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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第3章 守護獣
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38.歌声

 城下街の中心に、主な皇国の行政機関の建物が並ぶ。

 その中の一つである教育機関の関連施設として、中央広場の公園に隣接する形で、かなり広い面積を有した動植物園があった。


「初めて来るけど、城下にこんなとこがあるんだな」


 周りを物珍しそうに見ながら、シグルはリリーナの隣を歩いた。

 木々が立ち並び、ちょっとした森のようだ。綺麗に整備された道が続き、木の1本ずつに樹木名が書かれた札が掛けられ、植えられた植物には、植物名なのか学名なのか、何やら小難しい立て札で詳細を掲示してある。散歩がてらに散策している者や、中にはスケッチをしている者もいて、落ち着いた雰囲気の中でも、人々が各々に楽しんでいる姿が確認できた。


「何だか落ちつくんですよ、ここ。最近、あまり来られなくなってしまって残念なんですけどね」


 リリーナは少し寂しそうに呟く。


「疲れた時に、森林浴を兼ねて癒されに来てます」


 リリーナはふと立ち止まり、艶やかに咲く花を見つめて微笑んだ。


「今年も綺麗に咲いたわね」


 甘い芳香が風にのって届く。花をよく見ようとリリーナが屈んだ時、さらりとプラチナブロンドの髪が肩からすべり落ちた。


(こういう時、綺麗なのはお前だ、なーんて台詞を、あの怖い騎士団長様は吐くんデスかね?……いや、ないな。あいつの事だ。花の方に嫉妬して、ばっさり切り捨てそうだな、怖ッ)


 リリーナの綺麗な横顔を見て、思わず馬鹿なことを考えてしまい、シグルは苦笑した。

 リリーナは不思議そうに首を傾げる。


 非番のためか、今日は騎士団服であり、帯刀はしているが、鎧姿ではない。いつものようにバレッタを身に付けているが、一つにまとめて留めているわけではなく、サイドの髪をゆるくすくってねじって留め、ほとんど髪をおろした状態だ。

 日の光を浴びて、綺麗に輝く。


(よく見れば、その髪留めも騎士団長様の独占欲丸出しの物だな。花が青いじゃねーか)


 ここにいないはずのアルヴァートの存在が感じられるのは何故だ。ちっとも気が休まらない。


 リリーナの肩からリスが飛び降り、狼の姿に変化した。それを見てシグルは立ち止まり、周囲を警戒する。


「シグル様、こちらです」


 声を掛けられた方に顔を向ければ、先に歩いていたリリーナが、高い天井のガラス張りの建物の扉を開けていた。


「……温室?」


 中に入って見れば、慣れ親しんだ高い木々とともに、湿気をふくんだ温かい空気に包まれ、シグルは目を瞬いた。夏場に海岸沿いに咲く赤紫の花が美しく垂れている。


 同時に耳に届いたのは、ゆったりと踊るような可愛らしい歌声。伴奏する音色がとても優しい。


「あら、アイシャ。迎えにきてくれたの?嬉しいわ」


 リリーナの前に優雅に羽を広げて、いかにも気位が高そうな美しい鳥が現れた。

 チラリとシグルに視線を向けて、リリーナの肩にとまる。流れる尾が美しい。アイシャはリリーナの足元を歩く狼を見下ろして、気分が良さそうだ。


(ちなみに、俺も見下ろしてないか?)


 観察しているのか、じっとこちらを見つめながら、炎が揺らめく。


 歌声に誘われるように奥へ進むと、中央の噴水のような泉の前で、くるりくるりと少女が楽しそうに回っていた。

 彼女が紡ぐ言葉はどこか異国のものだろうか。意味がわからないが、寄せては返す波のようなメロディは、まるで子守唄のようであり、愛をささやいているようにも聞こえる。


「やあ、こんにちは、カルバイン副団長」


 リリーナの姿に気付いたブルナ氏が、演奏していた手を止めた。今日も身なり正しく、にこやかに笑顔を向ける。彼が弾いていたのはヴァイオリンだろうか。背が高く、長い指で弦を押さえて弾く姿は、随分、様になっている。


「こんな湿気の高いところで、よく演奏できるな?」


「こんにちは、シグル様。ちょっと特殊な加工をしてあるんですよ」


 肩から楽器をおろしたブルナ氏にシグルは慌てて頭を下げて挨拶する。同じ公爵家として失礼なことをしてしまった。

 リリーナはアイシャを肩に乗せたまま、シグルの隣で丁寧に頭を下げた。


「こんにちは、ブルナ様。申し訳ありません。お邪魔してしまったでしょうか。シグル様が今日一日ご自由な時間があるという事で、ご一緒していただきました」


「いえ、時間通りですよ。ルナティが随分ご機嫌なので、お相手をしていただけです」


「ルナティ……」


 リリーナは不思議に思う。確かルナティはトカゲのような姿ではなかっただろうか。

 突然、リリーナに少女が抱きついた。


「リリーナ様、会いにきてくれた。嬉しい!」


 にっこり見上げる少女は、どう見ても騎士養成学校に入る前の自分の姿だ。ふんわりとしたドレスを着て、ゆるく巻いたプラチナブロンドの髪をリボンで飾っている。ただ一つ違うところは、瞳の色が緑から藍色へ変化しているところ。この色は現在の自分と同じだ。


「あなたがルナティ?少女の頃の私……?でも、瞳の色が……」


「そう、シグル様の記憶にあるリナたんだよ。でもね、不思議、不思議。今のシグル様のリリーナ様のイメージが……あれ?アルヴァート様と同じ?ううん、もっと綺麗。いいな、いいな」


「リナたん……?」


「やめてくれー!」


 ルナティはシグルをじっと見つめ、とんでもない事を口走る。


「ルナティ、俺を殺す気か?いいか、その事は絶対に誰にも口外しないでくれ。頼むッ!」


 土下座をして懇願しそうな勢いのシグルの姿に苦笑して、ブルナ氏がやんわりとたしなめた。


「ルナティ、あまり人の記憶を覗いてはいけないよ」


「はぁい」


 ルナティはちょっとつまらなそうに呟いて、ボフンと音をたてて姿を変えた。


 目の前に、手の平に乗るサイズから少し大きくなったトカゲが現れる。角がついているから、トカゲではないのだろう。よく見れば、小さな海竜の姿だ。

 鱗の色がリリーナの瞳と同じように緑から青へと美しく輝いている。周囲をまるでシャボン玉のように水球が浮いており、くるくると回っていた。翼は持っていないようだが、どうやって浮いているのだろう。


(ちょっと元に戻ったの。リリーナ様のお陰なの。嬉しい。大好き。ありがとう)


 ルナティは空中を泳ぐようにくるりと回ってみせた。


「私の……?」


 リリーナは意味が解らず、ブルナ氏を見た。楽器をケースに閉まっていたブルナ氏は、リリーナの視線に気付いて微笑んだ。


「ルナティの周りを回る水は、あなたがガラス瓶に入れて差しあげた泉の水です。何か特別な意味があったようで、水球をめぐらすことにより、鱗が流れるように輝くようになりました。もう少し様子を見る必要がありますが、どうも月の満ち欠けが影響しているようです。今日は貴女がくるのを知っていたようで、朝からとってもご機嫌ですよ。彼女が人の姿を模すのは、歌うことに意味があるからでしょう」


 この2、3日でよくそこまで分析したものだ。リリーナはブルナ氏の説明を受けて驚く。


「あの歌、どこの言葉なの?」


 リリーナが問いかければ、ルナティは楽しそうに今度は縦に回る。螺旋を描くその姿は何かの飾りのように見える。


(今はもう使われていない古い国の言葉だよ。あの歌は恋の歌。リリーナ様が贈られた言葉。とっても大切。だからとても愛おしい)


「え……?」


 ルナティが何を言っているのか、意味がわからない。

 目を瞬くリリーナに、ルナティは言葉を紡ぐ。うまく聞き取れない言葉は、おそらく歌詞を伝えてくれている。


(呼びかけに応えて欲しい。私の愛おしい方。貴女を護る剣となろう。貴女を護る盾となろう。永遠に捧げよう、私の心を。どうか応えて欲しい、私の愛おしい方。……大事な言葉は、アルヴァート様に言ってもらったほうが良いから教えない)


 歌詞を訳すと、そういう意味になるのだろう。頬を赤らめるリリーナを幸せそうに見つめて、ルナティはまた空中で一回りした。

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