第12話 ベルローズ領到着
「どうした、嬢ちゃん?」
「関所の兵士って、普段からあんな重武装をしているものですか?」
「重武装?」
エグルさんが振り返って、馬車の窓から外を見る。
門の前に立つ兵士は十人近く。物見台にも同じくらいの数の兵士がいる。
金属鎧と長槍で武装した彼らの姿は、ただの門番という雰囲気ではなかった。
まるで戦争の最前線にいる部隊のようだ。
「たしかに物々しいな。詰めている兵士の人数もやけに多いし……なにかあったのか?」
エグルさんも表情を引き締めて、後続の馬車に乗るゴーチェさんたちに手信号で合図を送った。
ベルローズ領の兵士なら味方のはずだが、さっぱり状況がわからないからね。
なんとなくピリピリとした雰囲気だし、揉め事を起こすなとでも伝えたのかもしれない。
「止まれ!」
やがて私たちが門に近づいたところで、槍を持った兵士たちに馬車が止められた。
うちの馬車についているベルローズ家の紋章には気づいているはずだが、それにしては妙に警戒されている気がする。さすがに〝バーサーカーの聖女〟の噂が、ここまで届いていることはないはずなんだが。しかし今のところ、それ以外に警戒される理由が思いつかないんだよな。
「俺たちは、王都の傭兵ギルドに所属している第四等級パーティー〝暁の鷹〟だ。ベルローズ男爵家のご令嬢、アルセリカ様を護衛してきた」
馬車を降りたエグルさんが、誰何される前に名乗りを上げた。
門を守っていた兵士が、わかりやすく困惑した顔になる。
「アルセリカ様だと? 男爵様ではなく、アルセリカ様がお一人で見えられたのか? なぜだ?」
うん。当然の疑問だね。
数え年十歳の令嬢だけが王都から領地に送られてくるなんて、普通はあり得ない状況だもんな。
「どうした? なにか問題があるのか?」
エグルさんは兵士の質問には答えずに、逆に質問を重ねた。
さすがに王都から追放された令嬢を連れてきたとは言えないからね。ここは強気で押し切るしかないと考えたのだろう。うん、いい判断だ。
「すまない。少しここでお待ちいただいてもいいだろうか。すぐに責任者を連れてくる」
さすがに自分の手には余ると考えたのか、門を守っていた兵士が砦の中に入っていく。
厄介な問題は上司に丸投げすることにしたらしい。こちらもいい判断だ。
そんなフットワークの軽い門番は、やがて年配の兵士を一人連れてきた。
いかにも苦労人といった顔つきの、白髪の目立つ将校だ。
「失礼。私は、ベルローズ領軍の大隊を預かっているバルナベという者だ。アルセリカ様がこちらにおられると聞いてきたのだが、本当か?」
将校が威厳のある口調で、エグルさんに聞いた。
エグルさんはうなずいて、馬車の中にいる私に目を向ける。
ここから先は私が自分で交渉しろということか。たしかにそれは護衛の仕事じゃないもんな。了解です。
「どうも初めまして。アルセリカ・ベルローズです」
私は馬車を降りながら、バルナベ大隊長に悠然と手を振った。
「これ、いちおう家紋入りの懐剣です。腕輪もご覧になりますか?」
貴族の身分を証明する方法はいくつかあるが、正式なものは王国が発行する腕輪か、または首飾りだ。ただし、こちらは相手がよほどの身分でない限り見せることはない。偽造されると困るからね。
そこで普段は、短剣などの家紋入りグッズで代用することになる。
「滅相もありません。ご無礼いたしました」
バルナベ大隊長は私の短剣を見て、恐縮したようにその場に膝を突いた。
ほかの兵士たちも慌てて彼に続く。
そうやって畏まられるのには慣れていないので、正直少し居心地が悪い。王都の貴族街では、男爵家の令嬢なんて下っ端だからね。
しかしここでの私は領主の娘ということで、それなりに偉そうに振る舞わなければならないのだ。
そうでないと領地の秩序が維持できなくなるからね。私が舐められると、いろんな人に迷惑がかかってしまうのだ。面倒な話だよ。
「皆様は王都から街道を使って来られたのですか?」
「そうだ。アリデイを経由して、ザーズから来た」
バルナベ大隊長の質問に、エグルさんが答えた。
うっかりボロを出さないように、私はなるべく喋らない方向で行くことにする。
「ザーズ方面からですか……? よくぞご無事で……」
バルナベ大隊長の大袈裟な反応に、エグルさんが怪訝な顔をした。
「途中で魔物には襲われたが、そのことを言っているのか?」
「魔物……ですか?」
「野狗子の大群だ。百五十体から二百体はいたな」
「なんと……そうか、野狗子……それで……」
ふむ、とバルナベ大隊長が一人で勝手に納得している。
まるでザーズ方面には、魔物以外の脅威があるみたいな言い方だな。
「もしかして、ここにいる兵士の皆さんは、野狗子討伐のために集まっていたのですか?」
それなら重武装の兵士たちが、関所に集まっている理由にも説明がつくよね。
しかしバルナベ大隊長は、私の質問に首を振る。
「いえ、そうではありません。我々はラプラド連盟の襲撃を警戒するために、ここに派遣されておりました」
「ラプラド連盟だと?」
エグルさんが驚いて声を大きくした。
「はい。ベルローズ領に侵攻するために、ラプラド連盟の五爵がそれぞれ兵を集めているとの情報があり、それに対応するためです」
「ラプラド連盟がベルローズ領に侵攻? どうしてそんなことになってるの?」
今度は私が驚く番だった。
私のうろ覚えの知識によれば、ラプラド連盟というのは、ベルローズ領に隣接して存在する小さな領地の連合体だったはずだ。ちょうどザーズ男爵領と、ベルローズ領の中間地点に存在する感じかな。
領地が隣り合っているということで、小さないざこざが昔から絶えず、お世辞にも仲のいい領地とは言えない。
しかし攻めこんでくるほど険悪だったとも聞いていない。
そんな私の疑問に答えたのは、バルナベ大隊長ではなく、エグルさんだった。
「ベルローズ領は豊かだからな」
「え? そうなの?」
そんな話は初耳だが。誰に聞いてもベルローズ領は、国境沿いの危険地帯のド田舎としか言われたことがない。
「ここ数年で急激に豊かになったのです。領主様より届いた新しい農具や農法、それに菓子や酒の製法。実入りが増えて、領民たちは喜んでおりますし、商人の往来も増えました。聞けば、それらはすべて神童と名高いアルセリカ様が考案されたものだとか——」
バルナベ大隊長に説明されて、私の背中を冷や汗が流れた。たしかに大叔父様宛ての手紙にそれっぽいことを書いたり、王都で職人に作らせた見本を送りつけたりした記憶がある。
だって美味しいごはんが食べたかったんだよ。
小麦アレルギーのロジェのためにもお米を増産してもらう必要があったし、王都では手に入りにくい甘味も欲しかった。そこで米飴や甘酒の造り方を伝授したのだ。その副産物として、酒の醸造まで始まってしまったのは私にとっても想定外だったが、領地が潤うならそれでもいいかと思っていた。
しかしまさかそのせいで、ベルローズ領が狙われることになるとは。
つまりこの状況は私のせいかよ。
なるほど、たしかにザーズ方面は危険だな。
一歩間違えば、私がラプラド連盟に捕まって人質にされている可能性も高かった。うちの馬車にはベルローズ家の紋章もついてるし。普通だったら絶対に見逃してはもらえない。
そうならなかったのは、たまたま偶然、街道沿いに野狗子の群れが大発生していたからだ。
あんな大量の魔物が出没してたら、街道の監視どころじゃないだろうしな。
運が良かったといえるのかどうかは微妙だが、結果的に野狗子の存在が、私を助けてくれたことになる。
「ところで、アルセリカ様は、なぜこの時期にベルローズ領にいらしたのでしょうか?」
「いや、それには込み入った事情があるので、まずは代官の大叔父様に説明してからね」
バルナベ大隊長の質問を、私はどうにかはぐらかそうと試みる。
さすがにこんな大勢のいる前で、王都を追放されてきましたとは言いづらい。
しかし私の苦しまぎれの言葉を聞いて、バルナベ大隊長は表情を曇らせた。
「代官様……ドルレアック卿に、ですか……残念ですが、それは難しいかと存じます」
「え? なんで? どこかに遠征に行ってるとか?」
さすがに王都から距離が離れすぎているせいで、先触れも出さずに来ちゃったからな。
タイミングが悪ければ大叔父様が不在ということもあるだろう。
まあ、そのときは大叔父様が帰ってくるまでのんびり待たせてもらうよ。いくら王都を追放されたとはいえ、曲がりなりにも領主の娘だ。さすがに領主舘を追い出されることはないだろう。
そんなことをのんびりと考えていた私に、バルナベ大隊長が暗い顔で続ける。
「いえ、実は六日前にベルローズ領には、シャルヴェンカの侵攻がありまして——」
「は? シャルヴェンカ?」
攻めこんできたのか? 聖王国と国境を接している隣国のシャルベンカが?
六日前ということは、私たちが王都を出た翌日くらいか。
なんでそんなタイミングの悪いことになってるんだ?
というか、戦争は起きないんじゃなかったのか? 商人同士の情報ネットワークはどうした?
ところで、その隣国の侵攻と、大叔父様の不在にはどんな関係が?
「ドルレアック卿はその戦いで深傷を負い、現在は意識不明の重体となっております」
ベルローズ領の実質的な統治者である、代官の大叔父様が意識不明?
隣の領地どころか隣国からも攻めこまれているこの状況で?
思いつく限りで最悪のその報告に、私は今度こそ完全に絶句するのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
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