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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第3章 守護獣
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53.夕霧

 リリーナは剣を鞘に戻した。

 何か幻でも見せられているのだろうか。よく理解できないので、黙って立ち去る。


「何と、つれない。私の体は、恋の炎に焼かれ、こんなにもうち震えているというのに」


 そんな芝居じみたことを見知らぬ人から言われても、耳を傾ける気にもなれないのだが、とため息をついたところで、


(恋の……炎……?)


 リリーナはある言葉が引っかかって、歩みを止めた。すかさず、謎の男が距離を詰めてくる。

 彼が着ている衣装のデザインが変わっているため、つい、まじまじと見つめてしまった。何やら布地を重ね、帯のような、紐のような長い飾りを身につけている。腰に差しているのは剣ではなく、宝玉の飾りがついた大きめの扇のようだ。


「あなたは……こちらの神官……?」


 謎の男はリリーナに見つめられ、うめき声をあげてよろめいた。動きが芝居じみているのは、やはり、舞などを奉納する職業だからなのだろうか。天を仰ぎ、感動に震えて呟く。


「声まで……麗しい……」


 リリーナは逃げた。凄まじく怪しいというか、関わってはいけない類のものだ。

 繋いでいた馬のところまで駆け戻ると、草を食む馬の側に、白衣を着た少年が立っていた。両手に分厚い本のようなものを持っている。少年はリリーナに視線を向けると、姿勢を正し、ペコリとお辞儀をした。


「リリーナ・フラム・デイン様ですね。私はモルドナー支部のラミネと申します。そのご様子だと……、うちの所長がご迷惑をおかけしているようで、誠に申し訳ございません」


 挨拶をされたうえに謝罪までされてしまい、リリーナは困ってしまった。これでは立ち去ることができない。少年が首から下げる身分証は確かに皇国研究機関のマークが入っており、白衣の衿についたバッジにも見覚えがあった。少年の言うことが本当であれば、謎の男は神官ではなく、モルドナー支部の所長なのか。

 名前を思い出そうにも、書類を確認しないとわからない。


「どうして、私のことを?」


「本部から連絡を受けて、私も支部でお待ちしておりました。しかし、石が騒ぎだしたから迎えに行くと言って所長が飛び出しましたので、急いで追ってきたところです。あの方はよく逃げ出します。またおかしな理由かと疑いましたが……」


 ラミネという少年はじっとリリーナを観察するように見つめる。


「石が伝えてくれるように、フラム様は確かに青い炎のようですね」


 リリーナは何と答えていいのかわからない。急に空気が冷えた。穏やかで誠実そうに見えた少年の雰囲気が、まるで捕食者のように冷たいものに変わる。獲物を見つけたように薄笑いを浮かべるのを見て、リリーナは身構えた。


「ラミネ!しっかりしなさい!」


 響いた謎の男の声に、ラミネはハッとする。慌ててふためいて顔を真っ赤にすると、ラミネは何度もリリーナに頭を下げた。ころころと雰囲気が変わる少年の様子にリリーナは唖然とし、思わず掴んでいた剣から手を離した。


「申し訳ありません、フラム様。石に魅入られてしまうと、ラミネは引き込まれてしまうところがありまして……」


 謎の男は、扇を閉じたまま少年の肩に軽く触れる。その後、扇をわずかに開いて、隙間からリリーナを覗き込んだ。


「貴女はずいぶん強い石をお持ちだ」


 そのままリリーナに手を伸ばそうとした途端、その手を排除するようにビシリと電撃が走った。静電気にしては強すぎる。おかしな現象にリリーナは驚き、目の前の謎の男は身悶えた。


「これは……ッ!!電撃の恋ッ!」


「所長が暴走していますが。毎度のことなのでお気になさらないでください」


「そうは言っても、あの……ラミネ様?」


 リリーナが声をかければ、ラミネは慌てて首を左右に振り、真っ赤になった。


「フラム様、私のことなど呼び捨てで構いません!」


「そうだ、ラミネのくせに生意気ではないか。フラム様、どうか私の名を呼んではくださいませんか」


 謎の男は跪いて自分を見上げる。リリーナは困ったように微笑んだ。


「お名前を呼ぼうにも……うかがっておりませんが」


 再び、微妙な空気が流れた。

 そよぐ風が冷たく、むなしく感じるのは、夕暮れが近付いているからだけではない。ラミネは完全に固まり、謎の男は軽く咳払いをした。名を告げていなかったことを、ようやく思い出したらしい。


「私はルティオ・アレイズと申します。モルドナー支部の所長を押し付けられ、いい加減うんざりしておりましたが、貴女にこうして会うためだったと思えば、定めに感謝せねばなりません」


「お世話になります、アレイズ所長」


「私のことはテオとお呼びいただきたい。貴女にある選択肢は、はい、か、イエスか、オフコースしかないのですよ」


 何を言っているのかはわからないが、おそらく拒否権がない、ということか。麗しい姫君、とリリーナの手をとろうとして、また電撃に弾かれる。


「所長、諦めてください。フラム様にそれ以上、近付けないことはお解かりでしょう?デインの姫君なのですから」


「真実と運命の出会いの前に、人の法や意思など意味がないのだよ」


「申し訳ありません、フラム様。急ぎましょう、のんびりしていると日が暮れます。馬と一緒にこちらへ」


 会話がかみ合わないまま、アレイズ所長を置き去りにして、ラミネがリリーナを誘う。

 リリーナは結わえていた馬の手綱を解くと、足早に歩く少年の後を追った。


「フラム様が直接、ここへ足を運ばれたことは、想定外でした。貴女はあの剣のような羽根に触れましたね。お気付きになったと思います。形は羽根でも、結晶体であることに。ここをすぐに離れましょう」


 ラミネは手に持っていた本を背負うと、繋いでいた自分の馬の元へ走り出した。リリーナは馬に跨る。彼の緊迫した空気は何か危険を知らせるものだった。


「モルドナーの夕暮れは美しいが、儚く短い。貴女は何か強い石をお持ちだ。その石に反応してよくないものがざわめいている」


 いつのまにか、アレイズ所長が馬で隣りを歩いていた。ラミネも馬に跨ると、並んで走り始めた。


「ここは危険です。あの結晶体はご神体などではありません。祀られているのではなく、封じているのです」


「何を……?」


「炎です」


 木々が立ち並ぶ道を抜けて、石碑が点在する草原に出た時、美しい夕焼けと共に、地面まで染まるように炎が揺らめくのが見えた。ラミネの馬が驚き、大きく嘶いて足を止めた。リリーナは周りを見渡す。どこか安全な場所はないだろうか。おそらく、訓練されていない馬で振り切って駆け抜けることは無理だ。


「ラミネさん、アレイズ所長、こちらへ」


 リリーナは彼らを呼び、馬から下りると小さく呟き、防御のための結界を張った。背負っていた大剣の金具を外し、外套を脱ぐと、少年の体を包み込むように被せた。アレイズ所長が騒いでいるが、見ないことにした。もう一度、大剣を背負い、ふわりと微笑む。


「フラム様……?」


「私のせいで巻き込んでしまい、申し訳ありません。ここを動かないでください。この外套なら、たとえ結界が破壊されても、凌ぐことができるでしょう。相手が炎なら、私は同系統のため、どこまで戦えるかわかりませんが」


 まるで鋭い矢のように、周囲に炎が刺さる。風に乗って、飛んで来たのは色づいた葉ではなかった。


 会話をする暇もないのか。

 リリーナはできるだけ距離を取ろうと駆け出した。

 間違いない。狙われているのは自分だ。彼らから離れないといけない。


「フラム様!大剣を抜いてくださいッ!」


 届いたラミネの叫びに、リリーナは驚いて振り返った。


「貴女を守るためにあります!」


 何か粉雪のようにきらりと光るものが風に乗って届き、爆発が続いた。

 リリーナは咄嗟に大剣を抜いて構える。爆風で後ろに押されたため、あえて跳んで風に乗った。着地するまでの間に、上空から様子を確認する。草原の中央を渦巻くように炎が上がるのが見えた。


「どこから?」


 何かの視線を感じる。大剣を振り下ろせば、氷の刃が広がった。炎の矢を受けて、爆発が起こる。


(アル……)


 大剣を通して、彼の魔力が流れこんでくるのがわかった。リリーナは剣の柄を強く握る。こんな時なのに嬉しかった。泣いている場合ではないのに、涙がこぼれた。


 冷気と触れて起こった爆発の影響で、濃い霧が立ち込めた。視界が悪くなってしまったが、稜線の向こうに沈みはじめた太陽の刺し込む光で、風の動きが読める。何かに吸い込まれるように霧が集まり、周囲に小さな竜巻が生まれた。


 身構えたリリーナの頭上に影が落ち、鋭い鳴き声が響き渡った。上空を見上げれば、夕焼けの色に身を染めた鳥のようなものが、羽根を広げており、大きく羽ばいた。


 応えるように、手に持つ大剣からビシリと青い火花が起きた。

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