39.予測
街から戻ったリリーナは、シグルと一緒に談話室で過ごす。いろいろ案内して、美味しいものを食べて、誰かと一緒に過ごす休日も楽しいものだな、とあらためて感じた。
とりとめのない話をしていたが、何やら玄関の方が騒がしくなり、シグルは立ち上がった。
「お?帰って来たんじゃねーか?」
出迎えに行くつもりなのか、シグルはそのままどこかへ歩き去った。リリーナは茶器を片付け、食堂へと下げる。トォーリィが狼の姿で隣を歩いた。
食堂では、夕食の準備が進められており、リリーナの姿を見付けると、今日の食事担当が笑って頭を下げた。
「トォーリィ、ちょっとお散歩に行こうか」
夕食開始まで、まだ時間がある。リリーナは屈んでトォーリィの背を撫でると、中庭に向かった。
そろそろ日が沈む。中庭にある庭園に備えつけられた小さな泉のオブジェの前で、リリーナの足が止まった。
ふと思い出し、髪からバレッタを外すと、手にとって眺めた。
銀色の台座には、藍色の宝石がはめ込まれた花が3連に重なっており、星くずのような小さな石が散りばめられている。流線の飾りと組み合わされ、花以外に月や何かの動物のような小さな模様が彫り込まれていた。
リリーナはそっと装飾された花を指先でなぞった。
(これは……文字……?)
模様のように見えるが、これはおそらく文字だ。
(今はもう使われていない古い国の言葉だよ。あの歌は恋の歌。リリーナ様が贈られた言葉。とっても大切。だからとても愛おしい)
ルナティの言葉を思い出す。アルヴァートから最初に贈られた物はこのバレッタだ。ルナティは歌詞を少しだけ訳してくれたけれど、この文字の部分は訳してはくれなかった。
(やはり、この文字が贈られた言葉なんだわ)
(大事な言葉は、アルヴァート様に言ってもらったほうが良いから教えない)
何と読むのだろう。ルナティが歌っていたメロディは思い出せるけれど、言葉の発音がよくわからない。
「どうかしたのか……?」
温もりが近付いて、後ろから腕を回された。耳元でささやかれた声は少しかすれていて、ドキリとしたリリーナの首筋に唇があてられる。小さく驚いて声を上げたリリーナの反応を楽しむように、アルヴァートが目を細めた。
リリーナの頬に熱が上がる。気配に気付かないほど、物思いにふけっていただろうか。
すぐ後ろで大きく咳払いをする声がして、リリーナは息をのんだ。
「あー、その何だ。……ちょっと自重してくれ。俺が困る」
アルヴァートの帰宅を知って、談話室から玄関へ向かったはずのシグルの声が届く。リリーナは慌てるが、アルヴァートの腕は回されたままで、身動きがとれない。
「シグル様、どうしてここに?」
背中を向けたまま、アルヴァートがひどく不機嫌な口調で問いかけた。
「騎士団長様に話があって玄関に行ったのに、どうやってすれ違ったのか、会えないし、部屋にはいないし。まさか恋人のところへ直行とは思わなかったぜ」
「当然でしょう」
「あー、そうですか。で、俺は別にここで話をしても良いけれど?昼間の報告もしたほうがいいんだろ?」
シグルの言葉に、アルヴァートは仕方なさそうに、ため息をつく。腕を解くと、振り返ったリリーナの頬に触れ、その唇に軽く口付けた。
お構いなしだな、とシグルが呟くが、アルヴァートには聞こえているのだろうか。
「ここでは彼女の体が冷えます。部屋に戻りましょう」
どこまでも恋人最優先のアルヴァートに若干呆れて、シグルは彼の言葉に従った。
***
「今日は酒抜きで話すぜ。昼間、副団長様と一緒に皇都の動植物園に行って、副団長様の取り巻き動物と、世話係の眼鏡氏に会った」
シグルの言い方が気になり、リリーナはアルヴァートの隣で困ったように笑う。
「それで?」
「眼鏡氏は俺に言った。最近読んだ興味深い文献に、この狼が犬、気位が高そうな炎が鳥、次に来るのは猿らしいので、副団長様が連れてきた俺に期待したと」
「貴方も実は人ではないと?」
「そうだッ。俺がウキッと言えばさぞ満足しただろうが、そんな訳あるかッ。俺のことを海に生息する未知の生物扱いにするし、眼鏡氏は大真面目だが、本当に学者はよくわからん。ただ、何かしらの法則があると考えている」
「法則……」
アルヴァートは何か考え込む。
「ゼアビノが東の国境線に現れた。短い感覚で、中央へ向って出現している」
アルヴァートが息をのむ。
「皇都に向っているのか?」
「おそらく」
リリーナは目を瞬く。その様子に気付いて、アルヴァートが硬くなっていた表情をやわらげた。
「ゼアビノは鉱脈だ。地中から突如、長い蛇のように現れる。希少価値の高い宝石や魔石が採掘されるため、利権を争って国が荒れる。先の大戦の原因にもなった。鉱脈のことは知っているだろう?」
リリーナは頷く。その鉱脈は50年、または100年の周期で世代交代のように現れると言われている。
「世間には公表されていないが、ゼアビノは大蛇が通過した跡だ。周期で考えればそろそろ目覚める時期ではあるが……。なるほど、父上が皇都に来たのは、その理由があったからなのか」
「ぜノルティ・ヴィアンティス」
シグルが呟いた言葉に、アルヴァートの表情が険しくなる。
「何故、その名前を知っている……?」
シグルは両手をあげて、首を横に振った。
「眼鏡氏が教えてくれた。次に目覚めるのはおそらくソレだと。俺が猿でなければ、次に予測できるのはそいつではないかと。俺にもよくわからん」
「……有能な学者だとは思っていたが、侮れないな」
アルヴァートは大きくため息をつく。
「ルナティが歌っていた。今はもう使われていない古い言葉で呼びかけている。お前はその言葉を知っているのか?」
アルヴァートは答えない。否定しないということは肯定としてとってもいいのだろうか。
「当家には機密事項が多い。代々イレグニス山脈に潜む魔獣を封印するため、今は使われていない言葉を用いることもある。そうか、ルナティは歌うのか」
「ルナティは副団長様が会いにきてくれたのが嬉しくて、今日は愛の歌を歌っていたぞ。他にもどんな歌があるのかはわからないけどな」
アルヴァートがため息をつく。ルナティと同じ言葉を呟くと、リリーナが手にしていたバレッタが青く輝いて、光を吸い込んだ。
「どういう意味なんだ?」
「そのままだ。花を贈る相手に捧げる言葉だ」
「ま、副団長様にちゃんと伝えてあげてくれよな。ルナティは教えてくれなかったからさ」
アルヴァートはリリーナを見る。リリーナは何も言わないが、アルヴァートを見つめ返すとふわりと微笑んだ。
アルヴァートの手が伸びて、リリーナの頬に触れる。
「おっと、ところで地図はあるか?現れた場所を教えておく」
小さく咳払いをされて、リリーナはハッとすると立ち上がった。アルヴァートの部屋で打ち合わせをすることが多いため、地図の場所はわかる。棚から取ると、長机の前に広げた。
「最初の出現地はここだ。半年前ぐらいらしい」
シグルは指先で地図の1点を軽く叩く。
「そして、一度、北上して、向きが変わった。6日前に確認された場所はここだ」
シグルの指先が山脈にそって移動し、内陸へ向かった。
「まずいな」
大蛇の移動は、地面が隆起するため、内陸に向かえば大規模な災害が起きる。まだ山間部にいるが、道筋がおかしい。
アルヴァートはシグルが最後に指し示した場所を見つめた。




