表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第3章 守護獣
48/74

48.記録

 リリーナは今日あったことを記録する。誰かに報告するためではない。状況を確認し、自分の疑問や考えを整理するためと、万が一、記憶を失ってしまったことも考えておく。


 まずは、皇女殿下の視察訪問について。

 記憶にあったお姿と違い、輝くように、お美しくなられていた。髪の色はプラチナブロンドで、瞳は金色に輝き、青いドレスをお召しになっていた。身のこなしも随分皇女らしく、大きく違って驚いたことは、髪色もそうだが、魔術をお使いになっていたことだ。


 現在は薬草についてご興味があり、ブルナ氏の説明を聞き、魔術で植物の成長速度を上げることに成功されていた。同時に騎士団長ルートで、その場面まで進んでいることを知らされた。かなり親密度が上がっているということだ。


 姫君の側に、護衛として、第1騎士団長のアルヴァートの姿があった。ブルナ氏から聞いていた事前情報どおり、全てにおいて、光を失っているといっていい程、受ける印象が違っていた。姿形は強い輪郭のように同じで驚いた。


 けれども、髪の色も瞳の色も、宵闇の様に暗い色を落としている。寡黙で無表情なのは、彼の職務中の基本スタイルだから気にはならないが、身にまとう鎧が白銀ではなかった。何色といったらいいのだろう、鈍い鉱石の色だ。全身、ほぼ黒に近く、その姿は、まるで背中あわせの彼を見ているようだった。


 ブルナ氏から借りた魔道具の眼鏡で、きちんと変装できていたと思う。どういう仕組みになっているのか、眼鏡をかけると姿が変わる。外せば元に戻る。もしかすると、ブルナ氏のあの姿も、この眼鏡と同じだとすれば、彼は変装していることになるのだが、そこは気付かないことにした。


 眼鏡をかける時に、鏡に映る自分の瞳の色の変化に気付いて驚いた。澄んだ緑から藍色に変化していくところは変わっていないが、金色の度合いが、かなり強くなっていた。これは皇族が持つ輝きだ。そして、思い出す。


(もしもこの先、そなたたち2人に困ったことが起きた時、わしを頼って欲しい。この身に持つ権限で、できるだけのことをしよう)


 ローレン大公殿下からいただいた誓約は、この世界でも有効なのだろうか。


 リリーナはふと考え込む。亡霊のような自分は何も持っていない。身分も名前も何もない。そんな身で皇族の方とどうやってお会いすればいいのだろう。しかも、この世界の彼の瞳からは光が抜けており、金色の輝きなど感じなかった。ということは、あの誓約はなかったことになるのではないか。


 リリーナはため息をついて、書く手を止めた。


(彼は……私の正体に気付いている)


 魔力がないはずなのに、最初からずっとこちらを見つめていた。話すことはないと思っていたのに、ブルナ氏の助手という立場なこともあり、挨拶をせざるを得なくなってしまった。


 姫君の護衛騎士という立場もあり、初対面の人間を警戒して観察している感じではなかった。何か探しているような、確認しているような、そんな感じを受けて、居心地が悪かった。


 名前を呼ばれて視線を向ければ、こちらを見つめる彼の視線とぶつかった。向けられた眼差しが同じで、伝わる気持ちがとても嬉しかった。


 だからなのだろうか、姫君に警戒され、不自然に土をかけられた。


 姫君は持っていた鉢植えから急に手を離され、地面に落とした。あの鉢植えは貴重な苗であることを、事前の打ち合わせで聞いていたため、慌てて手を伸ばした。地面に落ちる前に無事に受け取ることができたのだが、姫君はまるで自分に突き飛ばされたかのように手を払いのけ、近くに用意しておいた移植用の土の入ったプランターを倒された。


 虫がいて驚かれたという理由だが、そんなものはいない。頭から土を被った私にわざとらしく驚かれたふりをされたが、瞳がとても冷たかった。

 姫君は随分、変わられてしまったのだ。

 泥や土を被ることなど、別に慣れたことであるから気にはならない。さらに何かしようとされていたが、驚いた弾みで足をくじかれたのでは、という理由で、第1騎士団長に抱き上げられて、とても嬉しそうに微笑まれた。彼の首に手を回し、勝ち誇ったように見下ろす姫君は、もう、私の知る姫君ではなかった。


(いろいろ変わってしまったのだわ……)


 姫君を殿下と呼び、彼女を抱き上げて運ぶアルヴァートの後ろ姿を思い出して、何も書くこともできず、リリーナは手帳を閉じた。


 心が痛まなかった、といえば偽りになる。けれども、ここは、そういう世界なのだ。仕方がないと思うしかない。

 警戒した姫君は、しばらく研究施設を訪問することはないだろう。この世界の彼の姿は確認できた。おそらく、もう会うことはない。


 リリーナはバレッタを外すと、咲き誇る3つの青い花に順番に口付けを落とし、枕元に置いた。大剣を抱き締めて横になる。刀があると落ち着くのは騎士生活が長いからだろうが、我慢していたわけでもないのに、涙がこぼれ落ちた。


 明日から、大剣を背負って生活してもいいだろうか。事情を知るブルナ氏は、おそらく許してくれるだろう。不自然に思う他の研究者を納得させるためには、魔石の調査のため、といえば何とかなるだろうか。何か呼び寄せたり、襲われた時のための武器といえば、まあ理屈が通っているのでおかしくはないはず。


(夢で会えればいいのに……)


 一度、流れ落ちた涙が止まらない。泣くのは今夜で最後にしよう。

 リリーナは目を閉じると、小さく丸くなった。


 翌日、魔石を調査するため、と事情を話せば、ブルナ氏は頷き、他の研究者たちにも説明してくれた。ピオニーという偽名はそのまま使うことになり、変装も続けることになった。


 つい、いつものくせで鎧を着ようとしてしまうが、白衣を鎧だと思えば、何とかなるのではないかと思いついた。

 街の人々の装いを参考にして、目立たず活動しやすい服を選び、何点か購入した。付加価値を付けるのは借りている部屋で行った。研究施設のため、貴重な素材が手に入りやすいこともあり、見た目は私服だが、充実した高性能な装備品が出来上がった。支給品の白衣は対魔獣用に仕上げてあるため、普段の鎧と性能が変わらない。鎧と違い、体の線が出てしまうところが気になったが、誰かに見られているわけでもないし、仕方がないと思うことにした。


「よし……ッ」


 リリーナは白衣の上から大剣を背負うと、気合を入れた。帯刀していると落ち着くし、背筋が伸びた。


 魔石はどうも瘴気の度合いが強く、屋内で研究するには向かないようで、逆に太陽の光を浴びたほうが、浄化も兼ねて扱いやすいことがわかった。

 周囲の人に影響がでない範囲を測定し、できるだけ太陽の光を浴びて、隔離されているところをさがせば、ガラス張りの温室が適しているだろうという話になった。

 当面、温室は一般公開しない、という扱いで、管理も任されることになった。


 リリーナは火炎系統のため、あまり水系の魔術は得意ではない。散水する時にどうしようかと思ったが、そこはきちんと魔道具が設置してあり、決められた時間に自動的にスイッチが入るように設定されていた。スイッチが入れば、一定時間、霧のように水がまかれる。


 太陽の光があたった場所に綺麗な虹ができるところが素敵で、リリーナは嬉しくなった。

 ルナティが少女の姿でくるくると回っていたことを思い出した。あの時の彼女の気持ちが、よくわかる。


 濡れてもいいように、今日は素足にサンダルで来ていた。さすがに歌は歌えないが、覚えているメロディーを口ずさみ、出来た水溜りをさけるようにステップを踏む。楽しかった。おそらくダンスを踊る機会はもうないけれど、こうして一人で踊るくらいなら許されるだろう。


「リリィ……?」


 名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がった。振り返れば、ここにいるはずのない人物の姿があった。訪問予定はない。鎧を着ていない。騎士団服姿で帯刀している、ということは、彼は非番で、非公式だ。


 散水が止まる。濡れた彼の前髪から、ひとしずく、水滴が流れ落ちるのが見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ