そうやってコツコツ稼いだ私の評判は、バーサーカーの加護のせいで一夜にしてすべて吹っ飛んでしまったわけですが。
「こっちは髪を洗う用のやつです」
「ありがとう。なんだか至れり尽くせりね。このままずっとアルセリカ様に雇って欲しいくらいだわ」
「うん、同感」
シャンプーを渡す私に、ソフィーさんとノエミさんが真顔で言う。
社交辞令だとしても、そう言ってもらえるのは嬉しいものだね。
「〝暁の鷹〟の皆さんなら大歓迎ですよ。もっとも、こっちは領地がなくなるかどうかの瀬戸際なので、皆さんをいつまで雇っていられるかはわかりませんけどね」
「……ねえ、本当に大丈夫なの?」
「領軍の総大将になる件ですか?」
心配そうに尋ねてくるソフィーさんに私は訊き返す。
「それもあるけど、ドルレアック卿のことも。アルセリカ様、治癒魔法は使えないのよね?」
「使えませんよ」
バーサーカーだからね。
でも、バルナベ大隊長は、私が大叔父様の怪我を治すことを期待してるんだろうな。たぶん領地にいるほかの人たちも。
これで私が〝バーサーカーの聖女〟だとバレたら、領主舘で暴動が起きそうだ。
「ねえ、もし領地から逃げる気があるなら協力するわよ?」
「あはは。ありがとうございます。お気持ちだけいただいておきます」
「貴族の矜持っていうやつ?」
ソフィーさんが、痛ましいものを見るような瞳を私に向ける。
たしかに今後も貴族として生きていこうと思ったら、領主の娘が、攻めこまれそうになってる自分の領地を見捨てて逃げることなんてできないよね。
しかし私が逃げないのは、べつに貴族の地位に未練があるからではないのだ。
「そんなたいしたものじゃありませんよ。ただ、ちょっと試してみたいことがあるんです。なので、少しだけ手伝ってもらえませんか? ちゃんと報酬はお支払いしますから」
「それはいいけど……」
ソフィーさんたちを安心させようと、私はにこやかに笑ってみせる。
しかしそんな私の微笑みは、彼女たちを余計に不安そうにさせただけだった。




