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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第4章 魔石
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66.坂道

 アルヴァートがローレン大公領にある別邸の屋敷に戻ると、玄関ホールで執事長が出迎えていた。


「お帰りなさいませ、アルヴァート様」


「……何かあったのか?」


「少々、お願いしたいことがあります。皇都の屋敷までお戻りいただけないでしょうか」


「わかった。トォーリィに頼んであるが、リリィの事を頼む」


「かしこまりました」


 ここからまたロビ・メイジャ領にあるオロラム邸に向かう予定であったアルヴァートは、すぐに転移魔法を使うと皇都の屋敷へと戻った。ローレン大公殿下のお陰で、負担を感じることなく、長距離をスムーズに移動出来てしまう事に、驚いてしまう。


「おわッ!!」


 皇都の屋敷の玄関ホールに着くなり、妙な叫び声と大きな音を聞いて、アルヴァートは周りを見渡した。


「シグル様……?大変、失礼しました。大丈夫でしょうか?」


 大樽を抱えたまま、床に腰を降ろしていたシグルがムッとして見上げていた。アルヴァートは大樽を持ち上げると、服をはたいて立ち上がるシグルの言葉を待った。


「タイミング悪く、現れるからだ!!」


「何故、ここに?」


「襲撃を受けた。取り敢えず、その樽はそこに置いてくれ」


 玄関ホールに、荷物がまとめて置かれている。その一角を指で示されて、アルヴァートはおそらく酒であろう大樽を置いた。


「こんにちは、デイン騎士団長。少々、問題が起きまして、こちらで待たせていただきました」


 声をかけられて振り返ると、外套姿のブルナ氏とトォーリィの世話係の少年が並んで立っていた。少年がペコリと頭を下げる。先程の襲撃という言葉が気にかかったアルヴァートが向きなおると、ブルナ氏は困ったような笑顔をみせた。


「今朝早くから皇女殿下が同行すると仰せになり、デイン騎士団長を探して温室にお越しになりました。そのため、出発した事にして、身を隠させていただいております」


「殿下が……」


「どうなってやがる!?連れていける訳ないだろ」


 樽の上に腰掛けて、シグルが苛立ちを見せた。


「実はデイン騎士団長の力を借りたいのです。シグル様のオロラム邸に、転移魔法でまとめて送っていただけないでしょうか。本当に急いだほうが良い気がします」


「オロラム邸は伺ったことがありますが、設定しないと移動出来ません」


「緊急用の転移石を渡されているんでな、俺と一緒に来てもらう。じゃッ!」


 不意に手を伸ばされたため反射的にかわし、シグルの腕を掴んでしまったアルヴァートは、やられたと思った時には遅く、強引にオロラム邸に連れていかれた。


 オロラム邸では、突如、裏庭に現れた2人に動揺し、少々、騒ぎになった。緊急用の転移石を使用しているため、何事かと人が集まってくる。


「俺が説明して準備を進めておくから、ここへ荷物と2人をよろしく」


「……わかりました。空間を広く空けておいて下さい。下敷きになると危険なので、人を近付かないで下さい」


 アルヴァートは仕方なく、シグルに言われた通りにまた皇都の屋敷に戻った。かなりの移動距離だ。全く無茶を言うものだと、若干の疲労を伴ってため息をついた。


「お帰りなさい。お願いできますか?」


「はい、オロラム邸の裏庭にお送りします。荷物のところへ移動していただけますか」


「わかりました。詳しい話はあちらでしましょう」


 ブルナ氏と少年を連れて一緒に移動したアルヴァートは床に大きめの魔法陣を描いた。魔力が完全でない状態で、どこまでの質量を送れるのか不安を感じたが、問題なく発動して、ホッとする。

 瞬く間に場面が切り替わって、少年が驚いた声を上げた。ドサドサと落ちる荷物と同じように地面に投げ出される。


「おや、ラミネは転移は初めてでしたか」


 ブルナ氏に声をかけられて、少年は恥ずかしそうに顔を赤らめた。アルヴァートが差し出した手に掴まって立ち上がり、少年はありがとうございます、と頭を下げた。


「ラミネ……」


「はい」


 トォーリィの世話係の少年はそんな名前だったか、とアルヴァートが呟くと、呼ばれたと思ったラミネが返事をした。


「トォーリィのことだが、礼を言う。リリィに付いているため、ここにはいないが、元気そうで安心した」


「いえ、僕は何もしておりません。トォーリィは、シグル様からいただいた実を食べて寝てを繰り返し、ご覧になった大きさに戻りました。ようやくうさぎに変身できるかどうかの状態です」


「うさぎ……?」


「はい、きっと順番があるのですよね?」


 その辺りは執事長に聞いてみないとわからないアルヴァートは曖昧に笑うしかなかった。


「どうだろうな。俺はトォーリィがうさぎになったところを見た事がない。リリィはきっと喜ぶだろうが、抱き上げられているのを見るのは……不愉快だな」


「待て待て、ラミネが固まっているだろう。想像して、無駄に殺気を出すな」


 到着に気づいたシグル氏が人夫を伴ってやって来た。シグルの指示により、荷物が運ばれていく。殺気にあてられ青ざめているラミネに、シグルは大丈夫かと声をかけた。


「無茶苦茶だからな。頑張って馴れるんだぞ」


 よくわからないアドバイスを与えるシグルから視線をそらし、アルヴァートは荷物を確認しているブルナ氏に近寄った。


「ブルナ様、私は一度、ローレン大公領の屋敷に戻ってもよろしいでしょうか」


「いや、待て。騎士団長様は設定すれば、どこへでも移動可能なんだろう。先に船へ案内する」


 ブルナ氏が答える前に、シグルに声をかけられ、それもそうだな、とアルヴァートは頷いた。


「こちらが先に出港しても、いつでも追い付けるのだろう?副団長様はどうするんだ。連れていくのか?部屋は用意出来るぞ?」


「いえ、リリィは船旅に連れていきません。天候が乱れ、海が荒れると言われました。島に到着してから、転移魔法で連れていこうと考えておりますが……魔法で島に上陸できますか?」


「潮の流れがあって、決まった期間しか上陸が出来ないところだからな……。わからない。荷物を積み込み次第、出港するが、予定より早過ぎるんだ。どちらにせよ、最寄りの別の島に拠点を置くことになるだろうから、追々、調整していこう。そうか、天候が乱れて、荒れる恐れがあるのか」


 シグルは近くの人夫を捕まえて、水と食料を多めに積み込むように指示を与えた。追加する物を伝えて、屋敷の外へ出る。

 ブルナ氏とラミネも一緒に連れ立って、港へと続く石畳の緩い坂道を下った。さすが港街だ。なかなか人通りが多い。

 初めて目にする鳥と風に乗って届く潮の香に、ラミネは楽しそうに周りを見渡した。


「まあ、そんなに遠いところじゃない。皇国最南端とはいえ、領地内だしな。ちょっと航路が厄介なだけだ。いろいろ出るしなー」


「私は船に乗せていただくのも、海獣と遭遇するのも初めてなのですが……」


 楽しそうな表情が一変して、また青ざめたラミネに、シグルが笑った。


「退屈するよりはいいだろう。寝ぼけた海獣が襲ってくる事があるかもしれないが、そのための騎士団長様だ。それに俺の船も実装してあるしな。後で、俺のこだわりポイントを説明してやるから、ちゃんと聞けよー」


 一度説明を受けたことがあるが何も覚えていないアルヴァートは、長かったことだけを思い出し、気の毒そうにラミネを見た。

 シグルは大喜びするだろう。この真面目な少年が、きちんとメモを取り、話を聞くであろう姿が容易に想像できた。

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