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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第3章 守護獣
43/74

43.蒼炎

 流れ込んでくる感情。

 憎悪、嫉妬、思慕、焦燥、慟哭、恋慕、痛嘆。

 ぐるぐると何かが回る。


 リリーナは耳を塞ぐように頭をかかえた。この胸を押しつぶされそうな音は何なのだ。

 目の前で結晶が成長していく。こちらに迫ってきているのが解る。


 リリーナは唇をかみ締めて、前を向くと、剣を抜いた。こんなところで倒れるわけにはいかない。

 一度後ろに飛んでから、弾みをつけて回転をかけながら、なぎ払った。叩き折るつもりで振り下ろした刃は跳ね返され、衝撃でリリーナの腕に鈍い痛みが広がった。


「リリィ!」


 彼の声は聞こえるけれど、姿が確認できない。岩盤の隙間からガスが吹き出している。霞んでしまい、周囲が確認できない。余裕のない声はきっと自分を探している。


「……?!」


 呼びかけに答えようとしたが、声が出ない。


(何故……?!)


 嫌な汗が流れる。迫る結晶から距離を取るため、リリーナは再度、後ろに跳んだ。

 着地した足場が脆く崩れ落ち、体がふわりと浮かんだ。

 落ちているのか、跳んでいるのか、よくわからない感覚にとらわれる。次に地面に足を着いた時、足首に強い痛みを感じた。かろうじて体勢を立て直し、剣を構えながら、肩で息をした。

 どうしてこんなに急速に体力を消耗していくのか。うまく呼吸ができない。まるで生気を吸われるように、目が霞んできている。


「……ッ?!」


 背中に大きな衝撃を受けた。背後から受けた攻撃に咳き込む。

 振り返って確認しようとして、よろけた弾みに足をとられて転んだ。

 カシャリと金属音がして、バレッタが地面に落ちた。


(アル……)


 バレッタに装飾された青い花が目に飛び込む。こんな時に思い出すのは、彼の嬉しそうに笑う顔。


「……ッ!!」


 全身を締め付けられるような強烈な痛みが襲い、リリーナは地面に倒れた。

 声を封じられているため、悲鳴を上げることもできない。


(アル……)


 リリーナは力の限り、バレッタに手を伸ばした。

 なんとか指先に届いて握り締めた時、上体を強く踏みつけられた。


「まだ息があるのか。忌々しい……!」


(だ……れ……?)


 声の主を確認することができない。男性なのか女性なのか、そもそも人の声なのか。ただ、かなり強い憎悪を向けられていることはわかった。強く踏みつけられ、うまく呼吸ができず、リリーナの瞳に涙があふれた。跳ね返す体力がない。魔術も使えない。どうすればこの状況から逃げられるのだろうか。


「お前が蒼華姫だな。やっと喰らえる。これほどにも脆い人間如きに、我らは何故いつまでも苦しめられねばならない」


 背筋をぞわりと這い上がるような声色に体が震えた。頭が痛み、視界が暗くぼやけてきた。

 リリーナは意識を失わないように、バレッタを握る手に力を込めた。


 声の主が動いたのか、地面が大きく揺れた。すぐ近くまで迫った結晶の色が濃くなったことが、霞む視界の中でも解った。


(私は……諦めない)


 この体が動けばいいのに。地面に転がる剣が見える。結晶は叩き折れなかったけれど、自分を踏みつける何かに斬撃が効くのかはわからないけれど、このまま何もできないまま倒れるのは嫌だ。せめて、声が出せれば、反撃できれば、彼の元へ帰れるのに。


「諦めるんだな、蒼華姫。我の糧となるがいい」


 体が持ち上げられ、リリーナは声の主の姿を確認した。

 白と言うには何か違う鈍い光を放つ大蛇。赤い舌が伸びる。睨んだリリーナの頭上で、大きく開かれた口と牙が止まった。


 リリーナの口を借りて問いかけられた言葉が響いた。リリーナにも意味がわからない。


「……ッ」


 反応した大蛇がリリーナの体を地面に叩き付けた。しかし、地面が迫る瞬間に青い炎に包まれ、リリーナは投げ飛ばされた。


(動ける……!)


 受身を取りながら地面を転がり、リリーナは先ほどまでの痛みと苦しみから解放されたことを感じた。

 咄嗟に剣を拾い上げ、頭に浮かんだ言葉を口にする。


 目の前で大蛇を拘束するように、地面から青い炎が立ちのぼった。リリーナはずっと握りしめていたバレッタを髪に簡単に留めた。髪をまとめている暇はない。


 大蛇が何か言葉を発しているが、先ほどまでと違い、わからない。ただ、憎悪を込めた瞳でこちらを睨みつけている。


 おそらく、今、頭に浮かぶ言葉も、きっと今は使われない古い言葉なのだろう。

 リリーナが口にすると、大蛇を拘束していた炎が細く尖り、縫い付けるように無数にその体を刺した。続けた言葉とともに剣を振るえば、青い炎が結晶を砕き、色を失っていく。リリーナのバレッタの装飾された花が大きくなり、彼女の瞳が金色に輝いた。


 大蛇が咆哮した。地面がビリビリと震えるが、リリーナの動きを止めることはできない。

 地面が大きく揺れて、天井が崩落を始めた。大蛇が何か喚き散らし、無理矢理、拘束を解いて地面に潜り込もうとしているのが見えた。

 リリーナは剣を岩盤に刺した。ズクリと何か手ごたえを感じる。炎が網目状に広がり、音を立てて大蛇に向かったが、土煙とともに姿が消えた。


(逃げられた……)


 リリーナは崩れ落ちるように膝をつく。剣に身を預けて、息を吐いた。

 呼吸を整えると立ち上がり、剣を引き抜く。衝撃で周囲の岩盤がひび割れて、大きな魔石が姿を現した。まるで何かの核のようだ。気味の悪い色合いで、ゆっくりと点滅を繰り返している様は生き物のように見えた。


(何かしら?回収したほうがいいのかも)


 彼らと合流して、この魔石を見せれば、何かわかるかもしれない。

 リリーナはポーチから収納袋を取り出し、放り込んだ。


(ここはどこなのだろう)


 崩落する岩を避けながら、リリーナは周囲を見渡す。足場が崩れたということは深く落とされたのだと思う。もし縦穴に誘い込まれ、落とされたとすれば、どこか天井の高い位置があるはずなのだが。


 キラリと金色の光が差し込み、リリーナが駆け寄ると、細い鎖がついた鍵が落ちていた。

 いかにも意味ありげな鍵を拾うべきかどうか、リリーナは悩む。こういう時、トォーリィがいれば、真っ先に確認してくれるのに、ここにはいない。


「トォーリィ……」


 いつも側にいてくれたのに、どうして今、自分は一人なのだろう。呼んでも、応えてくれない。何かあったのだろうか。


「アル……」


 リリーナは彼の名前を呼んだ。

 帰りたい。大蛇を逃がしてしまい、しとめ損なったけれど、脅威は去っていないけれど、帰りたい。

 彼に会いたい。戻りたい。こんなところにいたくない。


「どうして……一人にしないで、アル」


 ぼろぼろと涙がこぼれた。どこへ行けば、帰り道が見つかるのだろう。

 大蛇が去ったためか、妙な輝きを放っていた結晶から光が失われ、薄暗くなっていく。


 強烈な閃光と衝撃が走り、身構えたが吹き飛ばされたリリーナは地面に転がった。


「リリィ!!」


 土煙の向こうからアルヴァートの声が聞こえて、リリーナは顔を上げた。伝わる魔力は間違いない、彼のものだ。手を差し出せば、抱き上げられ、強く抱きしめられた。

 アルヴァートの体が、腕が、小刻みに震えている。


「すまない……、見失って、俺は……」


 リリーナは動かせる範囲で彼を見上げる。


「リリィの……反応が消えて……」


「ここにいるわ、アル」


 ゆっくりとリリーナは答える。だから、泣かないで。


「探しにきてくれて、ありがとう」


 足元から金色の光が現れた。それに気付いたアルヴァートが片膝をつき、鎖のついた鍵を拾う。

 何の鍵なのだろう。眩い光に包まれる。リリーナは思わず目を閉じ、アルヴァートの胸に体を寄せた。

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