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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第4章 魔石
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64.羽根

「そなたは転移魔法が使えるだろう?わざわざ連れてくる必要はない。わしが行った方が早い」


 然るべき手続きをとらずに、皇族が簡単に外出して良い訳がないと思えるのだが、ローレン大公殿下は、早くしろ、とアルヴァートを急かした。しかし、と困惑する視線に、無言の圧力で応じる。


「……仰せの通りに」


 どう断りを入れようとしても無駄な様子に、アルヴァートは小さく呟くと、床に大きめの魔法陣を描いた。

 驚く程なめらかに術式が発動する。変化に気付いたアルヴァートがローレン大公殿下を見上げると、当然だという表情で見下された。


「わしの魔力を譲渡しておるのだ。わしも転移は得意だからな。今までより範囲も距離も向上しておるだろう」


 足元から上がった光に包まれた瞬間、床に膝をついた姿勢のまま、あらかじめ設定しておいた部屋へと景色が変わった。

 屋敷を管理するメイド長の指示により整えられたのであろう。出る時に閉められていたカーテンが開かれ、やわらかい陽光が部屋に差し込んでいた。花瓶に飾られた花から香る控えめな香りが、室内を優しく包み込む。

 

「……久しいな、リリーナ嬢」


 ローレン大公殿下の声が僅かに震え、リリーナの名前を呼ぶと、側へ歩み寄った。アルヴァートも立ち上がり、ローレン大公殿下にベッドサイドの椅子をすすめると、その後ろに控えた。


「これはまた、可愛らしい。愛されておる」


 ローレン大公殿下が優しく微笑む。

 リリーナの髪に、飾るように小さな花がいくつか置かれていた。一緒にベレンの実が添えられているところをみると、トォーリィが運んできたようだ。トォーリィの姿は見えないが、部屋のどこかに隠れている気配がした。

 ローレン大公殿下はリリーナの額に触れると、静かに目を伏せた。


「……なるほど」


 困ったように微笑んで、ローレン大公殿下が呟くと、リリーナの体の上に魔法陣が浮かび上がった。金色の羽根が降りかかり、包み込んで、染み込むように消える。


「これで良い」


 しばらくして、リリーナの体が淡く輝き、変化が起きた。


 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出される。

 陶器のように白く冷たい色をした肌が熱を帯び出し、頬や唇に赤みが戻っていく。


 その様子を、アルヴァートは息をのんで見守った。


(息を、吹き返した……?)


 目の前の光景が信じられず、アルヴァートは苦しさに耐えた。頭痛がするほど、胸の動悸が早まる。


「デイン騎士団長、絡みついていた呪咀の根源を見せてもらおうか。離れがたいだろうが、城に戻るぞ」


 ローレン大公殿下は椅子から立ち上がると、リリーナを見つめ続けるアルヴァートの肩に触れた。


「期待させて申し訳ないが、まだ目覚める段階ではない。話は城に戻ってからだな」


 先に戻るぞ、と言ってローレン大公殿下は姿を消した。


 直ぐに追いかけなければならないことは解っている。

 それでも、アルヴァートは触れずにいられなかった。

 ベッドに近付き、恐る恐る、リリーナに手を伸ばす。

 規則正しく繰り返す呼吸、心蔵が正確に時を刻み始める。

 触れた頬は、温かい。


「リリィ……」


 アルヴァートの胸に想いが込み上げる。


(その瞳が開かれて、微笑みを返してくれるのはいつになるのだろう。また名前を呼んでくれるのだろうか――)


 気が付けば、トォーリィが驚いたように、枕元に駆け寄っていた。不思議そうに覗き込み、何故か頬袋から出したベレンの実を、リリーナの髪に飾るように1つ置く。

 小リスのように小さくなっていた姿から、見慣れていた大きさに戻ったようで、アルヴァートはホッとした。


「トォーリィ」


 名前を呼ぶと、ぎょっとしたように、トォーリィは顔を上げた。固まったように動きを止めるのを見て、アルヴァートは小さく息を吐くと目を伏せた。トォーリィとの関係の修復も、長く時間がかかるように思えた。


「すまないな、トォーリィ。リリィはまだ目覚めない。俺はまた城へ行く。リリィを頼む」


 確かに、離れがたい。けれども、アルヴァートは手を握り締めると、ローレン大公殿下が待つ城へと戻った。



***



「ほお……?早かったな」


 すぐ戻らなかったことを叱られるかと思っていたが、アルヴァートが謁見の間に姿を現すなり、椅子に腰掛けていたローレン大公殿下は意外そうな表情で呟いた。


「お待たせして申し訳ございません」


 アルヴァートは頭を下げると、直ぐにブルナ氏から預かった保管ケースをポーチから取り出した。開けよ、と言う言葉を受けて、保管ケースの留め具を外す。


「こちらでございます」

 

 アルヴァートは両手で保管ケースを持つと、掲げた。

 見る度に、絡みつくような視線を感じて、背筋が冷える。ゼノルティの一部であるのだから当然ではあるが、禍々しく気味が悪い。


 ローレン大公殿下はおもむろに手を伸ばし、指先を動かした後、不機嫌にため息をついて目を閉じた。

 雰囲気が重くなる。空気が僅かに揺れた。

 螺旋を描いて渦巻いていた文字が止まった。


「……燃やせ」


 しばらくして、口を開いたローレン大公殿下の声は恐ろしく低くかった。


「恋心とは、こうも人を狂わせるのか……」


 何かを思い出すように、ローレン大公殿下は深いため息をつく。


「金糸は書き換えておいた。細い糸ぐらい断ち切っても良いのだが、勘づかれても困るだろう。先程、額に触れた時に伝わっておるから説明は要らぬ。リリーナ嬢はアイシャという炎の鳥について調べていたようだな。……デイン騎士団長、それを持ち、すぐに要請されている地へ向かうが良い」


「ハッ」


 アルヴァートは短く返事をした。保管ケースを閉じて、また厳重に封印をかけてポーチの収納袋にしまう。


「調査地へ着いた後、転移魔法で屋敷に戻り、リリーナ嬢を連れていく方が良い。おそらく天候が乱れ、海が荒れる。皇国内であれば、移動距離を気にする必要はないからな。存分に使うが良い。炎に投じ、燃やせば、おそらくリリーナ嬢は目覚める。なお、大剣を忘れるな」


「全て仰せの通りに。お力添えくださり、心より感謝を申し上げます」


「そうだな、リリーナ嬢が目覚めたら、必ず2人揃って会いに来い。我が名において、命ずる。……命令せねば会いに来れないとは嘆かわしいぞ」


 そうは言うものの、ローレン大公殿下の眼差しは優しかった。アルヴァートの藍色の瞳に宿る金色の輝きを見て、満足そうに微笑んだ。


「待っておるぞ」


「必ず」


 アルヴァートは一礼すると、来た時と同じように退出するため扉へ向かった。黒く染まったままのアルヴァートの髪色と後ろ姿を見送り、ローレン大公殿下は、また瞳を閉じた。呟いた言葉は、扉が締まる音と重なって消えた、

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