46.透過
皇都には出発してから3日目の朝に着いた。
第1騎士団の外套を着ているからだろう。外敵から皇都を守る厳重な門を、何の詮索もされず、無事に通過することができた。
リリーナはホッとする。道中の身の安全とトラブル回避のため、この装いのまま、ここまで来てしまったが、そろそろ着替えなければならないと思う。
今の世界に、副団長としての自分はいない。
自分という存在がないまま、目立たないように移動し、行動することが、こんなにも気を遣うことだとは思わなかった。
リリーナは馬を連れたまま、街を歩く。さすがに大きな都市だ。自分と同じように外套を羽織った騎士団員の姿を見慣れていることもあり、すれ違っても、人々が特に気にもしていないことが幸いした。
逆にどんどん不安が増していく。
亡霊のような自分は、人々の目に認識されているのだろうか。
気付かれていないのではなく、認識されていないとすれば、実体がないことになる。それはそれで、とても悲しい。
うつむきながら考え事をしていたら、中央広場まで歩いてきてしまった。目立たないように繋ぎ場に馬を繋ぎ、リリーナはフードを深く被りなおすと、中央広場の公園に隣接する動植物園の敷地に入った。街の人々はきっと職務で来ていると思うだろう。
(どうしたものか……)
少し落ち着いて考えたい。以前来た時と同じように、綺麗に整備された道を歩き続ける。
ふと甘い芳香がして、リリーナは足を止めた。
前回、ここへ来た時に綺麗に咲いていた花は、まだ散らずに、花数を増やして咲き誇っていた。
あの時は、まさかこんな未来が待っているとは思いもしなかった。
(シグル様やブルナ様はどうされたのだろう……)
随分、体調を悪くされていたことを思い出す。
どの時点で世界が造りかわってしまったのかは解らないが、無事に洞窟から外へお戻りになられたのだろうか。今は存在しない前の世界のことだ。心配するのはおかしなことかも知れない。
彼らは姫君の婚約者候補だ。きっとこの世界でも無事に過ごされている。この世界が、騎士団長ルートであったとしても、何かしら関わりがあるのだから大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。
罪悪感を感じるのは、きちんとお守りできなかったからだろう。
どうしても沈む気持ちと同じように、視線が下がってしまい、リリーナは小さくため息をついた。
「カルバイン副団長……?」
耳に届いた声に息をのんだ。聞き覚えがある。すぐには答えられず、振り向くこともできず、リリーナは小刻みに震える手を握りしめた。
「ご無事だったのですね、安心しました」
自分に駆け寄り、すぐ横で止まった足音に、視線を向けることが出来なかった。
「どうして……私のことを……?」
「……ふむ、そういえばそうですね。でも、貴女は皇国第1騎士団のカルバイン副団長ですよね。騎士団長の婚約者であったデインの姫君でしょう?蒼華姫様」
リリーナは怯えた表情で視線を向けた。そこには、先程思い出していたブルナ氏が、今日も隙のない身のこなしでこちらを見つめていた。
「大丈夫です、なにかご事情がおありですね。こちらへ」
リリーナの瞳から涙がこぼれ落ちた。この世界に副団長としての私は存在しない。何故、その記憶を持っているのだろう。どうして私を正しく認識してくれるのだろう。
「大丈夫ですよ、リリーナ様」
ブルナ氏の差し出した手を見て、リリーナは両手で顔を覆った。
***
「落ち着きましたか?」
「はい、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
ブルナ氏と対面する形で椅子に座り、リリーナは差し出された紅茶を頂いた。
「いいえ、大丈夫ですよ。実は、貴女にお会いするまでは、私も何も覚えていなかったのです。でも、何故でしょう。貴女を見た時に、いろいろ上書きされたような感覚です。スケジュールにない行動が、いくつか起こっているのが解ります。私は貴女たちとダナンの洞窟に行きました。そして、私は守護獣のお世話もしていた。手帳には何も書き残していないけれど、きちんと覚えています」
リリーナは髪をまとめていたバレッタを外すと、ブルナ氏の前に差し出した。
「良かった。あの子たちは、形は違えど、きちんと大好きなご主人様を守っているのですね」
ブルナ氏は優しい眼差しで、バレッタに微笑んだ。
「そして、あの方も」
「あの方……?」
リリーナは、思わずブルナ氏の言葉を聞き返していた。彼は、リリーナが背からおろし、傍らに置いている大剣を見つめている。
「ええ、いつも貴女を愛していた第1騎士団長様ですよ、その大剣は」
「でも、彼は……」
胸がつまってうまく言葉が出ないリリーナに、ブルナ氏は何も言わなくても大丈夫ですよ、と頷いた。
「確かに皇女殿下のお側に姫君付きの護衛として、彼は皇都にいます。今ならわかります。お会いする度に、どうして違和感を感じていたのか。実は、あなたたちはあの日、洞窟から戻ってこなかったのです。何があったのですか」
ブルナ氏の言葉にリリーナは驚いた。自分たちは、やはりあのまま、姿を消してしまったのか。
リリーナは起こったことを順番に伝えた。収納袋から気味の悪い魔石を出して見せたが、体調を崩しそうな様子のブルナ氏を気遣って、すぐに袋に戻した。本当は調査をお願いしたかったところだが、とても無理のようだ。
この世界の自分の墓石の前で目を覚ましたこと、その日付を伝え、そのままここへ直行したところまでを話すと、リリーナは口を閉じた。
「世界はいかようにも造りかえられる、欲望に忠実に、ですか……一体、誰の?」
ブルナ氏はリリーナと同じような疑問を感じているが、リリーナは何も答えなかった。
「カルバイン副団長、しばらくここに滞在しますか?私の助手として」
ブルナ氏の提案にリリーナは驚いた。ありがたい申し出だが、頼ってもいいのだろうか。
「研究機関のため、部屋はたくさんあります。しばらく、ここを拠点としてはいかがでしょうか」
「よろしいのでしょうか」
「貴女にも騎士団長様にも、いろいろ世話になった身です。あと、あまり乱用してはいけませんが、私にはシメルジュ公爵家の身分がある。少しはお力になれるでしょう。調査として、皇都を出入りすることもできますしね」
「ありがとうございます……」
微笑むブルナ氏に、リリーナは心から感謝をした。
「まずは、貴女のお名前をどうしましょうか。真実のお名前は必要な時以外は伏せておいたほうがいいでしょう。それに、明日、皇女殿下の視察訪問があります。彼にお会いすれば、違和感がわかりますよ」
リリーナは自分の体が震えるのを感じた。
遠くから確認できれば、それでいいと思った。姫君付きの護衛ということは、今までの自分の立ち位置だ。あまりにも近づきすぎる。
「変装していても、魔力で気づかれてしまうのではないでしょうか」
「大丈夫ですよ。今の彼には魔力がありません」
「え!?」
耳を疑った。あの、魔王級の危険人物に、恐ろしい程の魔力がない。才能に満ち溢れすぎて、桁違いの彼に魔力がないとは、とても考えられない。
「これはあくまで私の主観ですが、あの方は婚約者を不慮の事故で亡くしてから、まるで抜殻のように見えます。寡黙で無表情。髪の色も瞳の色も黒に近いです。そういえば、鎧の色も黒に近いですね」
これは私の推論ですが、と一呼吸おいて、ブルナ氏は言葉を続けた。
「世界が造りかえられた時に、魂の一部が抜け落ちたのか、切り分けられたのか。貴女の話を伺い、そこに大剣として存在しているのを見て、ようやく合点がいきました。魔力はその大剣に全て移っています」
それでは、この大剣が本体みたいではないか。
「魔力がない身で、どうやって騎士団長にまで?」
「彼は死にたがりなのか、捨て身で大剣を振るうのですよ。でも、誰も彼を殺すことはできない。なぜなら、攻撃が届かないからです。斬られても、打撃を受けても、爆発を受けても、受け流すのではなく、全て透過します」
魔力を失っても魔王級の危険人物には変わりがない、ということだ。
「戦場において、彼は、光を失った死神、または幽鬼のようだと恐れられています」
信じられない言葉に、リリーナは目を伏せた。
彼もまた、亡霊なのか。
この世界は誰の欲望に忠実に造りかえられたのだろう。




