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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第5章
74/74

74.鳳梨

 ロビ・メイジャ領、シトラス島。

 南国の花が咲き乱れ、浅瀬の海は澄んで蒼く、美しい砂浜が広がっている。

 シグルの手配で宴の準備が整われ、彩り豊かな料理や果実、そして酒が用意された。

 時刻は夕暮れ時を迎え、景色を楽しむために大きく作られたガラス窓には、見事な夕焼けが広がっており、神秘的な空間に包まれる。


 実のところ、宴の準備は早くに出来ていたものの、アルヴァートに声をかけるべきかどうか、相談していたらしい。

 邪魔をするのは悪いだろうから、もう少し時間をおこうか、と話がまとまった時、突然、トォーリィの耳が立ち上がり、リリーナのいる部屋へ猛然と駆け出した。それをラミネが追いかけ、扉の前で何とか阻止したものの、室内から伝わる雰囲気が甘く、お子様には刺激が強すぎる、ということで、続けて追ってきたシグルに目を塞がれた。その背中の上に、突然、ルシアンが現れ、バランスを崩してドミノ倒しになった訳で、決して興味本位で覗いていた訳ではない。

 とても不機嫌なアルヴァートにそう説明をしたが、おそらく全く信用はされていなかった。


 理不尽です、とムッとして、ラミネはシグルを睨んだ。


「シグル様は僕を何歳だと思っているんですか」


「えーと、14歳ぐらい……?」


「僕はこれでも18歳です」


「どちらにせよ、子供には違いないんだから、いいんじゃない?」


 2人のやり取りを面白そうに眺めていたルシアンが、蒸留酒の入ったグラスを傾けた。

 琥珀色の液体が篝火のように淡く光り、世界を魅惑的に映す。


「君は果汁ジュースだし、お酒が飲めないしね」


「そうおっしゃいますが、ルシアン様のお姿は僕と同じぐらいですよね。実のところ、おいくつなんでしょうか」


 ラミネは自分と同じ10代の姿をしているルシアンに率直に疑問をぶつけた。

 稀代の魔術師という呼び名があるルシアンが、見た目通りの年齢でないことを、この場にいる全員が気付いている。おそらく見た目を操作しているところから、時間に干渉できる魔法が使えるように思えるが、聞いてはいけない質問のような気がして、誰も尋ねたことがなかった。

 シグルは顔を青くしたが、今日のルシアンは機嫌が良いのか、嫌な顔を見せずに、にこりと笑った。


「さあ?僕自身も、もう覚えていないよ。ずっとこの姿を保っているしね」


 それはそれでとんでもない答えとなり、ますます、謎が深まってしまった。


「そうなんですか……。ずっと年上ということもあり得ると……」


 天使の笑顔を見せるルシアンの背中に白い羽根が見えるような気がするが、黒い羽根も混じっているという不思議な状態に、ラミネは目を瞬いた。


「ところでどうだい?おいしい?僕が持ってきた果実の感想を聞きたいよ」


 ルシアンはラミネから窓際に視線を移し、薄く切った黄金の果実をついばんでいるアイシャに声をかけた。

 滅多に食べる姿を見せないアイシャが、興味を失うことなく、鳳梨という名の果実を口にしている。非常に珍しい現象に、ブルナ氏は料理をそっちのけでメモを取り続けていた。

 

「やっぱり、君の好物だったんだね。探し求めた甲斐があったよ。伝え聞いた果実の話を、たまたま思い出したんだ。見た目から敬遠されがちだけれど、もしや、と思ってね。でも、驚いたよ。急に君たちの気配が強くなったから、とんできたんだ。副団長さんも目覚めて良かったね。僕は綺麗なお姉さんが大好きさ。だから、お姉さんを悲しませる奴は許さないよ」


 すうっと目を細めるルシアンの表情に、アイシャが顔を上げて、じっと見つめ返した。


「そうだね、アイシャとは気が合うよ。大丈夫、君の大事なお姫様は、僕が助けてあげる」


 すごく悪い顔をして微笑みあっていたルシアンは、グラスをテーブルに置いて、リリーナの方へ視線を向けた。


 リリーナが恥ずかしそうに小さく口を開けて、アルヴァートが差し出す匙を口に含む。

 少し冷ましてから差し出すアルヴァートの視線はリリーナから動かず、ゆっくり噛んでからこくりと飲み込む姿を見つめて、頬を緩めた。見つめる瞳は優しく、リリーナの速度にあわせて、一匙すくって、また差し出している。


「あれは……ダメだな。ちっとは人目を気にしろ。ラミネは……見ないほうが良いんじゃないかなー?」


 リリーナの恥じらいが周囲に伝わって、何故かつられて頬に熱が上がったシグルが呟いた。


 目覚めたばかりのリリーナは、まだ体を起こすのがやっとのため、宴の場に参加することを辞退した。しかし、それならば自分も参加しないとアルヴァートが言うので、リリーナは長椅子にクッションを敷き詰めた席を用意してもらい、背中を支えらた状態で参加していた。いきなり普通の食事がとれないので、リリーナのためにおかゆが用意された。

 おかゆの香りをかいで、トォーリィが倒れたところをみると、やわらかく煮た具に反応したらしい。肉料理の材料にされるのを避けるため狼の姿になっていたトォーリィだったが、倒れた拍子に本来のリスの姿に戻ってしまい、どこか酔っ払ったように伸びてしまった。


「まだ、食べられるか?」


 最後の一匙を口に含んだ後、こくりと飲み込んで、リリーナは俯いて左右に首を振った。

 口を開ける度、視線が注がれて、唇が震える。これまで人に食べさせることはあっても、食べさせてもらうのは初めての事で、どこに視線を向けたらいいのかわからない。これ以上は、とても無理で、心臓の方が持ちそうになかった。


「ありがとう、アル。あなたも何か食べて……?」


 恥ずかしさで瞳が潤み、頬を染める姿を愛おしそうに見つめていたアルヴァートは、食器を置くと、リリーナの髪に触れた。


「いや。俺は普段から食べない。気にするな」


「でも」


「お邪魔をするつもりはないんだけど、ちょっといいかな」


 ルシアンが伸びているトォーリィをつまんで持ち上げ、リリーナと見比べた後、アルヴァートを見下ろした。ふうん、とまじまじと見つめて、面白いことになっているね、と呟く。


「ルシアン様……?」


「僕なら元に戻せるよ。まずは団長さんを戻したほうが良さそうだね。大半が戻って今の体と融合しているけれど、完全じゃない。よりしろとなっていた大剣が崩れるかもしれないけれど、どうする?」


 ルシアンの言葉を聞いて、リリーナが驚いて見上げた。ルシアンは思いつめたような戸惑うような緑色の瞳を見つめ返した後、もう一度、アルヴァートに視線を戻した。


「そうだね、次はちゃんと僕を参加させること。約束だよ。面倒だから、まとめてやってしまおう」


 ルシアンはトォーリィを放り込むと、2人を包むように魔方陣を5つ重ねて、一気に発動させた。

 時計の針が回るような音がして、七色の光が花のように開いた後、弾けて光の粒になって消える。

 10代の少年の姿をしていたルシアンが、光の中で何やら別なものに変わっていたような気がしたが、光が見せた幻だろうか。


「ま、こんなもんだね。逆回転していた動きが羽根で止められていたから、僕はそれを正常な位置と向きに直しただけさ。もう、これで大丈夫。外部から二度と操作は出来ないよ」


 ルシアンの明るい声を耳にして、魔法陣が出現した瞬間、咄嗟に守るように抱き込まれていたリリーナが、恐る恐る目を開けた。目が眩むような光に包まれ、聞いたことがない重なった音に驚いてしまったけれど、どこかが変わったような気がしない。

 動ける範囲で手を伸ばし、アルヴァートの体に触れた時、項垂れていた顔が僅かに動いた。


「リリィ……」


 見上げるリリーナの瞳を覗き込んだアルヴァートが、目を見開いた。

 澄んだ緑色をしていたリリーナの瞳に藍色が徐々に染み込むように重なっている。息を吹き返した時からリリーナの魔力の流失は止まっていたが、全く蓄積されないことが気にかかっていた。

 何度注いでも反応がなかったリリーナの瞳に変化が起きて、アルヴァートはようやく安心できたように、長い息を吐いた。


「え……!?」


 そのまま、ぐらりとアルヴァートの体が傾いて、リリーナは驚いて声を上げた。

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