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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第4章 魔石
70/74

70.突破


「……おはようございます、シグル様」


「おお、おはよう。今日は随分早いな」


 朝の挨拶だというのに、清々しさも爽やかさもない。

 シグルはうまく笑えているだろうかと内心、焦りを感じた。一段と低いアルヴァートの声は怒りを抑えているようであり、何かあったのか、とは聞ける状況ではなかった。

 嫌な汗が流れる。こういう時、救いの女神であったリリーナの存在が恋しくなった。しかし、ハッとして、慌てて気を引き締めた。今の感情を知られたら、瞬殺されてしまうではないか。


「……道を空けました。船を転移させます」


「お、おお」


 気付かれなくて良かった、と胸を撫で下ろすシグルに訝しげな視線を向けた後、アルヴァートは扉を閉めて、また甲板に戻っていった。

 アルヴァートは未だ船の周囲に残る氷に炎を走らせて爆撃させた後、船全体に転移魔法をかけた。緩やかな光が船を包み込む。


 視界が一転して別の海域に投げ出され、轟音と高い波飛沫が上がった。

 海面の色が変わっており、霞んでいた目的地の島が、肉眼で良く見えた。


 シグルが甲板に出ると、湿気を多く含んだ風が吹いており、肌にべとつく感じも合わさって、とても不快に感じた。 

 上空の大気がどんよりと渦巻いて稲妻が起きているが、何事だろうか。ところどころに不自然な氷柱が立っている。

 甲板に出てきたブルナ氏と何か言葉を交わした後、アルヴァートがまた海面に飛び降りる姿が見えた。そのまま一直線に海を凍らせて渡っていくつもりなのだろう。


「おはようございます、ブルナ様。急な移動でお騒がせして申し訳ございません」


 シグルが声をかけると、アルヴァートの後ろ姿を見送っていたブルナ氏が、おや、と穏やかに微笑んだ。


「おはようございます、シグル様。いいのですよ。……デイン騎士団長も随分、お怒りのようですね」


 よく見れば、ブルナ氏の瞳が笑っていないことに気付き、シグルはゾッとした。


(デイン騎士団長も、とは、つまり、眼鏡氏もなのか……)


「何かあったのですか?」


 後ろを付いてきていたラミネの質問に、ブルナ氏が綺麗な微笑みを向けた。ラミネがひっと息をのむということは、ブルナ氏のこの姿は珍しいのだろう。


「デイン騎士団長に帰還命令が出たようですよ。私の方にも、調査中止の命令が届きました。皇女殿下の名において、ね」


「そんな事があるのか?皇女殿下付きの騎士団長様はともかく、皇国研究機関は独立しているはずだろう?」


「ええ、愚かなことです。デイン騎士団長を派遣させなければならないような危険区域の調査は一切、認めない、と。よく承認されたものだと耳を疑いました。皇女殿下のわがままでしょうね。本来、戦闘に特化した精鋭部隊である第1騎士団を宮殿に囲い続け、何を守らせているのでしょう。……本当に愚かだ。従う必要はありません」


 あまりの変わりように、怒らせてはいけない人物の逆鱗に触れるとこうなるのか、という、どうでもいいことを考えて、シグルは平静を保った。


「まぁ、今から皇都に戻るとしても、こんな遠くからだと、ざっと6日はかかるからな。今すぐ戻れる距離ではないとして、時間を稼ぐか?」


「いいのですよ。従いませんから」


「あの……」


 言葉を失ったシグルの上着が、僅かに引っ張られた。

 振り返ると、ラミネが涙目になって見上げている。


「もう怖いのは嫌なのですが、その……何か聞こえませんか……?」


 言われてみれば、吹き荒ぶ風に乗って、歌声が聞こえていた。寄せては返す波のようなメロディは、初めて聞くものだと思えるが、ひどく違和感を感じた。これは、とブルナ氏が眼鏡のフレームに手を添え、空を見上げた。


「何だろう、何かこう、胸がムカムカするんだが……」


 シグルが胸を押さえて居心地悪そうにする横で、ブルナ氏がじっと耳をすませた後、長いため息をついた。


「―――なるほど。変調しているのではなく、逆さまなのですよ。歌詞まで正確に逆回転です」


 何だそれは、と意味がわからないシグルに説明するように、ブルナ氏はワンフレーズ口ずさんだ。それはかつて、ルナティが温室でくるくると回りながら歌っていた恋の歌だ。


「それは聞いたことがあるぞ」


「これを逆に歌うと、全く違う雰囲気になってしまいます」


 ワンフレーズとはいえ、もどかしい気分になる例を示されて、一緒にいたラミネも、なるほど、とメモをとった。


「逆に歌うということは、意味も変わるのか?」


「確かなことは言えませんが、不快な気分になるということは、意味も逆になっているでしょうね。差し詰め、別離、拒絶、排他的なものでしょうか」


「何か呪っているのか?しかし、ここから騎士団長様の姿が見えないが、島の一部に土埃が上がっているということは、上陸したと考えていいのだろうな。この歌声は、それと何か関係して起きている現象なのだろう?」


 島であの騎士団長様は何と戦っているのだろう。獣の唸り声と飛び立つ鳥の騒ぎ声が聞こえる。続けざまに木々をなぎ倒しながら、何かが崩れ落ちる音が響いた。


「進路を妨害するものを、あの方は瞬殺しかねないので、生態系を破壊しないように、お願いはしておいたのですが……」


 ブルナ氏のため息とともに、殺伐とした雰囲気のアルヴァートが戻ってきた。驚いたことに、息もあがっておらず、鎧も汚れていない。 

 アルヴァートは甲板にいる3人を見回して、抜いていた大剣を鞘に戻した。


「皆様がお揃いで助かりました。道を空けました。船ごと転移すると座礁する恐れがあるので、あなた方だけ海岸にお送りします。準備をお願いしてもよろしいでしょうか」


「わかりました」


「シグル様」


「な、何だ?」


「あなたが通ったと思われる道を見つけましたので、案内をお願いします。そちらのほうが参道であり、正規ルートで安全かもしれません。後、恐れ入りますが、リリーナが休める部屋を用意していただけないでしょうか。この歌声も含めて、少し、気になることがあります」


「客室は用意してあるから、そこを使ってくれ」


「ありがとうございます。では、私は一度、屋敷へ戻ります」


 用件だけを告げて、またアルヴァートは姿を消した。


「転移魔法って便利だなー」


「息を吐くように簡単に使っているように見えますが、かなり高度な魔術ですよ。それだけ、あの方は魔力が高く、恐ろしいということです。しかも、皇室特有の術式を駆使していますから、まあ、敵に回してはいけませんね。さて、ラミネ。一度、船室に戻りましょうか。デイン騎士団長が戻るまでに準備をしましょう」


「はい」


 それもそうだな、と頷いて、シグルも船員に指示を与えるため、集合をかけることにした。

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