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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第4章 魔石
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56.雪原

 風が吹き、粉雪が舞う。

 完全に太陽が沈んでしまったのだろう。空を染めていた光が薄れるように、大空に羽ばたいていた鳥の姿が、溶け込むように消えていった。


(そんな……)


 姿を現せるのは、夕焼けの僅かな時間だけなのか。

 何かの手掛かりになるのでは、と思っていただけに、リリーナは空を見上げて、ため息をついた。


 かわりに照らされる月が輝きを放つ。吹きすさぶ粉雪で霞んではいるが、地上に光を届けるには充分で、雪明かりで周囲がぼんやりと明るくなった。


 獣の居場所は、黒い影が教えてくれる。赤く光る目と、点滅を繰り返す縞模様は、夜になるとさらに気味が悪い。

 黒い影となるところは、白銀ではない鎧のアルヴァートも同じで、放つ青白い斬撃の光の筋で、動きがよくわかった。


 どういう身体能力をしているのだろう。剣技に特化しているからか、動きが速すぎて、呼吸があわせづらい。

 彼の配下として過ごしてきた経験で予測して動こうにも、ところどころ攻撃スタイルが違う。


 アルヴァートが大剣から左手を離し、前ヘ伸ばす動作が見えた。それにあわせて、リリーナは魔術を重ねるため発動する。けれども、彼の左手からは何の反応もなく、一瞬、左手を握り締める動きが見えた。


(魔術は大剣からしか使えない?)


 アルヴァートはすぐに両手で大剣を持ち直すと、真っ直ぐに振り下ろした。斬撃にあわせて呟く言葉にあわせて、獣の外殻に青い稲妻が落ちる。

 獣は大きく咆哮を上げ、目を回すと横に倒れた。


「リリーナ」


 アルヴァートがリリーナに近付き、少し獣から距離をとるように視線を向けた。


「はい、団長」


 言われた通り、一緒に移動して、つい口にしてしまった呼び名に後から気付く。目を瞬いたリリーナの頭に、アルヴァートは軽く手を伸ばした。見上げれば、愛おしそうに見つめられる。

 アルヴァートは何か言いかけて、口を閉じた。

 ひと呼吸おいて、リリーナに尋ねる。


「リリーナ、ベレンの実を持っているか?」


「はい」


 リリーナはポーチから収納袋を開き、出立する時に渡された布袋を取り出した。結構な量を、有無を言わさず笑顔で渡されたものだ。


「少しもらうぞ」


 アルヴァートは数個掴み取ると、口に放り込んだ。噛み砕いて飲み込むと、その瞳が一瞬、青く光った。よく見ると、髪にところどころ銀髪の筋が見える。

 リリーナは息をのんだ。


「あいつに罠は効かない。しかし、何よりもベレンの実が好物だ。あんな形をしていても、元の姿はリスだ。本能に忠実であるが故に、好物には抗えまい。気を取られた隙をつく」


「わかりました」


「リリーナ、俺の言葉をお前に繋げる。今の俺では効力がない。無理をさせることになるが、頼むぞ」


 目を覚ました黒い塊が怒り狂って、突撃してくる。アルヴァートはベレンの実を掴み取ると、獣の正面に駆け出した。

 振り下ろす鉤爪を綺麗にかわし、斜め後ろへ跳び上がる。


 リリーナは急いで袋の口を結びなおすと収納袋に投げ入れた。そこで初めて気付く。あの魔石に何やら文字が浮かび上がっている。螺旋を描いて渦巻いているが、今は確認している暇がない。そして、青く光輝く小瓶に気づき、取り出した。


「これは、あの時の……」


 状態保存をかけたままの青く光る氷塊。


「リリーナ!!」


 アルヴァートの声を合図に、伝わった言葉をそのまま口にした。目の前で、小瓶が割れ、青白い毛並みの狼が飛び出した。低く唸り声を上げて、黒い獣に向かって飛びかかっていく。


(トォーリィが2匹?!)


 翻弄されながらも、次々に伝わる言葉を正確に唱える。大蛇と戦った時を思い出す。あの時も、こうして誰かの言葉に救われたのだろうか。

 青い炎が立ち上る。伝わる言葉とは違い、浮かんだ言葉がある。


(わかるわ)


 唱えれば、黒い獣の足元にぐるりと青い炎が円を描かれた。それにあわせて、アルヴァートが青白く光るものを投げ付けた。反応を見せ、黒い獣が視線を動かした隙に、リリーナは拘束をかけた。


「……ッ」


 かなりの魔力を消費している。

 アルヴァートが何か叫び、青白い狼が同時に飛び上がると、彼の構える大剣に吸い込まれるように消えた。

 黒い獣の眉間に刃が突き刺さる。


 爆音なのか、咆哮なのか、衝撃で地面がえぐれる。

 うまく立っていられないリリーナも一緒に吹き飛んだ。


「大丈夫か?」


 本当に、どういう身体能力をしているのだろう。かなり距離があったはずなのに、受け止められ、地面におろされた。


 アルヴァートは大剣を鞘に納めている。

 戦いは終わったのだろう。

 雪が解けていく。風に舞い上がって、消えていく。


(あなたも……?)


 リリーナは怖くて、とても口にすることはできなかった。けれども、見上げたリリーナの思いを感じ取ったのだろう。アルヴァートは寂しそうに笑った。


「どうだろうな……」


 つかの間の逢瀬となるのだろうか。

 リリーナはアルヴァートの髪に両手を伸ばした。

 月の光を集めたような銀髪。指先に触れた髪は少し硬めで、冷たくて、あふれる涙で、光がにじんだ。


 アルヴァートはリリーナの手に上から手を重ねた後、なぞるように滑らせて、肩を抱き、藍色の瞳を閉じた。


「せめて雪が解けるまで……」


 一緒にいて欲しい。ずっとその姿を見つめていたい。それなのに。

 言葉が続かない。リリーナは目を閉じる。


「リリィ、俺は消える訳じゃない……」


 眠りについた後も、彼女の頬に涙が流れ落ちるのを見て、きちんと告げれば良かった、と後悔する。


 霞んでいた記憶が戻るように、溶け込み、本来あるべき姿に戻っていくのだから。


 この体が魔力を望んだ。繋がりを求めれば、魔力は元に戻ろうとする。リリーナを愛して注いだ魔力が、触れることで戻ってきている。直前まで見つめていた彼女の瞳は、元の澄んだ緑色に戻りつつあり、自分の色がかなり抜け落ちていた。正直、面白くない。けれども、リリーナを通して戻ってきた魔力は彼女の記憶と想いを同時に伝え、とても愛おしい。


 アルヴァートは左手を掲げた。小さく呟けば、先の戦いの時とは違い、反応が起きる。バリリと青い火花が起き、帯電するのは、トォーリィの影響だろうか。


「あいつらしいな」


 そういえば回収していないことを思い出し、眠るリリーナを横抱きにして、獣が消滅して出来た大きな窪みへ歩いた。


「いない……?」


 威力が強すぎて、うっかり2つとも核を破壊してしまっただろうか。簡単にやられるはずがないのだが、リリーナがまた泣いてしまうのは、心苦しい。


 全く検討違いの場所から、モサリと雪の中から顔を出す姿があった。見慣れたリスの姿に戻っているが、毛色がうっすらと青白く、小リスのように小さくなっていた。

 両手にベレンの実を持つと、器用に頬袋に入れている。


「トォーリィ」


 聞こえているだろうに、トォーリィは背を向けたまま、そっぽを向いた。


「リリィを運ぶ。お前も一緒に来るか?目覚めた時にお前がいないと、リリィが悲しむのだが……」


 トォーリィは振り向きもせず、頭を低くしたが、逃げもしなかった。

 どうやら、随分、嫌われたらしい。

 仕方がないか、とアルヴァートはため息をついた。

 眉間に大剣を突き刺したのだ。まあ、本気で抹殺しようとしたと思われても当然だろう。勢い余ってうっかりなレベルではあったので、言い訳はしない。


「まあいい」


 アルヴァートが歩き出せば、後ろから付いてくる足音があった。振り向けば、トォーリィは体を低くして隠れる。


「お前、狼になれなくなったのか。乗れ」


 面白くなさそうではあるが、トォーリィはアルヴァートが差し伸べた手から肩まで登ると、リリーナの鎧の隙間に隠れた。胸元という、随分、うらやましい部分に潜り込んでいるのは、彼なりの反撃だろう。


 リリーナは、せめて雪が解けるまで、一緒にいて欲しいと望んだ。その望みは叶えたい。


(雪が解けようが、夜が明けようが……ずっと側にいるつもりだが……)


 いろいろと動かなければならないことがある。

 今はまだ、前のように側にいられない。

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