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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第4章 魔石
55/74

55.呪縛

皇女殿下視点です。

 ぷつりと、何かが切れる音がした。


「どうかされましたか、殿下?」


 声をかけられてハッとする。心配そうに自分を覗き込む目の前の男性に、何でもないと、微笑みを向けた。

 目の前に広がる煌びやかな世界。豪華なシャンデリアは光を放ち、白磁と金色に統一された大広間には、美しく着飾った女性のドレスが花の様に広がる。そして、流れるのは宮廷楽団が奏でる美しい旋律の舞踏曲。

 なぜ、こんな状況で、糸が切れるような音を聞いたのだろう。


「お美しい殿下。どうか、私と1曲踊ってはくれませんか」


「ええ、喜んで」


 差し出された手に、微笑みを添えて、手を重ねる。男性はその手を愛おしそうに見つめ、指先に口付けを落とした。


「お慕いしております、殿下」


 けれども、男性の言葉は自分に響かない。だって、私が欲しいのは、


(あなたじゃないから)


 ある日突然、全く違う、どこか異国の世界へ迷い込んでしまった。地味な事務員だった自分が、行方不明となっていたお姫様です、と言われた時は、嬉しかった。子供の頃に一度は夢見た世界。現実はいろいろ難しいことが多すぎて、慣れないことばかりで、上手くできない自分に泣きたくなった。そんな時、いつも優しく励ましてくれたのは、自分を護衛してくれた第1騎士団の方々だった。


(さぁ、参りましょう、姫君)


 瞳を閉じれば、今でも鮮やかに思い出す彼女の麗しい姿。いつも手を差し出して、自分を導いてくれた。

 綺麗で優しくて強くて、とても憧れた。彼女のようになりたかった。

 けれども、ほのかに想いを寄せていた第1騎士団長に愛する人がいて、それが彼女だと知った時、納得するよりも、裏切られ、妬ましく、悔しいと思う心のほうが勝ってしまった。


「だって、この世界が私を必要としたのよ。どうして欲しいものを我慢しなければいけないの!!」


 勝手に傷ついて、部屋で一人泣いた夜、自分でも驚くほど、身勝手でわがままな感情が口に出た。

 そんな時、影の中から妖精が現れた。何でもありのこの世界、妖精が現れようが、魔物が現れようが、いまさら見飽きて、驚くこともなかった。


「お姫様が悲しむのは良くないよ。僕が助けてあげる」


「どうして助けてくれるの?」


「お姫様は笑顔でいなきゃ、ダメでしょ。さあ、涙をふいて。君の願いを叶えてあげる」


「私の願い……?」


「言わなくても、わかるよ。君の涙に呼ばれて、僕は来た。涙の粒が教えてくれる。だから、もう大丈夫」


 そう言って、妖精はくるくると自分の周りを飛んだ。


「そうだ、これに魔術をかけてごらん。一つ目の願いは叶えたよ。お姫様は魔術が使える」


 窓辺に置かれた鉢植えに腰かけて、妖精は、育って欲しいと願えばいいと、笑った。

 手をかざせば、鉢植えから何かが芽吹く。


「これが育って花が咲いた時が楽しみだね」


 無邪気に飛び上がって、妖精は手を叩く。そして、そっと耳打ちした。


「世界を変えてあげる。お姫様を泣かせる悪い奴はいらないよね。僕は君の味方だよ。だから、名前を教えて」


 もう誰にも呼ばれない名前など、いらないでしょ、と。

 名前を告げれば、妖精だったものは姿を変えた。まるで自分と同じ姿に。


「怯えないで。僕は味方だと言ったでしょ。さぁ、手を出して。僕の手に重ねて」


 にたりと笑う笑顔に恐怖を感じるも、名前を呼ばれて逆らうことができない。差し出された手に両手を重ねれば、世界が反転するように視界が回った。


「目覚めた時に世界は変わっている。お姫様のための世界だ。望めば良い、欲しがれば良い。心のままに」


 その言葉を最後に、気が付けば朝になっていて、夢ではない証拠に、芽吹いた鉢植えが窓辺に残されていた。

 手をかざして願えば、ゆるやかに葉が育つ。

 部屋の扉がノックされ、掛けられた声に息をのんだ。扉を開けば、現れたのは光輝くような彼女ではなく、恋焦がれた彼が姿を見せる。銀髪ではないことに驚いたが、黒い色を持つ方が素敵に見えた。


 どんな風に変わったのかは、すぐに理解できた。

 彼が愛した女性は、もうこの世界に存在しない。やはり婚約者として存在していた事実は腹立たしいけれど、幼い時に落石事故で亡くなっている。その暗い過去を背負っているため、彼はとても傷ついている。

 彼がその瞳に誰も映さないということは、誰にも心を寄せないということ。


 心が震えた。ならば、私を愛せばいい。だって、私がそう望むから。あなたが欲しいから。

 あなたのために、この姿を変えましょう。光輝いていた彼女の姿が恋しいでしょう。

 私のために、邪魔なものは排除しましょう。余所見をして欲しくないのだから。


 心のままに望めば、多くの男性は熱に浮かされたように自分を見つめる。ただ、どんなに愛の言葉を囁こうと、自分の心には届かないけれど。

 鉢植えの植物は育って、ついには蕾をつけた。今はまだ変わらない彼も、この花が咲けば、きっと変わるのだと思える。彼の名前を呼ぶ度に、少しずつ成長していく黒い花。咲いた時が楽しみだね、と妖精が言った言葉を思い出す。ええ、本当に。


 ぷつりと、また、糸が切れたような音がした。


 気味が悪くて辺りを見回すも、大広間に変わりはない。

 自分が発令した祭典を祝う夜会は華々しく、賑やかで、いつもと違うことといえば、護衛する彼の姿がないことぐらい。本当はそれが一番気にいらないことなのだけれど。


 踊る気分になれなくて、主催者ではあるけれど、夜風にあたりたくて、大広間からバルコニーへ出た。

 彼の代わりを務める護衛の騎士が動く。


「皇女殿下、ご気分でも優れませんか?」


「いいえ、夜風にあたりたいだけよ」


 そういえば、と思い立ち、名前も知らない騎士を見上げて見つめる。自分に近付く貴族の男性であれば、すぐに効果が現れそうなこの表情も、彼らには通じない。気のせいか、目を背けるように視線をそらされる。第1騎士団が精鋭部隊なことは解っているけれど、それだけではない違和感を感じる。


 あなたたちが副団長と呼んで慕った彼女は、この世界に存在しないのよ。なぜか副団長の席が空いたままで、誰も不思議に思わないことが腹立たしいけれど。

 あなたたちは何か気付いているの、と問いたくなる。


 満月の光を浴びて、プラチナブロンドの髪が輝く。どこからかため息が聞こえるけれど、私が欲しいものじゃない。

 心のままに望めば、欲しいものが手に入るはずなのに、どうして、今ここに彼はいないのかしら。


 緊急事態が起きたので、と言って、昨日、第1騎士団長は宰相の命を受けて皇都を出た。向かった先は詳しく教えてもらえないのでわからない。今日は朝までずっと一緒に過ごす、そうなる予定で計画していたのに、このタイミングで地方任務に出なくてもいいじゃない。

 何かがおかしい。急にいろいろと上手く回らなくなってきた。


 ガシャリと、何かが割れる音がした。


 急に背筋が冷えた。

 殿下、と訝しげな視線を向けた騎士に答えることも出来ずに、宮殿の奥にある自室へ急いで足を運ぶ。

 部屋に戻れば、鉢植えが粉々に割れていた。もうすぐ咲きそうだった蕾は花開くことなく、手に取れば、脆く消え去った。


「どうして……」


「あーあ、壊れちゃったね」


 自分の影がゆるりと持ち上がり、自分と同じ姿をした者が口を開いた。目の前でクスクスと笑う。睨みつければ、いい表情になったね、と口元が歪められた。


「さあ、君はどうしたい?僕は君の味方だよ」

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