66.坂道
アルヴァートがローレン大公領にある別邸の屋敷に戻ると、玄関ホールで執事長が出迎えていた。
「お帰りなさいませ、アルヴァート様」
「……何かあったのか?」
「少々、お願いしたいことがあります。皇都の屋敷までお戻りいただけないでしょうか」
「わかった。トォーリィに頼んであるが、リリィの事を頼む」
「かしこまりました」
ここからまたロビ・メイジャ領にあるオロラム邸に向かう予定であったアルヴァートは、すぐに転移魔法を使うと皇都の屋敷へと戻った。ローレン大公殿下のお陰で、負担を感じることなく、長距離をスムーズに移動出来てしまう事に、驚いてしまう。
「おわッ!!」
皇都の屋敷の玄関ホールに着くなり、妙な叫び声と大きな音を聞いて、アルヴァートは周りを見渡した。
「シグル様……?大変、失礼しました。大丈夫でしょうか?」
大樽を抱えたまま、床に腰を降ろしていたシグルがムッとして見上げていた。アルヴァートは大樽を持ち上げると、服をはたいて立ち上がるシグルの言葉を待った。
「タイミング悪く、現れるからだ!!」
「何故、ここに?」
「襲撃を受けた。取り敢えず、その樽はそこに置いてくれ」
玄関ホールに、荷物がまとめて置かれている。その一角を指で示されて、アルヴァートはおそらく酒であろう大樽を置いた。
「こんにちは、デイン騎士団長。少々、問題が起きまして、こちらで待たせていただきました」
声をかけられて振り返ると、外套姿のブルナ氏とトォーリィの世話係の少年が並んで立っていた。少年がペコリと頭を下げる。先程の襲撃という言葉が気にかかったアルヴァートが向きなおると、ブルナ氏は困ったような笑顔をみせた。
「今朝早くから皇女殿下が同行すると仰せになり、デイン騎士団長を探して温室にお越しになりました。そのため、出発した事にして、身を隠させていただいております」
「殿下が……」
「どうなってやがる!?連れていける訳ないだろ」
樽の上に腰掛けて、シグルが苛立ちを見せた。
「実はデイン騎士団長の力を借りたいのです。シグル様のオロラム邸に、転移魔法でまとめて送っていただけないでしょうか。本当に急いだほうが良い気がします」
「オロラム邸は伺ったことがありますが、設定しないと移動出来ません」
「緊急用の転移石を渡されているんでな、俺と一緒に来てもらう。じゃッ!」
不意に手を伸ばされたため反射的にかわし、シグルの腕を掴んでしまったアルヴァートは、やられたと思った時には遅く、強引にオロラム邸に連れていかれた。
オロラム邸では、突如、裏庭に現れた2人に動揺し、少々、騒ぎになった。緊急用の転移石を使用しているため、何事かと人が集まってくる。
「俺が説明して準備を進めておくから、ここへ荷物と2人をよろしく」
「……わかりました。空間を広く空けておいて下さい。下敷きになると危険なので、人を近付かないで下さい」
アルヴァートは仕方なく、シグルに言われた通りにまた皇都の屋敷に戻った。かなりの移動距離だ。全く無茶を言うものだと、若干の疲労を伴ってため息をついた。
「お帰りなさい。お願いできますか?」
「はい、オロラム邸の裏庭にお送りします。荷物のところへ移動していただけますか」
「わかりました。詳しい話はあちらでしましょう」
ブルナ氏と少年を連れて一緒に移動したアルヴァートは床に大きめの魔法陣を描いた。魔力が完全でない状態で、どこまでの質量を送れるのか不安を感じたが、問題なく発動して、ホッとする。
瞬く間に場面が切り替わって、少年が驚いた声を上げた。ドサドサと落ちる荷物と同じように地面に投げ出される。
「おや、ラミネは転移は初めてでしたか」
ブルナ氏に声をかけられて、少年は恥ずかしそうに顔を赤らめた。アルヴァートが差し出した手に掴まって立ち上がり、少年はありがとうございます、と頭を下げた。
「ラミネ……」
「はい」
トォーリィの世話係の少年はそんな名前だったか、とアルヴァートが呟くと、呼ばれたと思ったラミネが返事をした。
「トォーリィのことだが、礼を言う。リリィに付いているため、ここにはいないが、元気そうで安心した」
「いえ、僕は何もしておりません。トォーリィは、シグル様からいただいた実を食べて寝てを繰り返し、ご覧になった大きさに戻りました。ようやくうさぎに変身できるかどうかの状態です」
「うさぎ……?」
「はい、きっと順番があるのですよね?」
その辺りは執事長に聞いてみないとわからないアルヴァートは曖昧に笑うしかなかった。
「どうだろうな。俺はトォーリィがうさぎになったところを見た事がない。リリィはきっと喜ぶだろうが、抱き上げられているのを見るのは……不愉快だな」
「待て待て、ラミネが固まっているだろう。想像して、無駄に殺気を出すな」
到着に気づいたシグル氏が人夫を伴ってやって来た。シグルの指示により、荷物が運ばれていく。殺気にあてられ青ざめているラミネに、シグルは大丈夫かと声をかけた。
「無茶苦茶だからな。頑張って馴れるんだぞ」
よくわからないアドバイスを与えるシグルから視線をそらし、アルヴァートは荷物を確認しているブルナ氏に近寄った。
「ブルナ様、私は一度、ローレン大公領の屋敷に戻ってもよろしいでしょうか」
「いや、待て。騎士団長様は設定すれば、どこへでも移動可能なんだろう。先に船へ案内する」
ブルナ氏が答える前に、シグルに声をかけられ、それもそうだな、とアルヴァートは頷いた。
「こちらが先に出港しても、いつでも追い付けるのだろう?副団長様はどうするんだ。連れていくのか?部屋は用意出来るぞ?」
「いえ、リリィは船旅に連れていきません。天候が乱れ、海が荒れると言われました。島に到着してから、転移魔法で連れていこうと考えておりますが……魔法で島に上陸できますか?」
「潮の流れがあって、決まった期間しか上陸が出来ないところだからな……。わからない。荷物を積み込み次第、出港するが、予定より早過ぎるんだ。どちらにせよ、最寄りの別の島に拠点を置くことになるだろうから、追々、調整していこう。そうか、天候が乱れて、荒れる恐れがあるのか」
シグルは近くの人夫を捕まえて、水と食料を多めに積み込むように指示を与えた。追加する物を伝えて、屋敷の外へ出る。
ブルナ氏とラミネも一緒に連れ立って、港へと続く石畳の緩い坂道を下った。さすが港街だ。なかなか人通りが多い。
初めて目にする鳥と風に乗って届く潮の香に、ラミネは楽しそうに周りを見渡した。
「まあ、そんなに遠いところじゃない。皇国最南端とはいえ、領地内だしな。ちょっと航路が厄介なだけだ。いろいろ出るしなー」
「私は船に乗せていただくのも、海獣と遭遇するのも初めてなのですが……」
楽しそうな表情が一変して、また青ざめたラミネに、シグルが笑った。
「退屈するよりはいいだろう。寝ぼけた海獣が襲ってくる事があるかもしれないが、そのための騎士団長様だ。それに俺の船も実装してあるしな。後で、俺のこだわりポイントを説明してやるから、ちゃんと聞けよー」
一度説明を受けたことがあるが何も覚えていないアルヴァートは、長かったことだけを思い出し、気の毒そうにラミネを見た。
シグルは大喜びするだろう。この真面目な少年が、きちんとメモを取り、話を聞くであろう姿が容易に想像できた。




