44.交差
題名の通り、時間軸の交差です。
前半はシャルレ視点。
後半はアンナ視点です。
中庭の東屋で眠っていた彼女は、閉じていた瞳をゆっくりと開けた。
耳にした気味の悪い大蛇の印象が夢に出てしまったのだろうか。
背もたれから体を起こすと、月の光を集めたような髪が肩からすべり落ちた。
「お目覚めですか、シャルレお嬢様」
「ええ……、いつのまにか眠ってしまったようね」
専属メイドのマリーが花の香りがする紅茶を入れてくれた。とてもいい香りに、ざわついていた気持ちが落ち着く。指の先まで冷えていたようで、茶器から伝わる熱にホッとした。
「ありがとう、マリー」
シャルレはお礼を言って紅茶を一口いただく。
「随分、嫌な夢を見てしまったの。こんなに今日は暖かいのに、きっと、昼間の報告のせいね」
そう言って、シャルレは形の良い眉を寄せた。伏せられた藍色の瞳は憂いを浮かべていた。
ほとんどの季節が雪に覆われるこの領地において、今日のように暖かい日は年に数える程しかない。寒さの原因は、一族が大型魔獣の巣窟であるイレグニス山脈を封印しているためだ。
「不思議な夢よ。目が覚めた後も覚えていられるなんて、意味があるのかしら」
「どんな夢でしたの?」
マリーの言葉に、シャルレは戸惑うような表情を浮かべた。
「あなたの気分を害してしまうかもしれないわ」
「私にお話しになることで、夢が良い方向に導かれることもありますでしょう?」
年の近いマリーは専属メイドではあるが、良き友人でもあり、姉と慕える程、信頼し、心を許せる人だ。
シャルレは紅茶を一口飲むと、カップを置いた。
「そうね、何か意味があるとすれば、あなたに託してもいいのかもしれないわ」
シャルレは見た夢の内容を話し始める。
「ゼノルティと戦っている人を見たの。私には魔術も剣も使えないけれど、蒼い炎に包まれていたわ。古い言葉を使っていたから、彼女は一族の人間なのかしら?もしかしたら、私が戦いたいと、どこかで願っている気持ちが夢に現れたのかしら?」
おかしいわね、と微笑むシャルレを、マリーは笑顔で見つめた。
「ゼノルティには頭と尾に核があるの。彼女はその一つを捕らえたわ。ゼノルティに刃が届くなんて、やっぱり夢でしょう。もし、これが予見なら、いつか戦う彼女に伝えなければならないわね。手紙でも書いておいたほうがいいかしら?」
シャルレの言葉にマリーは頷くと、そっと便箋を差し出した。
「シャルレお嬢様の夢見のお力を考えれば、それがよろしいかと思います」
「マリーも不思議なことを言うのね」
そう笑いながらも、シャルレは羽根ペンを手にする。
「ゼノルティは一対の魔獣。彼女の炎がゼノルティに届くのであれば、ヴィアンティスの核にも届くはず。封印されている場所と道を示す言葉、解除する言葉を記しておきましょう。ヴィアンティスの核を捕らえない限り、ゼノルティは滅びないのですから。あと、ゼノルティが口にしたあの忌々しい言葉を。もし伝わっていなければ、きっと彼女は混乱して心を折られてしまうわ。きちんと記しておかなきゃ」
「シャルレお嬢様はゼノルティの言葉がお解かりになるのでしょうか?」
「おそらく夢だからじゃないかしら」
シャルレは慈しむように文字を走らせる。
「とても愛されていたの。だから、きっと悲しむわ、私のように」
「シャルレお嬢様……」
「世界はいかようにも造りかえられる、欲望に忠実に」
本当に忌々しいわね、とシャルレは形の良い眉を寄せた。
「でもね、マリー。彼女の周りに数匹の守護獣がいたわ。あんなに愛されているのですもの、ゼノルティが例え何度造りかえようと、きっと大丈夫よ。私も彼女を守るわ。夢なのに不思議ね。力になりたいの」
シャルレは流れるように美しい字で手紙を書き終えると、ワックスを垂らして印を押し、封をした。
「お願いね、マリー」
シャルレは花のようにふわりと笑う。随分久しぶりに見せるシャルレの笑顔に、マリーは涙を隠すように頭を下げた。
まるで指に触れたシャボン玉が弾けるように、場面が切り替わる。
不機嫌に頬をふくらませて、画用紙に何か絵を描く女の子。その絵には、手足が棒のような人間と、目つきが悪い蛇のようなものが描かれていた。その上に名前だろうか、覚えたばかりの文字が残念な感じで左右にひっくりかえっている。
「お嬢様、これは?」
お昼寝する前まではご機嫌だったお嬢様が、目覚めるなり、用意したケーキに目もくれず、もくもくとお絵かきを始めた。見守っていたが、ため息をついて手を止めたお嬢様にアンナは声をかけた。
「ゼノよ!こっちは騎士様!」
何かぷりぷり怒っている。空いている余白に、何か模様のような文字を書き始めた。まだ文字を習い始めたばかりのお嬢様だ。読めないのは幼子の書く文字だからだろう、全て繋がっている。
「その文字は?」
「呪文よ!夢で見たの。忘れない内に書いておくの」
今度は何かぶつぶつと言い始める。聞いた事のない言葉だ。夢でご覧になったことだ。きっと創作なのだろう。
それから数枚、絵と呪文を描いて、満足したのかお嬢様は立ち上がった。
アンナは彼女の手を拭き、しわが寄ってしまったスカートを調え、お嬢様をケーキが乗るテーブルにご案内した。不機嫌だったお嬢様の顔が、急にご機嫌になる。
「わぁ、おいしそう」
たっぷりとクリームが乗り、果実を散らしたケーキはお嬢様のお気に入りだ。
「私、騎士様のお嫁さんになりたいわ!」
クリームを頬につけたお嬢様のお世話をし、アンナは困ったように笑った。
「まだ、お嬢様は4つですよ。もうお嫁にいくお話をされては、ご領主様が悲しまれます」
「だって格好良いの。絶対、騎士様がいいわ。会いに行こうかしら」
「会いに行くとは?」
「私も騎士になれば、いいでしょ」
グサッと果実にフォークを刺し、お嬢様は獲物を捕らえたように胸をはる。
このお嬢様の発想はどこからくるのだろう、とアンナは困った。お嬢様はそれは愛らしい。剣を持って戦うなど、とても想像できない。しかも、この国に女性騎士は存在しないのだ。
「お嬢様は素敵な姫になられます。お嬢様が会いに行かずとも、あちらからいらっしゃるものですよ」
「そうかしら?」
納得がいかないわ、とお嬢様は頬を膨らませた。
お嬢様はケーキを食べ終わると、中庭にお出かけになった。でも、あの活発なお嬢様のことだ。中庭を飛び出して、森の方に出かけている可能性がある。アンナは小さな背中と、お嬢様の髪を飾るリボンを見失わないように後を追いかけた。
「リスちゃん、待って……!」
案の上、お嬢様は子リスを見つけて追いかけている。子リスは一目散に逃げるものと思っていたが、何度か後ろを振り返りながら、まるで誘うようにお嬢様から逃げた。
「君は……?」
子リスに手を差し出し、肩にのせた少年が現れる。お嬢様は銀色の髪に藍色の瞳をもつご子息を見上げた。
「リリィよ。リスちゃんと仲良しなの?」
「ああ」
彼は今、屋敷を訪問しているノーザン・イレグニス辺境伯の2番目のご子息だ。にこやかに笑い、お嬢様の目の前に子リスを乗せて差し出す。
「わぁ、可愛い」
ご子息のお名前は何と言ったか。そういえば挨拶されていた場に自分がいなかったことを思い出し、アンナは小さくため息をついた。
「あなたのお名前は?」
お嬢様の問いかけに、子リスは愛らしく首を傾げる。
「トォーリィだよ。そして、僕はアル」
「アル!?……騎士様なの?」
驚くお嬢様に、ご子息は眼を瞬いた。
「いや、僕はまだ何も考えていないけれど」
「私、騎士様のお嫁さんになりたいの。夢で見た騎士様と同じ名前でびっくりしちゃった」
お嬢様がとても嬉しそうに笑うからなのか、ご子息は優しい瞳で見つめられた。
「じゃあ、僕が君の騎士になるよ。君を守る」
「本当!?約束よ」
「約束する。だから、僕のお嫁さんになってね」
蒼華姫、とご子息は小さく呟いた。
「ええ、大きくなったら迎えにきてね、アル」
お嬢様は無邪気に笑って答えているが、アンナはどうしたものか、と一人悩む。
小さな子供が交わした約束だ。ご領主に報告しても笑われるだけだろうか。
映像が霞んで、また場面が切り替わる。
頬に風を感じ、草の香りに包まれて、リリーナはゆっくりと目を開けた。




