45.改変
花が揺れている。等間隔に並んだ石が見える。
「ここは……!?」
リリーナは飛び起きた。ぐるりと周囲を見回して、息をのむ。
墓地だ。小高い丘の上にあるのだろう。立ち上がれば、遠くに街並みが見える。
「待って、どういうことなの!?」
ガシャリと音を立てて地面に落ちた大剣に気付き、リリーナは目を見張った。
「アルッ!?アルッ!!?」
リリーナは大剣の持ち主であるアルヴァートの姿を探す。
どこにもいない。誰もいない。そもそも何故、こんなところで目覚めなければならないのだ。
(どうしてまた、大剣だけを残して、貴方は姿を消してしまったの……!?)
彼は洞窟の奥深くに落ちた私を迎えにきてくれた。足元で光った鍵を拾い上げ、共に眩しい光に包まれたけれど、彼はずっとその腕で自分を強く抱きしめてくれていた。
(それなのに、なぜ……)
リリーナは膝をついて、大剣を拾い上げる。そっと抱き締めた。持ち主の魔力を感じる。間違いない。慣れ親しんだ愛おしい魔力。彼の姿を思い出し、涙があふれた。
「アル……」
ポーチから留め具を取り出し、背に背負うため、大剣に装着した。伝わる魔力に、どうしても彼が恋しくなり、涙が溢れた。顔を上げた時、リリーナは石に刻まれた文字を見て、驚いた。
「リリーナ・カルバイン……私の名前だわ。そして日付が……」
自分は10歳の時に死んでいる。両隣りの石を確認すれば、両親の名前があり、亡くなった日がいずれも同じ日付となっていた。
「そんな……」
リリーナは収納袋を開き、そこに大蛇と戦った時に持ち帰った気味の悪い魔石が入っているのを確認し、絶望的になった。これがここにあるということは、私の中で、おそらく時が繋がっている。夢であって欲しかった。
人が近づく気配がし、リリーナは慌てて外套のフードを深く被った。アルヴァートの大剣を背中に背負い、通り過ぎるのを待った。しかし、足音は近くで止まる。
「あら、お嬢様にお客さまでしょうか」
優しく落ち着いた女性の声に、リリーナは息をのむ。胸に懐かしさがあふれた。
「まあ、その外套は皇国第1騎士団ですね。お嬢様、アンナが申し上げたとおりでしょう?今年も騎士様が会いに来てくださいましたよ」
アンナはリリーナの墓石の上に花を捧げる。両隣りの両親の墓石にも花を捧げて、膝をつくと祈りを捧げた。しばらくしてから目を開けたアンナは悲しげに呟いた。
「アルヴァート様はいらしゃらないのですね」
アンナの口から彼の名前を聞いて、リリーナは目を見開いた。
「風の便りに聞いたお話は本当なのでしょうか。アルヴァート様は皇女殿下のお側にいるとか。アンナには信じられません。毎年、お嬢様の命日には、必ず会いに来てくださっていたのに……」
(アルが皇都にいる……?)
リリーナは何も答えることができない。口を開けば、女性であることがわかってしまう。
胸の動悸が速まり、頭がズキズキと痛む。どういうことなのだろう。この世界の私の命日が今日であるのならば、墓石に刻まれた日付が現在の日付となる。
(やはり、時が繋がっている……?)
大蛇と遭遇した日から1週間が経っていた。
予定では、サン・ジルレ山脈の麓にあるジルレ鉱山に向かった本隊と合流している頃だった。
「あんな事故が起こらなければ、今もきっと愛されて、お二人はお幸せに過ごしていらっしゃっていたでしょうに。アンナは悔しいです、お嬢様」
アンナはリリーナの墓石に優しく語り掛ける。流れる涙はそのままに、とても愛おしそうに墓石を見つめている。
子供の頃の記憶が蘇る。いつも自分のわがままに付き合い、振り回し、それでも優しく世話をしてくれた私のアンナ。彼女の中で自分は10歳で止まっているようだが、とても愛されていた。
(つらい思いをさせてごめんなさい……)
リリーナは押し黙ったまま、彼女に頭を下げた。その場を立ち去ろうとして、リリーナは呼び止められた。
「これを、アルヴァート様にお渡ししてくださいませんか。もう必要ないかもしれませんが」
アンナは綺麗に包装されているが、ずいぶん古びた紙包みを差し出した。
「アンナがお嬢様とお約束したものです。今日、この時にお渡しして欲しいと」
リリーナは黙って受け取った。アンナは幼い自分との約束を何年も守ってくれていた。そういう人だ。素直にありがたいと思う。
言葉をかけられないことが、とても辛かった。
申し訳ないと思いながらも、リリーナは彼女を残して足早に立ち去った。
外套のフードを深く被りなおし、情報を集めるためにリリーナは街へ降りる。
ここが故郷のユグシル・セイナ領であるなら、どこに何の建物があるのか解る。
慣れ親しんだ道を歩き、リリーナはまず移動用の馬を買い、食料を購入した。第1騎士団の装いだからだろうか、怪しまれることなく準備が順調に進んでいく。商人と会話することで、現在の領主が誰なのか、そして今がいつなのか日付を確認することができた。
領主は知らない名前であり、自分に帰る家がないことを知った。そして、やはり時は繋がっていた。
しかし、この世界ではまだ何も起きていなかった。
図書館に向かい、最近の記録を確認したが、そもそも鉱脈の出現を知らせる記事がどこにもない。
念のため過去の記録を遡れば、確かにこの世界の私は、落石事故で両親と共に死んでいた。
「私は……何故、この世界に存在するの?」
リリーナは混乱してきた頭を整理しようと、深呼吸した。
(世界はいかようにも造りかえられる、欲望に忠実に)
頭に言葉が浮かぶ。慈しむような女性の声で言われた言葉だが、内容が穏やかではない。
(造りかえられた。そして、誰の欲望に、忠実に……?)
リリーナが今は存在しない世界。
そして、皇女殿下が転移されており、アンナは皇女殿下の側にアルヴァートがいると言っていた。
(つまり、私も望んでいた、姫君と騎士団長ルートの、それこそ、乙女ゲームの世界……?)
愕然とする。それでは、この世界において、私こそが偽りの存在だ。まるで亡霊ではないか。それとも死に戻りなのか。目覚めた場所が自分の墓石の前であり、異なる世界の接点がそこにあったとしても、笑い話にすらならない。
頭を抱えた時、フードの上から、アルヴァートから貰ったバレッタが指に触れた。いつもと場所も感触も異なり、リリーナは髪から外すと手に取って確認した。
銀色の台座には、藍色の宝石がはめ込まれた花が3連に重なっており、星くずのような小さな石が散りばめられている。その花が大きく咲き誇っており、寄り添うように隠れた場所に3色の宝石が付いていた。燃えるような朱色の宝石、獣の牙のような白い宝石、そして海のような青緑の宝石。
「まさか……」
リリーナの胸が詰まり、大きく見開いた瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。そっと触れて、色から連想される者の名前を呼んだ。
「アイシャ、トォーリィ、ルナティ……あなた達なの?」
愛くるしい姿で現れてはくれないけれど、確かにそこに存在すると主張するようにキラリと輝いた。何と心強いのだろう。私は一人ではなかった。一緒に残された彼の大剣も、きっと何か意味があるはずなのだろう。
リリーナは周囲に誰もいないことを確認してから、外套のフードを外し、髪を纏めた。もう一度、フードを深く被りなおすと、そのまま街を出た。悩むことは移動中にできる。
皇国の中心にある皇都へ向かうことにした。
遠くからでも良い。皇都にいるという彼の姿を見たかった。




