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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第5章
73/74

73.鈴音

 歌声が聞こえる。

 鈴を鳴らしたような凛とした声で、白い空間に光をもたらす。寄せては返す波のような旋律が、薄布を重ねた帳をそよ風のように揺らし、道を作った。

 ふわりと金色の羽根が舞い上がって、緩やかに風に乗って軌跡を描いた。


 膝を抱えて丸くなっていたリリーナは、自分をすくい上げる腕の中で、目を覚ました。まぶたが重く、目を開くことは出来ないが、聞こえる歌声に耳をすました。


 呼びかけに応えて欲しい。愛おしい方

 あなたを護る剣と なりましょう。

 どうか 応えて欲しい。愛おしい方

 あなたを護る盾と なりましょう。


 この身がたとえ あなたの元へ帰れずとも

 私の心は あなたの側で生きましょう。

 たとえ 生まれ変わることが出来ずとも

 どうか 夢見ることで出会わせて欲しい。


 永遠に 私の心を 捧げましょう。

 愛しています。 私の 蒼華姫。


 わからなかった古い言葉の意味が伝わり、リリーナの胸に想いが込み上げた。

 蒼華姫、そう呼んで、愛してくれた人がいた。

 もう、失ってしまった世界の、愛おしい人。

 大好きだった。愛していると気付くには遅すぎて、想いを返そうにも、もう会えなくなってしまった。


(リリィ)


 名前を呼ぶ声が耳に届き、長いまつ毛が震えた。僅かに開かれた隙間から、溢れた涙が流れ落ち、頬に添えられた熱で優しく拭われた。


「リリィ」


 はっきりと耳元で聞こえた声が愛おしくて、胸が詰まった。

 目を開けるのが怖い。

 目覚めてしまえば、期待して、また失うことになるのだろう。傷付いて、我慢して、強がって、報われなくても、あなたの中にあなたを探し求めてしまう。


「リリィ」


 何度も名前を呼ばないで欲しい。

 抱き締める腕が強まって、乞い願うように唇を重ねられれば、伝わる熱と息苦しさで、身体が震えてしまう。

 顎を引き、僅かに唇をずらしても、逃さないように重ねられ、優しく頬を撫でられる。


「愛している、リリィ」


 それでも、目を開けるのが怖い。

 瞳に姿を映せば、また望んでしまう。

 ひどくわがままに、自分だけを愛して欲しいと願ってしまう。

 寄せられた想いを疑ったことはないけれど、いつかあなたが他の人を選ぶ姿を見たくない。


「どうか、目覚めて」


 苦しげに呟かれ、聞いたことがない震える声に、リリーナはゆっくりと目を開けた。

 自分のわがままで、愛おしい人を悲しませることのほうが、つらく思えた。涙を流す姿のほうが、もっと見たくなかった。


 はらはらと涙がこぼれて、顔にかかる銀髪が、ぼんやりとリリーナの目に映った。

 息遣いを感じる距離で、藍色の瞳が心配そうに覗き込んでいる。

 どうしてだろう。先程までいろいろ考えていたことが、何故かすっかり消え失せてしまい、意識も記憶も、霞がかって、ひどくぼんやりとした。

 しばらく見つめていたが、瞬くことに疲れてリリーナがまた目を閉じかけた時、目尻に唇を寄せられた。


「リリィ」


 答えるように、リリーナが首を傾げると、頭の後ろに手を差し入れられ、胸に抱き込まれた。


「……俺のことがわかるか?」


 伝わる動悸が速く、声も震えているが、この温もりは覚えている。腕の重さも空間も、自分の居場所のように馴染んで、穏やかに眠りに誘われてしまう。

 すうっと長い息をはいて目を閉じれば、また身体を離され、口付けられた。

 とても眠い。指先を動かすことが出来たので、ゆっくりと腕を持ちあげた。自分の頬に触れる手の甲に重ねると、するりと返され、指を絡ませて包み込まれた。


「アル……?」


 声がかすれてうまく紡げないけれど、浮かんだ名前を呼べば、泣きそうな笑顔を向けられた。見つめ返し、確認するように瞬きを繰り返す。


「アル……」


 首元にかかる銀髪が少し伸びている。藍色の瞳は金色の光を浮かべ、記憶の中の姿と重なった。霞がかっていた記憶が少しずつはっきりとして、リリーナは大きく目を見開いた。


「ここは……?」


 体を起こそうと身じろぐと、背中に腕を回され、ゆっくりと抱き起こされた。けれども、くらりと目眩を感じて、支えるアルヴァートの胸に倒れ込む。


「あまり無理をするな。ロビ・メイジャ領内にあるシトラス島だ」


 頭を支えるように抱き込まれて、髪に口付けを落とされた。


「どうして……」


 聞き覚えのない島にいて、頭も身体も重く、体力も魔力も低下しているのだろう。

 温もりが愛おしくて、同時に悲しくて、涙が流れ落ちた。


「泣かないでくれ、リリィ」


 眠っている間、何度も自分の髪を撫でてくれたのは、彼だったのだと気付く。


「ずっと、側にいてくれたの……?」


「いられる間はずっと」


 ちょうど膝の真上あたりの布から、木の実が転がり落ちて、リリーナの指先に当たって止まった。


「ベレンの実……?」


「ああ、トォーリィの捧げ物だろう。いつも昼間はずっと側にいて、お前が目覚めるのを待っていた」


「トォーリィ……」


「あ、ちょっと待てッ!こらッ!!」


 リリーナが名前を呼んだ時、白くて丸い弾丸が飛び込んできて、部屋の扉あたりでドサドサと床に倒れる音がした。


「まあ、トォーリィ。あなた、うさぎさんになってしまったの?」


 膝の上に乗り、愛くるしい姿で見上げられ、リリーナは涙を拭いて微笑んだ。抱き上げる力はないけれど、そろそろと腕を動かし、柔らかい体を撫でた。


「可愛いわ、トォーリィ」


 体を擦り寄せる白いうさぎの温もりに癒やされ、リリーナが見つめていると、もういいだろう、と不機嫌な声がして、トォーリィの体がつままれ、扉に向かって放り投げられた。


「アル……?」


 強引に上を向かされ、唇を重ねられて、長い口付けを交わす。


「全く……」


 アルヴァートがベッドから降り、不機嫌そうに扉に近付くと、4人と2羽が扉の側で様子を伺っていた。ラミネが飛んできたトォーリィを受け止めて倒れており、その目元を、覆いかぶさる形でシグルが両手で隠していた。


「……よお」


 苦笑いを浮かべて笑うシグルの顔は引きつっている。


「シグル様、見えません。身の危険を感じます。早急に逃げたいです」


「無理だ、諦めろ」


「やあ!」


 倒れたシグルの身体の上に、あぐらをかくように少年が座っていて、アルヴァートに天使のような微笑みを向けて、手をあげた。


「久し振りだね、団長さん!何か楽しそうなことをしているから、僕も参加してみたんだよ」


「いきなり現れて、背中に乗るとは、ルシアン様は本当に自由な方ですね」


 ブルナ氏が苦笑して、申し訳なさそうに、アルヴァートに頭を下げた。その肩にとまっていたアイシャが飛び降りると、羽根を広げて頭を下げ、そのまま悠然とリリーナの方へ歩いていく。それを見ていたトォーリィが暴れて、ラミネの拘束から逃れると、猛然とダッシュして追いかけた。


「あ、トォーリィ!!」


「また行きやがった、あのうさぎ。本当に、こんがり肉になっちまうぞ」


 外野が騒がしいのは一先ず置いておいて、ここにいるはずのないルシアンの姿に驚いて、アルヴァートは少し警戒した。


「ルシアン様……?」


 従うつもりはないが、帰還命令を受けている。皇都からの迎えであれば、対応を考えなければいけない。

 訝しむアルヴァートの視線に気付いて、ルシアンは面白くなさそうに、口を尖らせた。


「ひどいな、僕は回し者じゃないよ。どちらかといえばね、僕は怒っているんだよ。酷いじゃないか。仲間外れにするなんてさ。確かに、ちょっと探し物があって皇都を出ていたけれど、声をかけて欲しかったな。一緒に洞窟に行った仲じゃないか。あの事を、忘れるはずがないだろう」


「そういう訳らしいですよ」


 ブルナ氏が面白そうに眼鏡のフレームに手をかけて、珍しく腕を組んだ。


「探し物がようやく見つかったんだ。副団長さんのお目覚めのお祝いに、みんなで食べようよ!」


 ゴソゴソと収納袋から取り出した果実を掲げたルシアンの提案に、その場にいた全員が目を瞬いた。


「肉料理と合うらしいよ?」


 その言葉を聞いて、シグルは合掌した。

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