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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第4章 魔石
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71.退魔

 無人と成り果てた島は、海岸から鬱蒼と木々が茂り、奥が見えない。空を覆う渦巻く雲と稲妻の光は変わっておらず、いつ雨が降り出してもおかしくない暗さだった。

 アルヴァートが転移魔法で連れてきた海岸は、以前、シグルが小船で訪れた時に目印とした松明の跡や、船を繋いだ時に使用した杭が残されていた。


「おお!?……うん、見覚えがあるなー」


 シグルが周囲を見渡し、確認するため、うろうろと歩き出した。


「獰猛な何かは眠らせてありますから、ご安心ください」


 アルヴァートが低く呟いたが、シグルは詳しく聞くことをやめた。前回、そんなものがいるとは知らず、遭遇しなくて本当に良かったと思う。


「歌声が聞こえなくなりましたね」


 不思議なことに、島に入れば、不快な歌声は聞こえなくなった。ラミネが耳を覆っていた手を外し、ホッと息をはく。


「やはり、そうなのか……」


 アルヴァートが何か考え込むように後ろを振り返り、海面を見つめた。

 ここから、船は見えない。太陽も見えないため方向が特定出来ないが、おそらく朝日が昇る向きに神殿の入口があると考えれば、この場所は、停泊する船と対極の位置になるだろう。

 歌声は島を包囲するように渦巻いている。それはまるで、あの魔石と同じように思え、不気味に感じた。


(歌声をそのままにしたまま、進んでもいいものだろうか)


 船の客室に、リリーナを残してきている。不快な歌声の内側に、リリーナを連れてくる事に抵抗があった。側にトォーリィが付いており、何か異変があれば、すぐに知らせてくるだろうが、ひどく胸騒ぎがした。


 こっちだ、というシグルの声に、アルヴァートは振り返った。


「前に来た時に、ここから入ったんだ」


 シグルの案内で向かった先には、加工された石の破片が点在していた。あちこち草に埋もれているが、かつては石畳であったと推測される。

 草が倒され、何となく人が通れそうな細い道が続く。上から伸びていた草の蔓をナイフで切り払いながら進むシグルの後に、ブルナ氏が続いた。人の気配に驚いて、木々が揺れ、けたたましく鳴く声や、飛び立つ音が騒がしい。

 暴風でなぎ倒されたのか、ところどころに倒木が転がっていた。


「やはり、荒れていますね」


「まあな」


 倒木を迂回して進むシグルが、目印とて残しておいた結び目を確認しながら、汗を拭った。


「上から確認できれば一目瞭然なんだろうが、中央は何もない。草原が広がっている。この島は、外側だけに木々が生えていて、まるで砦のようだ。ほらな」


 シグルが言うとおり、すぐに広がる草原に出た。強い風が吹き抜け、草が揺れる。


「これは、また立派ですね」


 ブルナ氏がほお、と感嘆の声を上げた。

 樹齢は何年なのか。幹が太く、堂々たる佇まいの巨木が、枝を大きく伸ばしていた。その周りを囲むように、等間隔に窪んだ部分があり、水を湛えていた。

 ラミネが拾い上げた石の破片には、人の手で彫り込まれたと思われる模様が入っており、かつて祀られていた時代の名残りを思わせた。


「人の手が入らなくなったのにも関わらず、土地が草地のままとは……。何らかの影響を受けていますね。とても考えられないことです」


 ブルナ氏が大樹に近付いた時、不自然に枝が大きく揺れた。

 雷鳴と共に地面に亀裂が入り、八方に広がる。島の周囲に稲妻が次々と落ち、さらに強い風が吹いた。


「やはり、何か反応が……?」


 広がる草原の一角に不自然に大きく開かれた空間があった。そこから真っ直ぐに海が見え、停泊している船が見えた。アルヴァートが一直線に切り開いた道に違いない。


「リリィ……!?」


 余裕のない声で名前を呼んで、アルヴァートが転移魔法で消えるのと同時に、船の側で海面が大きく盛り上がるのが見えた。


「何かあったのか!?ここも、どうなってるんだ!?」


 大地がぐらぐらと揺れ、亀裂から炎が吹き出した。この島が、海底から隆起した活火山であるという記録はない。立っていることができず、それぞれが地面にしゃがみこんだ。

 揺れる振動と、焼けるような熱さにどこまで耐えられるかと歯を食いしばった時、枝を伸ばす太い幹が中央から大きく避け、燃えるような鳥が飛び上がった。


「あれは……!」


 ラミネが空を見上げて目を細めた。かつてモルドナー公爵領で見たことがある姿より、はるかに小さいが、揺らめく炎には見覚えがあった。

 炎の鳥は上空で大きく羽ばたき、高い鳴き声を上げる。そのまま、一直線に海に向かって飛んでいった。地面から吹き出した炎が、まるで尾のように追いかけ、吸い込まれていく。無数の炎の塊が海面に上がり、その上を回収するように飛ぶ姿が、徐々に大きくなっていった。


「そうか……」


 振動がおさまり、ようやく立ち上がることが出来たシグルが、思い出したように呟いた。

 ブルナ氏が黙って視線を向ける。


「騎士団長様を助けるために、副団長様は、アイシャとトォーリィの集めた魔力に自分の魔力を重ねて、この海に打ち込んだことがある。空間を内側から破壊するような事を言って、ルナティをおびき寄せたんだ。あの取り扱い注意の高エネルギーが残っているとすれば……」


 船の方で、太く青白い稲妻が光った。


「船に戻りましょう」


 一直線の道をブルナ氏が駆け出し、ラミネも走り出した。その後を、シグルも追いかける。途中、何か見てはいけない大物が腹を抱えて寝ていたが、見なかった事にして進んだ。アルヴァートは本当に最短ルートで道を開けたのだろう。息が上がる前に海岸に出ることが出来た。そのまま氷の海を渡らずとも、ここから船の様子が良く見えた。


「あれは……何だ?」


 海面からブヨブヨとして奇妙な形をしたものが、船に襲いかかろうとしていた。金色の目のようなものがついているが、果たして目なのだろうか。虚ろなそれは、何処を見ているのかわからない。

 船首の先で、白くて丸い塊が、長い2本の耳を伏せて踏ん張っている姿が見えた。


「トォーリィ、無茶ですッ!!」


 ラミネが泣きそうな声で叫んだ。


「あの白い塊はトォーリィなのか!?」


「はい、今のトォーリィの全力の姿です。けれども、とても――」


「いや、アイシャと同じことが起きるのであれば、もしかすると……」


 しかし、白くて丸い塊は弾き飛ばされ、宙を舞った。


「トォーリィ!!」


 海に落ちるかと思われたが、その前にアルヴァートに受け止められ、トォーリィは無事に甲板に戻された。

 船首の先に、優雅に炎の鳥が舞い降りる。炎を立ち上らせたまま、アルヴァートに羽根を広げ、頭を下げるのが見えた。そして何かを探すように首を傾げた。



 ***



「……アイシャなのか?」


 アルヴァートの問いに応えるように、羽根を広げて頭を下げる優雅な姿は、まさしく探し求めていた姿だった。


「お前を探していた。リリィを助けてくれないか」


 震えるアルヴァートの声に首を傾げて、アイシャは周りを見渡した。


 リリーナの姿はなく、側をうろついているトォーリィは、何故かうさぎの姿で伸びている。そして、背後から、船を飲み込もうと大きく膨らんだ化け物が邪魔をする。


 アイシャは飛び上がると、邪魔者に炎の渦をぶつけた。怒りと共に、炎の色が青くなり、無数の羽根が海面に振り注いだ。

 ブヨブヨしたものが内側から溶けていくのを確認すると、アイシャはまた興味をなくしたのか、アルヴァートの前に舞い降りた。


「これをお前の炎で燃やしてくれないか」


 アルヴァートが魔石の保管ケースを開けた瞬間、アイシャの炎が大きくなり、瞳の色が変わった。いきなり業火が襲いかかり、アルヴァートは巻き込まれそうになっていたトォーリィを回収すると、大きく距離をとった。

 危うく、こんがり肉になりかかったトォーリィが目を覚まし、アルヴァートの腕から逃げ出すと、アイシャの前に立ち向かった。

 アイシャは悠然とトォーリィを見下ろし、うさぎの姿を憐れむように首を傾げる。そして、炎に包まれたままの魔石を足で掴むと、バキリと破壊した。

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