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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第3章 守護獣
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52.朝露

 時代が、どこまで遡るのかはわからない。

 その昔、とても美しい女性がいた。その姿は、鮮やかに色づき、とてもしなやかで教養も高く、多くの男性の憧れの存在であったという。しかし、彼女は結ばれることを許されない相手に恋をした。彼女は嘆き悲しみ、湖にその身を沈めた。

 空が茜色に染まる時、燃えるような麗しい鳥が羽根を広げる。それは彼女が姿を変えたものなのか、悲しみに沈んだ彼女の魂を慰め、空へ還すものなのか。


「朝露のごと、夕霧のごと……」


 足を止めたリリーナは、彼女の魂を慰めるために詠まれた歌の一節を呟いた。


 皇都の西部に位置するモルドナー公爵領は、朝夕の冷え込みが激しい。草花や木々に降った朝露は、朝日にあたって、きらきらと、まるで宝石のように輝いた。風にそよいで揺れた葉からこぼれ落ちる光の粒は美しいが、流れ落ちる涙のようにも見える。けれども、夕闇に立ちのぼった霧と同じように、日の光を浴びればすぐに消えてしまう。


(儚い命を露にたとえ、空に還す……)


 リリーナは手帳を開いた。伝承にある羽根を広げた鳥の姿を見つめる。土産物を取り扱う店で購入したしおりは、同じように羽根を広げた鳥が型抜きされており、セットとなるもう1枚は瞳を閉じた女性の姿が描かれていた。重ねれば、お互いが包み込んでいるような姿になる。


 確かに記憶にあるアイシャの姿に重なる。羽根を広げる姿、流れるように美しい尾、そして、揺らめく炎。


(アイシャ……やはりあなたは、この土地から……?)


 どこからかまぎれた卵から孵った、とブルナ氏は以前、語っていた。では、ルナティのように眠りについていたわけでもなく、トォーリィのように唯一無二の存在でもなく、卵を産んだ親鳥がいて、その子供ということなのか。


 また、気位が高く、純粋な炎を好む、と説明を受けたが、この地には噴火を続ける火山の類がない。確かに山の木々は燃えるように赤や黄色で色鮮やかではあるけれど、炎とどう結びつくのだろう。


(研究機関の支部へ行けば、もう少しわかるかも)


 リリーナは馬に跨ると、支部がある主要都市アケヤを目指した。馬を走らせながら、リリーナはアイシャに関する単語を思い出して、確認する。


(果実は宝玉、剣は羽根、では、炎は……?)


 言葉を教えてくれたアルヴァートは、今、どうしているだろう。今日は皇女殿下が発令した「恋人同士が愛を確認しあう日」だ。皇都ほどではないが、地方に来ても、その祭日は伝わっているらしく、小さな村でも少し騒がしかった。


(アル……、私はまた、あなたに会える……?)


 本当はまだ教えて欲しいことがたくさんあった。皇都に戻ったら、彼に会いに行こうと決めていた。けれども、それは、彼が温室を訪れ、手紙を読んでくれていれば、の話だ。


 乙女ゲームにおいて、特別なイベント展開は、本編と違い、特に効力が絶大なことをリリーナはよく知っている。あり得ない事件が起こり、情熱的な展開が起こる。求めれば、深い関係にまで発展する。

 イベント期間が終わっても、その関係や感情が、朝露や夕霧のように消えてしまうことになるとは思えない。


 リリーナは馬を止める。小さな村でもにぎやかだった祭日が、このまま主要都市アケヤに入れば、更に華やかになっていることが予想できた。そんなところに行きたくない。そもそも、何のために皇都を出てきたのか、意味がわからなくなってしまう。


 リリーナは街道をそれた。主要都市アケヤには向かわず、ここから近い、剣を祀っている神殿に向かうことにした。アイシャは確かに羽根を飛ばして攻撃することがあった。祀られた剣は、彼が教えてくれた意味通り羽根の一部なのだろうか。


(では、炎は……?)


 また最初の疑問に戻ってしまう。リリーナは軽く頭を振った。一つずつ確認していこう。彼のことも、今は考えるのをやめよう。時間は有効に使いたい。

 ふと、道端に建つ石碑が視界に入った。馬から下りて、リリーナは手帳を開く。

 何か朽ちて、文字が読めないところがある。何を表すのだろう。短い文章だ。


(道……とぎすまし……心……?)


 リリーナはあきらめて文面を書き写した。まだまだ知識が足りなくて、力不足を感じる。

 石碑をよく見れば、朽ちて欠けているのとは別に、なにかを差し込む窪みのような穴があった。


(両側に2箇所ずつ……?)


 全く想像がつかない。すごく興味深いけれど、この石碑はブルナ氏から引き継いだ書類には載っていなかった。たまたま視界に入ったから見つけられたが、今よりもっと草木が生い茂っていれば、埋もれて発見できない場所にある。

 意味がある物として、リリーナは地図に印をつけておいた。目印となるものからどの距離にあるかも記入しておく。


(探せばいろいろあるのね)


 見渡せば、あちこちに似たような古い石碑が点在していた。モルドナー公爵領とは、一体、どういう場所なのだろう。アイシャの伝承は、悲恋ではあるが、恋物語だ。何か関係するのだろうか。


 それぞれの石碑を確認すれば、全てにおいて刻まれている言葉が違う。共通点は、形や材質から同年代の物と推定されるぐらいで、差し込む穴が開いていたのは、最初に見つけたものだけだった。


 一つだけ、保存状態が良いのか、どこも朽ちても欠けてもいない石碑があった。


「この文字は読めるわ……」


 見知った言葉に、リリーナは思わず呟いた。ずっと疑問に感じている言葉。炎だ。何故、この石碑だけは、綺麗に管理されているのだろう。謎だけが深まっていく。


 石碑を確認しながら歩いていたため、随分、時間がかかってしまったが、気が付けば、導かれるように、剣を祀る神殿にたどりついていた。


 リリーナは近くの木の枝に馬の手綱を結い、念のため、結界を張っておく。戻ってきた時に馬がいなくなっていては、困ってしまう。


 神殿に人影はない。誰かいてもいいだろうに、これほどまでに無人だとは思いもしなかった。少し肌寒い風が吹く。しかも、雨風をしのぐ屋根がない。どういうことかと歩みを進めれば、祀られる剣の大きさに目を見張った。


 剣と言っていいのだろうか。弓矢にも見え、岩盤に突き刺さっている1枚の羽根だ。

 リリーナはぐるりと一周した。触れてみれば、質感が硬く、鉱石のようだ。何かに似ているな、と記憶を探ってみれば、ダナンの洞窟で対峙した結晶のようで、思わず、後退った。


 離れて確認する。羽根の大きさは人の背丈の3倍を超えている。それを飛ばした本体は、かなり巨大な鳥になってしまう。この地に、そんな怪鳥伝説があっただろうか。


 人の気配を感じて、リリーナは腰の剣に手を伸ばした。

 息をひそめて身構える。皇国騎士団の姿の者に何か攻撃を仕掛けてくるのであれば、無法者か、斬り捨てても良い外敵だ。


「石が騒ぐので来てみれば……、あなたは何者でしょうか?」


 かけられた声は、若い男の声ように聞こえた。敵意は向けられていないようだが、何か熱い視線を感じる。それはそれで、不自然で、質問に答えず、リリーナは唇を引き結んだ。


(民間人……、神官か……?)


 距離が近付き、相手が何かを抜く気配がした。リリーナは動作にあわせて後ろに飛び、剣を抜く。左手を掲げ、小さく呟いて発動しようとした火球を、目に飛び込んだ物を確認して、直前で止めた。


(赤い……花!?)


「お美しい方、私は貴女の下僕……」


 跪き、金髪碧眼の男性が自分を見上げる。耳を疑う言葉に微妙な空気が流れた。

 リリーナは目を瞬く。花に罪はないが、そのまま火球を投げつけても良かっただろうか。

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