第13話 隣国侵攻
事の発端は、やはりシャルヴェンカの王位争いだった。
母親である側妃の身分は低いが、武を好み、将として多くの実績を持つ第一王子。
それに対して血筋の良い正妃から生まれ、宮廷での駆け引きに長けた第二王子。
要は王の選定を隠れ蓑にした、武官と文官の派閥争いだ。わりとありがちな構図である。
数年にわたる暗闘の末、形勢は第二王子に傾いたらしい。
やはり十年前の戦争で、聖王国に負けたのが大きかった。そのことで軍部は発言力を大きく失ったのだ。
ちなみにその戦争で活躍したのは、聖王国の魔法兵団を率いるうちの父上と、例の包囲網の強行突破を果たした大叔父様だ。ベルローズ家、もしかしてめちゃめちゃ恨まれてるんじゃないだろうか。
ともかく王位争いで窮地に立たされた第一王子は、急ぎで大きな武功を上げる必要に迫られた。
そこで白羽の矢が立ったのが、ベルローズの領内にあるダカット郡だ。
ここはシャルヴェンカ王国とアメティスタ聖王国の国境争いのド真ん中にある土地で、十数年おきにシャルヴェンカの領地になったり、聖王国に編入されたりしている。
地形的に守りにくい場所にあるらしく、攻められるとあっさり陥落するらしい。
いちおう現在は聖王国側——ベルローズ領の一部になっているのだが、ダカットそのものを守るのではなく、そこに通じる街道を砦で封鎖することで、敵の侵攻を阻むという戦略をとっている。
そして重要な点として、そのダカットには銀鉱山があるのだ。
シャルヴェンカの第一王子は、そのダカットに目を付けた。
位置的にシャルヴェンカに近く、攻め落とすのも容易。そして銀鉱山による大きな利益を得られる。
もしそこを奪還することができれば、武功としては申し分ない。
一度は第二王子派に傾いた王位争いの行方を、五分に戻すくらいはできるだろう。
そして第一王子は、自らの権限で動かせる八百人の兵士を率いて、ダカット攻略に向けて動き出した。
それがなんの前触れもない、唐突なベルローズ領侵攻の背景だった。
「——以上が、我々が敵軍の捕虜から得た情報です」
領主舘に向かう道すがら、バルナベ大隊長が現在の状況を私に説明してくれる。
軍人にしておくのが勿体ないくらいに、わかりやすい報告だ。この人、文官でも普通にやっていけたんじゃないだろうか。さすがは苦労人っぽい顔立ちをしているだけのことはある。
「うーん……第一王子の動機はわかったけど、もしこの侵攻が原因で聖王国との全面戦争になったらどうするつもりだったんだろうね?」
「そうなった場合、結果的に軍部の影響力が増すことになりますので、問題ないと考えたのではないでしょうか」
「うわ……」
理屈はわかるが、為政者としては最悪だな、第一王子。そういう自分の都合だけの雑な考え方をしているから、王位争いで負けそうになってるんじゃないのか。
しかしここまで王位争いがこじれると、負けたほうの王子はよくて幽閉、最悪の場合は命を取られるな。
だから王位を手に入れるために、なりふり構っていられないということなのだろう。
「だけど、ダカットを攻めるには、まず街道を封鎖している砦を攻略しないといけないんだよね?」
「はい。そのはずだったのですが」
「違ったの?」
「そこでラプラド連盟が絡んでくるのです」
バルナベ大隊長が、酷く苛立たしげな口調で吐き捨てた。
「ラプラド連盟?」
「はい。どうやら、シャルヴェンカは彼らと取り引きしたようなのです。第一王子の軍勢がラプラド連盟の領内を通行するのを認めて欲しいと」
「は? 他国の軍隊の通行を許可したってこと?」
私はさすがに驚いて目を剥いた。
ラプラド連盟は我がベルローズ領のお隣さん。いちおうアメティスタ聖王国に仕える貴族たちの領地だ。
そんな彼らが、敵国であるシャルヴェンカに手を貸して、ベルローズ領への侵攻を手助けしたということか?
それって完全な利敵行為だ。聖王国への反逆じゃないか。
「軍隊ではなく、お忍びで訪問した第一王子の護衛という名目で押し通すつもりだったようですな」
「それはさすがに無理があるでしょ……」
どこの世界に、八百人もの武装した兵士を引き連れて、招かれてもない他国を訪問する王子がいるんだよ。
「ベルローズ領の砦や城壁はシャルヴェンカとの国境方面に対しては堅固ですが、背後の聖王国側に対しては目立った防衛施設はありません」
「それはそうだよね。王都側に向かって砦を築いたりしたら、聖王国への反乱を疑われかねないし」
「はい。ですので、ラプラド連盟の領地を経由してベルローズ領の背後に回り、無防備な王都側からダカットを急襲する——というのが、第一王子の目論見だったようですな」
無謀に思えたシャルヴェンカの第一王子にも、いちおう勝算はあったんだな。
ラプラド連盟との取り引きが成立した時点で、彼はほぼ勝利を確信していたのだろう。
「だけど、それは上手くいかなかったんだ」
「はい。シャルヴェンカの動きを察知したドルレアック卿は、砦での防衛をきっぱりと諦めて、野戦にてシャルヴェンカを撃退することを選択しました」
「それしかなかったんだろうけど、よく決断できたね」
「はい。あの方は将としては傑物ですから」
無防備な背後を突かれたら、砦に籠もったからといって守り切れるものではない。
しかし砦の中にいれば、砦が落ちるその瞬間までは安全なのだ。
そんな目先の安全を投げ捨てて、即座に野戦を決断できる武将は多くない。それくらいは私にも想像がつく。
「こちらの戦力は?」
「三百です。国境側にも抑えの兵を置くとすると、それが限界でした」
「三百対八百か。土地勘があるとはいえ、野戦でそれはきついね」
「左様ですな」
私の言葉に、バルナベ大隊長はうなずく。
「だけど勝ったんだね」
「はい。こちらにも大きな被害が出ましたが、シャルヴェンカ側は戦力の半数以上を失って、逃走することになったようです。ですが、その際にドルレアック卿が——」
「深傷を負ってしまったわけだね」
「はい。敵将を四人まで討ち取ったところで、矢を受けまして——」
「そっか……」
すごいな、大叔父様。百人将を四人討ったってことは、その時点で敵軍の半数を無力化したってことか。
シャルヴェンカ第一王子の目論見は、大叔父様一人に叩き潰されてしまったことになる。我が親族ながら化け物だな。
そして今のベルローズ領には、その化け物はもういない。
「それで大叔父様の負傷を知ったことで、ラプラド連盟はベルローズ領を攻め落とす気になったわけだね?」
「ええ、おそらく」
「表向きの理由としては、シャルヴェンカの侵攻で混乱したベルローズ領の治安回復ってところかな? それなら王家も文句は言えないからね」
「あり得そうなことですな」
なんだかんだで理由をつけて領地を実効支配してしまえば、王家にはそれを覆す力はない。
それが現在のアメティスタ聖王国の実情だ。
武力の衰えた今の王家は王都周辺の利権を守るだけで精いっぱいで、地方にまでは手が回らない。
その結果、王家の威光は衰えて、地方領主たちはますます好き勝手するようになるという悪循環だ。
「大叔父様の容態は?」
「出血が酷く、いまだに意識が戻っておりません。医者の見立てでは、今夜を乗り越えられるかどうかは怪しいということでした。傷口も壊死を始めており、たとえ生き長らえても再起は絶望的かと」
「そっか」
私は目を閉じて溜息をついた。
まさか、私が生まれて初めて自分ちの領地を訪れた日に、そんな話を聞かされる羽目になるとはね。
「それでバルナベ大隊長は、私になにをお望みなのかな?」
気を取り直して、バルナベ大隊長に訊いてみる。
この領軍がクソ忙しいであろうときに、大隊長が自ら十歳の小娘に付き添ってくれているのだ。なにかしらの目的があると思って間違いないだろう。
苦労人の大隊長は、お見通しでしたか、というふうに苦笑した。
「ひとつはドルレアック卿に代わって、我々の総大将になっていただきたいと考えております」
「総大将? 領軍の指揮官になれってこと?」
「実際に指揮を執っていただく必要はありません。ですが、長が不在のままでは、軍は動くことができませんので」
つまり名目だけのお飾りの指揮官ってことか。
たしかに領主の娘である私なら、代官である大叔父様の代理としても申し分ない。
そもそも領軍を動かす権利があるのは、領主か、それに連なる血筋の者だけなのだ。
「そうだったね。わかった。それは引き受けるよ」
私は小さく肩をすくめて苦笑した。
大叔父様には息子はいない。娘さんたちは皆、他領に嫁いでしまっている。というわけで、現状、ベルローズ領の総大将になれるのは、私だけということだ。
それにしても、私が王都を追放されたことがこんな形で役に立つとはね。
まさかこうなることを見越して、女神様は私にバーサーカーの加護をくれたんじゃないだろうな。
「感謝します、アルセリカ様」
「いいよいいよ。私もベルローズ家の人間だからね。それで、ほかには?」
領軍の総大将になることは、私に対するお願いのひとつ目だとバルナベ大隊長は言っていた。
ということは、ほかにも彼の望みはあるはずだ。
「アルセリカ様は、聖女の紋章をお持ちだと聞きました」
「あー……うん。あったね。そういうものも」
しまった。願いというのは、そっち方面か。
「聖女の加護で、ドルレアック卿を癒やしていただくことは可能でしょうか?」
真剣な目つきでバルナベ大隊長に訊かれて、私はしばし沈黙した。
そうだよなあ。聖女の加護といわれたら、普通はそういう神秘を期待するよな。
特にうちの母上は、〝癒しの聖女〟として有名だし。
私が〝バーサーカーの聖女〟だと知ったら、バルナベ大隊長もがっかりするだろうな。
「とりあえず、大叔父様に会わせてもらえるかな?」
私は少し考えて、ひとまずそう答えた。
ちょうど馬車の窓からは、大叔父のいる領主舘が見えてきたところだった。




