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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第3章 守護獣
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50.再会

 街に出てみれば、何やら賑わっている。

 こんな時期に祭典などあっただろうか、と不思議に思えば、皇女殿下が発令した「恋人同士が愛を確認しあう日」なるものが近付いているらしい。

 男性が女性に贈り物をするというものらしく、女性が受け取って喜ばれそうな、美しい花や可愛い小物、甘い果実などが、市場の軒先にずらりと並んでいた。


「ピオニーさんは、恋人はいるのかい?」


 好んで食べる果実を購入にいけば、すっかり顔なじみとなった女店主に声をかけられた。


「いえ……」


「やっぱり研究対象が恋人みたいなもんかい。美人なのに勿体ないねぇ」


 リリーナは曖昧な表情をして笑うしかない。その日がいつなのか聞けば、3日後ということだ。


「皇女殿下のおかげで、今月の売り上げは上々だけれども、何だろうね、恋人同士が愛を確認しあうってのは?うちの亭主は、いまさら恋人ってもんじゃないしねぇ」


「いいえ、ご夫婦の方も含まれるはずですよ。関係ないと言えるのは、私のようにパートナーがいない人ではないでしょうか」


「ちょっと、あんた、きいたかいッ!?」


 リリーナが商品を受け取って微笑めば、女店主は商品の籠を運んでいた亭主の背中を叩いた。いい音が響いてよろけているが、大丈夫だろうか。


「あんた、私に日頃の感謝で、花を贈ってもいいんだとよ。嬉しいねぇ」


 興奮したように言う女店主の言葉が聞こえているかどうかは別として、亭主は籠を置くと、腰をさすっていた。恋人同士と限定することなく、パートナーと愛を確かめあう日とすれば、より伝わりやすかったのではないか、と思える。いずれにしても、独り身には関係がない。


 リリーナは女店主にお礼を言うと、売り場を後にした。


 ここ最近、アルヴァートの姿を温室で見かけていない。

 話を聞いて納得した。きっと、この祭典の準備のため、忙しくしているのだろう。彼は姫君付きの護衛騎士だ。何らかの力がはたらいて、皇女殿下に夢中になっているかもしれない。

 そう考えると、やはり胸が痛んだ。


 リリーナは借りている部屋に入ると、机の上に、購入してきた果実の紙袋を置いた。

 一息ついて、眼鏡を外す。姿が戻って、プラチナブロンドの髪が背まで伸びた。白衣のポケットから、持ち歩いているバレッタを取り出し、リリーナは装飾された花を見つめた。


(花を贈ってもいいんだとよ)


 女店主の言葉を思い出し、かつて、自分に花を贈ってくれたアルヴァートのことを想った。


(アル……)


 リリーナは咲き誇る青い花に口付けを落とす。温室から帰る時、アルヴァートはいつも古い言葉で同じ言葉を口にする。その度に、ポケットの中のバレッタが青く光ることに気付いた。

 尋ねてみたが、教えてはくれなかった。せめて聞き取れれば、と思うのだが、彼の表情を見て、詮索することをやめた。


 なんとなく、恋人たちの祭典で賑わう皇都にいる気分に、なれなくなった。


(いい機会だわ。モルドナー公爵領に行こう。明日には皇都を離れたい)


 言葉を教えてくれるアルヴァートのお陰で、調査が進んでいる。    

 アイシャに関する伝承を紐解いていけば、皇都より西部にあるモルドナー公爵領に詳しい遺跡があることが解った。そこを調べてみたい。


 そういえば、とリリーナはふと思い出した。モルドナー公爵令息は、確か、姫君の婚約者候補であったはずだ。社交界の貴公子と呼ばれる金髪碧眼のあの方は、何と言うお名前だったか。最後にお会いしたのは、アルヴァートの父であるベルナンド辺境伯のパートナーとして出席した夜会で1曲踊った時で、もう、遠い昔のような気がする。


(デイン家の皆様方は……お元気でいらっしゃるのかしら)


 短い期間ではあったが、随分、お世話になった。執事長はトォーリィと意思疎通ができ、メイド長が手作りしてくれたケーキはとてもおいしかった。厳しくとも優しい方だった。もし、お会いすることがあったら、きちんとお礼を言いたかった。


 リリーナはもう一度、眼鏡をかけると、ブルナ氏の研究室へ向かった。皇都から出る準備や手続きに、いろいろ相談にのってもらう必要があった。


「そうですか、わかりました。モルドナー公爵領にも、研究機関の支部があります。私の方からお話をしておきますので、お訪ねになってください」


 皇都を離れて、遺跡の調査に行きたいと告げれば、ブルナ氏は快く了承してくれた。


「ありがとうございます」


「リリーナ様」


「はい」


「戻ってきてくださいね」


 リリーナは驚いて、ブルナ氏を見上げた。彼は穏やかに微笑んでいるが、何も伝えていない自分から何を感じ取ったのだろう。


「あなたのことは、長期出張とします。調査内容は、あなたの言葉で、私に伝えてください」


 表情は穏やかなままだが、とても強い言葉だ。


「わかりました」


 リリーナが頭を下げると、ブルナ氏はホッとしたように息をはいた。普段から隙をみせない彼にしては、とても珍しいことだ。


「ブルナ様、私は皇都以外でも変装を続けた方が良いのでしょうか。移動中は元の姿のほうが戦いやすいのですが……」


 一人で旅をすることになるリリーナは気になったことを伝える。また身分を偽ることになってしまうが、第1騎士団の装いで移動した方が、身の安全もトラブルも回避できる。すると、ブルナ氏は、困ったように笑った。


「いいえ、申請書類の手続きもありますし、姿を偽るのは、もういいでしょう」


「もういいとは……?」


「最初から気付かれていたようですし、……そろそろ、元に戻ったほうが、彼のためかもしれません」


 ブルナ氏の言葉にリリーナは首を傾げる。あなたは困ったお方ですね、とブルナ氏が微笑んだ。


「聡い方でいらっしゃるのに、ご自身のことは、本当にお気付きにならない」


「……申し訳ありません」


「謝っていただく必要はないのですよ、リリーナ様。あなたの身分は私もそうですが、ある方が保証されることになっております。良い結果になることを願っております」


 ある方という部分が気になったが、ブルナ氏の言葉はとてもありがたかった。


「何故、ここまでしてくださるのでしょうか?」


「前にもお話しましたが、貴女はとても愛されている。守護獣が選ぶ人を、私も守りたいと思うのはおかしなことではありません。今は形を変えておりますが、彼女たちにまた会える日を、私も待ち望んでいます」


 リリーナがお礼を言って、部屋から退出しようとした時、ああ、そうだ、とブルナ氏が思い出したように声をかけた。


「驚かないでくださいね。私は、どんな事象も、正しくそこにあって欲しいと望みます」


 ブルナ氏は意味深に微笑んだ。その理由を、次の日、知ることになる。

 通行許可証と身分証ができたという報告を受けて、リリーナが受け取りに訪れると、ブルナ氏の部屋には来客者がいた。


「リリーナ様ッ!!」


 言葉を失うリリーナを見て、小柄な女性が泣き崩れた。彼女の肩を慰めるように支える男性にも、見覚えがあった。


「久しいな、わが娘よ」


 銀髪の引き締まった体躯の男性が振り返り、深い藍色の目を細めた。

 リリーナは目を見開く。何故、この方々がここにいるのだ。ハッとして、慌てて、頭を下げた。


「これは、ベルナンド辺境伯様。ご無……」


 ずかずかと大股に近付かれ、挨拶もさせてもらえず、胸に抱き寄せられる。忘れていた。血筋なのだろうか、この親子が姿形も行動も、どこまでも似ていたことを。気に入らないことは耳に入れない。


「苦労させたな、リリィ」


「あの……」


「言ったはずだが……?私のことは、お父様と呼べと」


 見上げたリリーナを、有無を言わせない視線が見下ろす。同じ眼差しに、驚くよりも、涙があふれた。


「はい、……お父様」


 ふわりと微笑んで、ぼろぼろと泣き出したリリーナを、ベルナンド辺境伯は穏やかに見つめた。


「わが息子は、まだ根深く影響を受けているようだが、どうか許して欲しい」


 気遣うように掛けられた言葉は、優しく、温かかった。

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