第10話 聖女の力
「お嬢様、お怪我は?」
動いている魔物が完全にいなくなったことを確認して、キトリーが私のほうへと駆け寄ってくる。
〝暁の鷹〟の人たちと違って、彼女の様子は普段と変わらない。そのことに私は少しホッとする。調子に乗って高笑いするキトリーは見たくないからね。
「大丈夫。私はなんともないよ。キトリーたちは?」
「私とロジェは問題ありません」
キトリーの背後で、ロジェもうなずく。彼が守っていた馬たちも問題なさそうだ。
一方、普段どおりとはいかないのは、〝暁の鷹〟の面々だ。
「全員、無事だな?」
疲労困憊の表情で、エグルさんが仲間たちに声をかける。
「なんとかね」
「たいした怪我はないが、駄目だ。もう一歩も動けねえ」
リュカさんとゴーチェさんが、地面にうずくまったままやる気なく答えた。
無言でうなずくマルタンさんも、疲労の色を隠し切れていない。
「こちらも同じよ」
「眠い……寝る……」
短槍を杖代わりにしてかろうじて立っているソフィーさん。
ノエミさんはそんなソフィーさんにもたれて、ぐったりと目を閉じている。
私から魔力の供給を受けていたせいで、全員、魔力切れなどは起こしていないはずだ。
それでも身体強化の多用による肉体への反動や、精神的な消耗は免れない。
戦闘が終わって気が抜けて、一気に疲れが出たということだろう。
「お疲れさまでした、皆さん。おかげで助かりました」
私は着ぐるみを着たままの姿で、〝暁の鷹〟の面々にお礼を言う。
やはり人間、挨拶は大事だ。あの危機的な状況でも、逃げることなく護衛の任務を果たそうとした彼らのような傭兵は大切にしないとね。
しかしそんな私の顔を見てエグルさんたちは、なんとも言えない奇妙な顔をした。
「なあ、嬢ちゃん。俺たちが戦ってる途中、強烈に力が湧いてきたんだが、あれってもしかしなくても嬢ちゃんの仕業か?」
「はて? なんのことでしょう? 気のせいでは?」
私はとりあえずとぼけることにした。なんとなくエグルさんの質問を肯定すると、面倒なことになりそうな予感がしたからだ。
しかし当然ながら、それは通用しなかった。
「そんなわけあるか! ノエミが何発魔法をぶっ放したと思ってる⁉︎ 普段だったら、あの半分も撃てば魔力切れでぶっ倒れてるわ!」
「あー……やはり誤魔化せませんか」
「むしろなんで誤魔化せると思った?」
エグルさんが呆れたように息を吐く。ふと見ると、〝暁の鷹〟のほかのメンバーだけでなく、キトリーたちまで同じような表情を浮かべていた。
「あれはどうも〝バーサーカーの聖女〟の固有スキルのようですね」
「固有スキル?」
「はい。たぶん味方を外から無理やり強化するスキルではないかと」
「戦ってる間、理性が吹き飛んで最高にハイな気分になっていたんだが」
「それはなんといいますか、バーサーカーの加護なので」
「そうか……バーサーカーの加護か……」
エグルさんが、どこか遠い目をして呟いた。
彼がそんな顔になる気持ちはわかる。バーサーカーの加護に命を救われましたと言われても、反応に困るよな。
「まあいい。おかげで助かった。礼を言う」
「そうね。アルセリカ様の援護がなかったら、正直ちょっと駄目かも思ってたものね」
「魔法がいっぱい撃てて気持ちよかった」
エグルさんの言葉に、ソフィーさんとノエミさんが同意する。
「あのさあ……問題はそれだけじゃないんだよ」
「リュカ? なにがあったんだ?」
苦悩するようにガリガリと頭をかくリュカさんに、エグルさんが怪訝な表情で訊いた。
「生えた」
「は?」
「僕にもスキルが生えた。鑑定したわけじゃないから本当かどうかわからないけど、たぶんこれってスキルで間違いないと思う」
リュカさんの衝撃の告白に、エグルさんはぽかんと目を丸くした。
「だけど、おまえは魔力持ちじゃなかったよな?」
「うん。ただ、これはほとんど魔力を使わないタイプのスキルみたいだ。機械の構造が見えるというか、どうすれば機械の性能を最大限に引き出せるかがわかるというか——」
「生産職系のスキルってことか。優秀な職人には、そういうスキルの持ち主が多いというが……」
スキルの発動には魔力を使う。だがその魔力の消費量は一定ではない。
魔法や戦技のように大量の魔力を消費するスキルもあれば、キトリーの【索敵】のように、ほとんど魔力を消費せずに常時発動できるものもある。
ただしスキルの覚醒には相応の魔力が必要であるとされており、それが魔力持ちの貴族以外に、スキルが目覚めづらい理由だった。
「俺もだ」
「マルタン?」
寡黙なマルタンさんがぼそりと口を開き、エグルさんが再び眉を上げた。
「まさか、おまえもスキルに覚醒したのか?」
「戦っている最中に、不思議な感覚にとらわれたんだが……そうか、これがスキルというものか……」
スキルを発動したときの感覚を確かめるように、マルタンさんが何度も手を握りしめた。
前衛職であるマルタンさんにとって、スキルの存在というのは非常に大きい。いざというときの生存率や、仲間を守れる確率が格段に違ってくるからだ。
表情が変わらないのでわかりづらいが、スキルに目覚めた喜びを、彼は今、誰よりも強く感じていることだろう。
「おい、嬢ちゃん……」
エグルさんが半眼になって私を見た。
なんだよ。仲間がスキルに目覚めたんだから、もっと素直に喜びなよ。
「いやあ、すごい偶然ですね。やっぱり死線をくぐり抜けると、人は成長するんですね」
「こんな偶然があってたまるか!」
エグルさんがそう言って頭を抱えた。彼の隣ではソフィーさんが額を押さえながら目を伏せている。
「味方をまとめて強化できるというだけでも破格なのに、魔力持ちでない人間のスキルを覚醒させてしまうなんて。これが〝バーサーカーの聖女〟の力ということ?」
「おい、エグル……とんでもねえぞ、この嬢ちゃん。もしこの嬢ちゃんの神秘のことが、よその領主や王族に知られたら——」
「ああ。嬢ちゃんを奪い合って戦争になりかねないな」
ゴーチェさんの言葉に、エグルさんが力なく首を振る。
さすがにそれを聞いて私は驚いた。
「え⁉︎ そこまでですか⁉︎」
「そこまでだな」
なるほど、エグルさんたちが頭を抱えているのはそれが理由か。
貴族ではない普通の兵士を、スキル持ちに変えられる。つまり私一人がいるだけで、領地の軍事力が何倍にも膨れ上がるというわけだ。うん。たしかにそれはヤバい能力だ。私の身柄が狙われるのも道理だよ。
「駄目。アルセリカ様は、私が守る」
私ともあまり身長が変わらない小柄なノエミさんが、私を庇うように両腕を広げてエグルさんと対峙する。
「心配するな、ノエミ。今日のことを誰かに話すつもりはない」
「当然ね。傭兵としての守秘義務もあるし、それ以前に余計な面倒を背負いこみたくないもの」
エグルさんとソフィーさんが、どことなく投げやりな口調でノエミさんをなだめた。
「嬢ちゃんの情報を売れば金貨二枚や三枚にはなるだろうが、そんなはした金でこの嬢ちゃんを敵に回すのは割に合わなすぎるぜ。おまえも見ただろ、嬢ちゃんが棒きれの一振りで野狗子どもを薙ぎ払うところを」
「僕にとって、彼女はスキルを目覚めさせてくれた恩人だからね。その恩を仇で返すわけにはいかない。それに、彼女の加護は研究しがいがありそうだ」
ゴーチェさんがやる気なく肩をすくめ、リュカさんはダダ漏れの欲望を隠そうともしない。
寡黙なマルタンさんは無言でうなずいているだけだ。
「え……っと、とにかく私の加護のことは、内緒にしておいてもらえると助かります。どのみち信じる人はあまりいないと思いますし」
「まあ、それはな」
私の現実的な発言に、エグルさんたちは苦笑した。
自慢じゃないが、ハズレ聖女である私の〝バーサーカーの加護〟は、使えない神秘として有名なのだ。魔力持ちですらない他人のスキルを覚醒させられるなどという噂が流れたところで、普通は誰も信じない。
私の加護を身をもって体験した、エグルさんたちが特別なのだ。
「それよりも、魔物の屍体を片付けないといけませんね」
「ああ……そうだったな……」
私の指摘に、エグルさんがげんなりとした表情を浮かべた。
魔物の屍体が発する腐敗臭や血の臭いは、ほかの魔物を惹きつける。
そうなる前に、屍体を焼くか埋めるかしなければならない。でないと、野狗子みたいな屍肉食の魔物が集まってくることになるからだ。
戦闘で疲弊した身体で屍体の処理をするのは骨が折れるが、こればかりは仕方がない。
「穴を掘って埋めるしかないか。さすがにこれを全部燃やすほどの油の持ち合わせはないしな」
「なるほど。穴ですね」
そうなるだろうな、と私はうなずいた。思っていたとおりの展開だ。
こうなることを予想して、私は今まで【暴装】スキルを解除しなかったのだ。
「ロジェも疲れてるだろうから、穴を掘るのは私がやるよ」
「お、お嬢様……⁉︎」
いつも私に忠実なロジェが、少し焦ったような声を出す。
もしかし遠慮しているのだろうか。
だが、いくら土魔法の使い手とはいえ、魔力の残りが少ないロジェに、穴を掘らせるのは忍びないんだよ。
私のスキルで穴が掘れるのは、王都の屋敷の庭で証明済みだからね。
百体近い魔物を埋める穴か。それも臭いが地上に漏れ出さないように、それなりに深く掘らなければならない。
そうなると、けっこう大きな穴が必要だな。
そんなことを考えながら、私はその場に屈みこんだ。
イメージとしては犬が地面に穴を掘る要領だ。狼の着ぐるみを着た私にはぴったりだね。
そして私は、足元の土をすくい上げるように、伸ばした指先で思いきり地面を引っ掻いた。
その瞬間、大地が爆発した。
膨大な量の土砂が轟音とともに空中に舞い上がり、私たちの視界を黒く染めた。
生い茂っていた雑草や低木が暴風に乗って渦を巻き、舞い散る砂粒が雨のように降り注ぐ。
その衝撃がどうにか収まったとき、呆然と立ち尽くす私の足元には、深さ十五公尺を超える深い穴が地面にぽっかりと口を開けていた。
これなら百体以上の魔物の屍体も、問題なく埋葬できそうだね。千体いても余裕だな。
私の背後ではエグルさんたちが、腰を抜かしたように倒れている。
平気だったのはキトリーとロジェだけだ。
この二人は王都の屋敷のアレを見てるからね。過去の経験から学んでいたらしい。
学んでいない愚者は私だけだ。
「えっと……こんなものでいいかな?」
ぎこちない笑みを浮かべて、私が訊く。
倒れたままの〝暁の鷹〟の面々は、青ざめた顔でこくこくとうなずくのだった。




