54.剣刀
複数の稲妻が閃光を放ち、音を立てて落ちる。
振動が大地を揺らし、次々に何かが弾ける音がした。
周囲に鈍い音が響く。
(砕け散ったのは石碑……?)
石碑の破片だろうか、それともえぐれた地面の塊だろうか、細かい瓦礫が飛散する。
濃い霧に混じって周囲から立ち上った黒煙が、一箇所に集まって、とぐろを巻き始めた。
どす黒い赤のような紫のような気味の悪い輝きが混じり、リリーナは咄嗟に距離をとった。
背筋をいやな汗が流れる。
(上空に炎の鳥、目の前に現れるのは……何!?)
同時に相手にできるだろうか。民間人を2人、逃がすための道をどう切り開くか。立ち込める霧のように、頭が働かない。胸騒ぎがした。
大剣を正面に構えたリリーナの周囲を、炎が迸って、ぐるりと円を描くように囲んだ。
(囲まれた……!?)
上空を見上げたリリーナの目の前で、大きく羽ばたいた鳥は竜巻を起こした。しかし、その竜巻は黒い渦に向かって襲いかかり、渦が重なった瞬間、大規模な爆発が起きた。
「……ッ!!」
爆発の中心から大型の獣が跳び上がるのが見えた。
白と言うには何か違う鈍い光を放つ大型の獣。赤い目が光る。両足には鋭い鍵爪があり、着地した際に地面に亀裂を起こし、振動が響いた。
獣は立ち上がり、野太い咆哮を上げる。
(……あれは!?)
短い耳のように見えるが、果たして耳なのか、角なのか。黒い外殻に覆われ、鈍い色を放つ体毛は鋭い針のようだ。立ち上がった姿は山のようで、両足手足の側面に、獣にしては似つかわしくない鱗のように硬い部分が見えた。どす黒い赤のような紫のような縞模様が体に走り、気味の悪い点滅を繰り返す。
それはまるで、あの魔石を思い出させる。けれども、あの姿はどこかで。
「……トォーリィ?」
呟いたリリーナの声に答えるように、大剣から青い稲妻が迸り、獣がこちらを向いた。
黒煙が巻き上がり、黒い雷のようにリリーナに襲いかかる。咄嗟に回避するものの全てを避けきれず、足をとられてバランスを崩した。
振り上げた手から繰り出されるのは鋭い鉤爪――。
***
「フラム様ッ!!」
ここから声が届くかどうかはわからない。それでも、少年は叫ばずにいられなかった。
自分は戦う術を持たず、この外套をくれた麗人を見守ることしかできない。
「所長、伝承は偽りなのでしょうか」
ラミネは遠くからでもわかる2体の姿に戸惑いを感じた。
結ばれない恋に身を投じた乙女の魂は恨み苦しみ、領地を火の海に沈めようとした。炎の鳥は山の神により、羽根をもがれ、地中深く封じられた。朝夕に現れる露は乙女の流す涙といわれ、今も悲しみが癒されておらず、罪深いものと伝えられている。
では、どうして、大空に現れた炎の鳥はあんなにも鮮やかで、地中から現れた獣はあんなにも禍々しい姿なのか。
逆ではないのか、と頭が痛む。
騒ぐ石から届く情報も焦燥と混乱に歓喜。いろいろなものが混じりすぎて、まとめることができない。
爆風と振動が伝わり、ラミネは外套を握り締めた。ここへ来る前のことを思い出す。
(リリーナ・フラム・デイン様……ですか)
本部から機密性が高い書類が届いたため、所長に渡そうとしたが、部屋の扉が開くなり、所長は訳のわからないことを言って飛び出して行ってしまった。
デイン家の深窓の令嬢が支部を訪れるのだ。所長不在では格好がつかない。ざっと書類に目を通してから、ラミネは追いかけることにした。
デイン家の令嬢は、家風ゆえに、公に姿を現さない。書類には騎士姫という謎の言葉と、名前はフラムを用いるように書かれている。名前を呼ぶのは一族の者以外認めないというところは、徹底しているが、騎士姫とはどういうことなのか。謎めいていたが、所長を追いかけた先で出会った姿を見て納得した。
皇国第1騎士団の外套を羽織り、白銀の鎧姿。背には輝く大剣を背負い、何やら強大な魔力を感じた。
麗人を見ると暴走する所長はいつものことだが、外套のフードを外した彼女はとても美しかった。
プラチナブロンドの髪を、咲き誇る青い花の髪留めでまとめ、緑から藍色へと移る不思議な色合いの瞳は見る角度によって金色の輝きを放つ。ただ美しいだけの姫君ではない。言葉を失った。
戦いの凄まじさが届く爆風と振動でここにも伝わる。あの方がいくら強くても一人なのだ。自分の無力さが悔しい。無事を祈ることしかできなくて、ぎりりと歯を食いしばった。
「ラミネ、その外套をちょっと私に……ぐは!?」
しつこく自分から外套を剥ぎ取ろうとする所長の声が変な感じにくぐもった。
風が起こる。黒い影が通りすぎ、瞬きする間に遠ざかった。
「所長……?」
ラミネが振り返れば、所長が頭から自分と同じ外套を被されており、もごもごと慌てていた。どこから現れたのか。ばっさりと上から投げかけられたような感じだ。
「皇国第1騎士団……」
ラミネはハッとして前を向く。戦いの場に走り行く人影が見えた。
少年の口からホッと息がもれた。
あの方は、彼女が身に添う大剣と同じ、対になる者。
書類に明記されていた彼ならば、きっと助けてくれる。
***
「……クッ!!」
獣の牙が迫る。炎の鳥の攻撃が、地中から現れた獣に集中しているため、何とか2体を同時に相手にすることは免れているが、問題は獣が放つ黒い稲妻だ。全てを避けきることができず、どうしても被弾してしまう。その度に地面に打ち付けられるような衝撃をくらい、わずかに体勢を崩してしまう。
(間にあわない……ッ!?)
リリーナは振り下ろされる鉤爪をかわそうと大剣を構えるが、遅れていることがわかる。
繰り出される斬撃にこの鎧はどこまで耐えられるか。咄嗟に覚悟を決めたが、ふわりと体が浮いた。
「え……ッ!?」
遅れて目に飛び込む黒い髪。風がおこり、獣が振り下ろす鉤爪が地面に刺さる音がした。めまぐるしく視界が移動する。けれども、背や膝に回された腕は強く、頬にあたるのは色は違うけれど硬く冷たい鎧。
「ア……ル……?」
思わず見上げれば、ここにいるはずのない姿が目に映る。
「リリィ」
初めて、声に出して、名前を呼ばれる。
何も考えられなくなった。
いろんな感情がこみ上げて、言葉にならない。
震える唇に、やさしい口付けを贈られた。
「あの獣はトォーリィに見えるが、俺と同じで……中身が違う。戦えるか?」
告げられた言葉がとても残酷に突き刺さる。
リリーナは左右に首を振った。
「リリィ?」
どうして言葉が出てこないのだろう。彼の口から、中身が違う、と言われることに、こんなにも自分が傷つくとは思わなかった。都合が良いと思う。
「そんな顔をしないでくれ」
見つめる眼差しも声も優しい。
聞きたいこと、伝えたいことがたくさんある。それなのに、見つめ返すことしかできない。
「間に合って良かった。このまま君をさらっていきたいところだが」
アルヴァートはため息をついた。
「暴走しているあいつを止めてやらないと」
2体から大きく距離をとったアルヴァートはリリーナを地面に降ろす。戦えるか、とまた尋ねた。
リリーナは頷くと、自分が手にしていた大剣をアルヴァートに渡した。この大剣は元々は彼の分離した絶大な魔力だ。普段の戦闘スタイルでいけば、自分はいつも片手剣であり、そのほうが戦いやすい。
「トォーリィはリリィといつも一緒にいて、あの落石事故で姿を消した。魔力を失った俺では見つけることはできなかった。またこんな形で出会うとはな……」
アルヴァートは両手で大剣を構える。
その姿を見て、いつも片手剣のように扱っていた姿と重ならず、悲しくなった。それに気付いたのか、アルヴァートが悲しそうに笑った。
「そんな顔をするな、リリィ。すまない、俺は選択を誤ったのか?……俺はお前を守りたかった」
リリーナは驚いて息をのむ。
「話は後だ。あいつの目を覚ますには、額にある核は破壊しなければならない。どうして核が2つあるのかはわからないが、破壊すれば暴走は止まるだろう」
アルヴァートは片手で大剣を持つと、左手を伸ばし、慣れた手つきで、リリーナの髪に触れ、髪飾りに触れた。
「お前もややこしいな、トォーリィ」
ふっと笑って、戦闘に戻るため走り出す。
「俺もお前もリリィを守るために選択した。ならば、わかるな、トォーリィ!!」
アルヴァートが大剣を地面に刺し、両手を添えたまま、続けて古い言葉を言い放つ。
地面が凍りつき、降り注ぐものが雪へと一変した。




