第11話 旅の終わり
魔力が増えた。
私がそれに気づいたのは、黒水晶の中の悪魔に、私のステータスを鑑定させていたときだった。
「六十八万五千二百二十五……? たしか前回見たときは六十八万五千にちょっと満たないくらいだったよね?」
ということは、半月かそこらで魔力が二百以上増えたということか。
ちなみにフリックスが言うには魔力二百というのは、平均的な魔力持ち二人分ということだ。そんなにサクッと増えていい数字じゃなくないか?
『きみの総魔力量から見たら、〇・〇三パーセント程度の微増だよ。誤差みたいなものさ』
黒光りする水晶板に映った、ゆるキャラ風の羽つきライオンがぞんざいに告げてくる。
「そう言われたら、そうなのかもしれないけど」
『きみはまだ成長期だからね。魔力を使えば使うだけ、魔力が増えるのはおかしくないんじゃないかな』
「しょせん他人事だと思って、適当に言ってない?」
『いやまあ、実際に他人事だし』
この悪魔、開き直りやがった。
「それに黒水晶の鑑定機能は、契約者の顧客情報を管理するためのおまけ機能だからね。あまり複雑なアドバイスを求められても困るよ』
たしかにこの黒水晶という聖遺物は、異世界の動画を契約者に見せるための道具だからね。
私のステータスを確認できるのも、本来の使用目的からは外れた、ちょっとした裏技っぽい使い方なんだよな。
『それよりも、きみが知りたかったのはこれだろ、ほら』
そう言ってフリックスは水晶板の表面に、私のステータス一覧を表示した。
【アルセリカ・ベルローズ】
バーサーカー: Lv.1
体力: 55(+1) 頑健: 42 器用: 107 敏捷: 73 知力: 169(+2) 魔力: 685,225(+254)
スキル:[暴装]、[暴操(NEW!)]
おっと地味に体力と知力が、ほんのわずかに上がっている。長旅で鍛えられたのと、エグルさんたちとの会話で知識が増えたからか。もっとも魔力の増え方に比べたら、こっちは本当に誤差レベルだね。
それよりも重要なのはスキル欄だ。薄々予想はしていたが、やはりスキルが増えている。
「【暴操】スキルかあ……ということは、暁の鷹の皆さんをあのとき強化したのは、やっぱり私の仕業だったってことで確定だね」」
バーサーカーの加護のせいだとしたら面倒なことになりそうだったし、私とは無関係の現象だったらいいなと思っていたのだが、そんな私の細やかな願いは呆気なく打ち砕かれてしまったようだ。
『確定もなにも、最初からどう考えても、きみ以外にあんなことをする人間はいなかったでしょ』
「フリックス、うるさい」
冷ややかにツッコミを入れてくる羽つきライオンに乱暴に言い返して、私は黒水晶への魔力の供給を止めた。
水晶板から光が消えて漆黒の艶やかな表面には、どこかうんざりしたような私の顔が映る。
私がエグルさんから声をかけられたのは、その直後のことだった。
■■■■
「なあ、嬢ちゃん。さっきから鏡に向かって、なにをぶつぶつ話しかけてるんだ?」
「え? 鏡? ああ、これですか?」
休眠状態になった黒水晶から目を離して、私はエグルさんを見返した。
街道を走る我が家の馬車の中である。
客室の中にいるのは私とキトリー、そしてエグルさんとソフィーさんの四人だった。
〝暁の鷹〟も自前の馬車を持ってはいるが、なんだかんだと理由をつけて、エグルさんは我が家の馬車に乗っていることが多い。うちの馬車のほうが圧倒的に乗り心地がいいからだ。
ソフィーさんはそんなエグルさんのお目付役というところだ。
「これは〝フリックスの黒水晶〟といいまして、我が男爵家に代々伝わる聖遺物なんですよ」
「聖遺物? それが?」
私の持っている水晶板を、エグルさんは興味深そうに見た。
手鏡というには少々大きいが、たしかに休眠状態になった黒水晶は、表面の黒い手鏡に見える。ということは、悪魔と会話をしている間、私はずっと自分の顔を鏡で見ていると思われていたわけか。恥ずかしいな。どんだけ自分の顔が大好きだと思われていたんだろう。
「なにが出来るのか訊いてもいいか?」
「なにが出来るのかと訊かれると、特になにかが出来るタイプの聖遺物ではないのですが。まあ暇潰しにはなります。うちの父は、これのことはガラクタと呼んでいましたね」
「ガラクタ? 聖遺物なのに……?」
「聖遺物なのに、です。王都から追放する娘に、気前よくくれてやっても惜しくない程度の代物ってことです。私は気に入ってますけどね」
「そうか」
淡々と答える私を見て、エグルさんは柔らかく目を細めた。
優しげというよりも生温かいという表現が似合う、どこか面白がっているような表情だ。
「なんですか?」
「いや、要は嬢ちゃんにとってのお守り代わりってことだろ。可愛いところがあるんだな、と思って」
「こら、エグル」
貴族令嬢である私に失礼な軽口を叩くエグルさんを、ソフィーさんが慌てて叱責した。
しかし、私に向かってそんな口が利けるということは、〝バーサーカーの聖女〟を恐れていないということだからね。私としてはそのほうが嬉しい。エグルさんが私を見て怯えるようになったら、ショックだよ。
「関所が見えてきましたね?」
野営地を出発して二刻くらい経ったころ、街道の前方に小さな砦が見えてきた。
領地の境目を隔てている関所だ。
基本的には通行税を取るための施設だが、武装した兵士が駐在しており、街道の安全確保の役目も兼ねている。
砦に掲げられている旗は、ベルローズ家の紋章だった。
つまりあの関を越えると、その先はベルローズ領ということだ。
「一時はどうなることかと思いましたが、なんとか無事に辿り着けましたね。少し気が早いですが、お世話になりました」
私はエグルさんに微笑みかけた。
〝暁の鷹〟の皆さんには本当に感謝してるんだよ。私の悪評が広まりすぎていて、商隊への同行を拒否されそうになったときに、自ら護衛を引き受けてくれたのが彼らだったからだ。
魔物の大群に襲われたときも、エグルさんたちは私を見捨てて逃げだそうとはしなかったしね。
「いや、こちらこそ助かった。道中のメシも美味かったしな」
エグルさんが少し照れたように答える。
「そう言っていただけるとなによりです。この依頼が終わったら、皆さんはどうなさるおつもりですか?」
「俺たちの本来の雇い主はバルダーヌの旦那だから、旦那の商隊が到着するのを待たないとな。それまでは適当に依頼を受けて、魔物狩りにでも行ってみるさ。手に入れたスキルを試したくて、ウズウズしてるやつもいるしな」
「なるほど」
せっかく手に入れた新しいスキルを、試してみたいという気持ちはよくわかる。
魔の森に隣接しているベルローズ領では、手頃な魔物を探すのにも苦労しないだろうしね。
「俺たちは王都の所属だが、護衛の仕事でベルローズ領に来る機会も多いからな。フリーの傭兵の手が要るときは、ギルドの支部に依頼を出しておいてくれ。縁があればまた会う機会もあるだろ」
「そうね。アルセリカ様からの依頼ならいつでも歓迎するわ」
「はい。そのたときは、ぜひ」
エグルさんたちの言葉は社交辞令という感じではなかったので、私も素直に喜んでみせた。
貴族社会は腹の探り合いが面倒だからね。私はこういう素直なコミュニケーションのほうが好きだな。
そんな和やかな会話を交わしている間に馬車は進んで、関所の全景が見えてくる。
そこで私は、思わず眉間にしわを刻んだ。
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