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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第3章 守護獣
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42.野営

 焚き火を取り囲んで、軽い夕食をとる。

 固めのパンと干し肉、団員が作ってくれたスープがとてもおいしい。

 リリーナがスープの温かさに幸せを感じていた時、ブルナ氏が一人の女性を伴って現れた。


「こんばんわ、皆さん。良い夜ですね」


 長い黒髪を美しく結い、目元に涼しげな化粧を施した女性は挨拶をすると、にこりと微笑んだ。

 耳元の装飾品がシャラリと音を奏でる。体の線に沿った少し変わったデザインの服を着ており、魅惑的な口元が目をひいた。

 リリーナは目を瞬いた。

 彼女の瞳の色に見覚えがある。自分と似たように緑から青へ移る色は、彼女の鱗の色だ。


「ルナティ……?でも、その姿は……?」


「まー、その何だ。あれこそが、伝承の姿だ」


 どこかホッとしたように、シグルが呟いた。綺麗なお姉さんが好きなルシアンも興味津々で見つめている。


「子供の絵本とか、何かの遺跡とかに、ああいう姿で描かれる」


「そうなの」


 ルナティはにこりと微笑む。


「どの姿も仮の物でしかないけれど、この姿の方が歌いやすいし、解りやすいと思って」


 ルナティは自分の唇に指をあて、涼しげな目元を伏せた。

 姿形が変わると、声の質も、性格も変わるのだろうか。妖艶な雰囲気を出すルナティに、どこか無邪気な性格のイメージを抱いていたリリーナは驚いた。


「お姉さん、歌姫なの?何か歌ってよ。聞きたいな」


 ルシアンが無邪気に笑ってせがむが、その瞳が笑っていない。


「歌にどんな魔力をのせるの?誰を呼び寄せるつもりなの?ねぇ、ルナティ?」


 ルシアンの瞳が揺らめくのを見て、ルナティはブルナ氏の背に隠れた。


「まぁまぁ、そんなに彼女を怯えさせないでください」


 ブルナ氏が困ったように笑った。


「昼間、ずっと眠っていたから心配していたのですが、ようやく起きてきたんですよ」


「夜行性っていう訳ではないのか?」


 シグルの質問にブルナ氏は首を傾げた。


「伝承では夜に現れることが多いようですが、あなたも先日、温室で会ったでしょう?ちゃんと昼間も活動していますよ」


「月の満ち欠けがどうのって言ってなかったか?」


「よく覚えてらっしゃいますね。それは大きいでしょうね」


 ブルナ氏は夜空を見上げる。今夜の月は半分ほど欠けている。

 ところで、とブルナ氏は何かを思い出したように呟いた。


「あなたは、満月の夜に大猿に変身したりなどしないのでしょうか?」


 姿勢正しく、大真面目に問いかけるブルナ氏の言葉に、皆の視線がシグルに集まった。


「……まだ諦めていないのか。俺は人間だッ!ウキッではなくウホッと言えば気がすむのか!?」


「へー」


「そこ、納得するなッ!皇都の人間はどうなっていやがる」


 ムッとするシグルの前に、ルシアンが自分の収納袋をゴソゴソと探し、南国の果実を取り出すと差し出した。


「食べる?好物?」


「これは俺の領地の特産品で交易品だ。普通に食べるし、好物でもねー」


「なるほど」


「じゃあ、こっちは?」


 ルシアンの収納袋はどういう構造になっているのだろう。今度は何やら大型の青魚が現れた。丸々太っている。


「すげーな、おい。大物じゃねぇか」


「食べる?好物?」


「刺身がうまいけど、そーじゃねぇだろッ」


 ルシアンは会話を見守っているアルヴァートに何かささやき、彼は頷くと、食事係を呼び寄せた。


「さばいてくれ」


「おいッ」


 緊迫した空気はどこへ行ったのだ。シグルは大きくため息をついた。真面目に疲れてきた。

 食事係はいそいそと魚を運んでいく。

 やがて、きれいにさばかれた魚は一部が刺身となり、ステーキとなり、彼らや団員達の腹を満たした。


 ブルナ氏の演奏の元、ルナティの歌声が響いた。

 寄せては返す波のような歌声は、まるで子守り歌のようであり、愛をささやいているように優しく耳に届く。


 うとうとしたリリーナが自分の肩にもたれるのに気付いて、アルヴァートは彼女が倒れないようにその背中を支えた。本当は抱き寄せて眠りたい。彼女の髪に、額に、その愛らしい唇に口付けをしたい。


 昼間告げてくれた彼女の言葉は、息がとまるかと思った。ルナティの歌詞にある言葉で愛を告げれば、リリーナの髪留めが青く輝き、光を吸い込んだ。アルヴァートは満足そうに目を細める。肩に触れる彼女の温もりが愛おしい。


 明日はいよいよ目的地であるダナンに入る。

 目覚めたゼノルティはどれだけの瘴気を放っているのか。そして、皇都に向かわず、自分達を追いかけてくるのか。どこかですれ違っているのなら、実は近くに潜んでいるのではないか。


 アルヴァートは燃える焚き火を見つめた。



 ***



 予定通り、ダナンには正午前に到着した。案内する者に連れられ、山道を登る。


「これは……ッ!」


 遠目からでも、岩盤に大きな筋が見えた。地殻の割れ目を、何か淡い紫のような、どす黒いような、見るからに気味の悪い色合いのものが帯状に満たしている。結晶化している部分は日の光を浴びて輝くが、とてもきれいだとは形容できない。

 近付くにつれ、その規模の大きさに、言葉を失った。


 案内人は、アルヴァート達を洞窟の入口まで連れていくと、顔色を悪くしたまま、奥にかなりの結晶があると言った。

 とても中には入れないと言う。この数日で一獲千金を狙って鉱山者以外に多くの民間人が入って行ったが、戻って来れたのは半数で、気が触れて話せる状態にないという。

 案内人は頭を下げると、逃げるようにその場を離れた。


「これほどまでにも禍々しいとは」


 ブルナ氏は気分が悪いのか、ハンカチーフを口にあてて、眉をひそめた。

 アルヴァートは洞窟を進みながら、中の様子を確認する。

 戻ってこなかった半数の民間人は何処へ消えたのか。とても静かだ。魔力がなければ、干渉を受けないという問題ではない。耐性がない状態で瘴気密度が高い場所に入ってしまえば、欲望に目をつけられて、おそらく命を落としている。


「想像していたのと随分、違うな」


 顔色がひどく悪いシグルが立ち止まった。これ以上、進むのは無理のようだ。


「意外だね」


 ルシアンが珍しく徒歩で歩きながら、シグルをつついた。そんなに強い力ではないはずなのに、シグルの体がよろめいた。


「お前、何をするッ」


「お兄さん、戻ったほうがいいよ。死ぬよ?」


 リリーナはシグルの元へ駆け寄ると、彼の体を支えた。


「大丈夫ですか、シグル様」


 リリーナから見ても、シグルは尋常でない汗をかいている。呼吸が苦しいのか、吐く息が浅く、涙が浮かんでいた。


「クソッ」


 ブルナ氏の肩の上から、アイシャが何か言いたそうにこちらを見ていた。

 アイシャはリリーナがいる時は、どちらかというとリリーナの肩にとまることが多い。ブルナ氏の肩の上にいる理由に気付き、リリーナはトォーリィを呼んだ。


「トォーリィ、シグル様を守って」


 狼の姿のトォーリィはとても嫌そうな顔をすると、横を向いた。


(そのお願いは聞けないって言ってる。私にどれだけ防げるかわからないけれど、頑張ってみる)


「ルナティ……」


 空間がポンッと弾けて、海竜の姿のルナティが現れた。シグルの頭上に浮かび、くるりと一回りした。


「団長、シグル様を外へお連れします」


 ルナティのお陰でシグルの呼吸は楽になったようだが、外へ連れ出したほうがいいと判断して、リリーナは先へ進んでいたアルヴァートに声をかけた。

 振り返った彼が頷くのを確認して、リリーナはシグルの様子を見ながら、入口ヘと歩き出した。


 突然、音が消えた。

 1本しかないはずの道が、まるで蜃気楼のように霞んでいる。


(おかしい)


 気が付けば、ぐるりと結晶に囲まれていた。

 咄嗟にリリーナはシグルを突き飛ばした。

 何かに狙われている。彼を巻き込む訳にいかない。

 何かが迫ってくる。天井からなのか足元からなのか、強烈な殺意を踏んだ視線に、一瞬、体が強張った。


 音を立てて、地面から巨大な結晶が現れた。

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