表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第3章 守護獣
37/74

37.交渉

シグル視点です。

 第1騎士団の朝は早い。

 せわしなく扉が開閉する音と廊下を歩く音に気付き、シグルは起こされる。


「全く……まだ夜明け前じゃないか。寒ッ」


 吐く息が白い。室温は何度なんだ。

 南国育ちのシグルにとって、この状況は最悪だ。凍りついた部屋で一晩を過ごすことを強いられるとは、騎士団長様もとんだ悪党だ。


「絶対、わざとだな。俺を殺す気だな」


 残念ながら、簡単には死なない。交渉は得意だ。あまりの寒さに、こちらを見ていた狼と交渉し、とりあえず背中を貸してもらった。しかし、夜明けとともに、俺の毛布が、まさかボフンと音をたててリスの姿に戻るとは思わなかった。かなり面積が足りないじゃないか。危うく踏み潰すところだった。


「本体はリスなのか?」


 愛らしく首を傾げたリスはどこかへ姿を消し、やがて頬袋を膨らませて帰ってきた。

 布団に包まるシグルの目の前で、すごい勢いで木の実を食べた後、また狼の姿に戻る。


「……なるほど?魔力が枯渇すると、元に戻ってしまう仕組みなわけね」


 お前はすごいな、と声をかけてやれば、狼は得意げに胸を張る。


 部屋の扉が軽く叩かれ、声をかけられた。


「シグル様、入ります」


 元々は俺の部屋だが、と面白くなさそうに呟きながら、アルヴァートが部屋に入ってきた。


「……よぉ」


 シグルは渋々、上体を起こして、頭をかいた。


「……お目覚めですか?」


 鎧を装着し、準備を進めるアルヴァートはこちらを見ない。人の着替える姿を見るわけにもいかず、シグルは気まずそうに横を向いた。


「悪かったな、部屋まで借りちまって」


「いえ」


「話があって来たのに、つい楽しくなっちまってさ。あー、今日の帰りは早いのか?」


「外勤ではありませんので、夕刻になるでしょうか」


 アルヴァートは長机から大剣をとると腰に装着する。手甲の羽目具合を確認したところで、ようやくシグルに視線を向けた。


「生きてましたか……」


「おいッ!やっぱりわざとだな!俺は簡単には死ないぜ!交渉は得意だ!」


「誰と?」


「こいつと」


 シグルは狼を指す。しかし、そこには何の姿もなく、シグルは頭を抱えた。


「あいつ、どこ行きやがった」


「リリーナのところでしょう」


「クソッ」


 余計な事を言えば、確実に殺されそうなので言わないが、昨夜もお楽しみだったんだろ。状況を用意してあげた俺に感謝しやがれ。


「……あなたが考えていることは大抵わかりますが、感謝は申し上げません」


「怖ッ」


 アルヴァートが剣に手をかける。内容によっては切り捨てるつもりなのだろう。相変わらず、冗談が通じないというか、容赦がない。

 シグルはいろんな意味で身ぶるいした。


「あまり時間がありませんが、昨夜、シグル様よりゼアビノについて情報が入ったと伺いました。それだけ言って、酔いつぶれてしまわれましたが……?」


「了解、了解。つまり、俺はただ飲んだくれて何一つ伝えてないって訳だ。そうだな、今日一日、この辺で待たせてもらうわ。今日帰ろうかと思ったけれど、ま、いつまでに帰ってこい、とか言われてねーし。この件については直接、話しておいたほうがいいと思うからな」


 目をこするシグルの姿を見て、アルヴァートはやれやれとため息をつく。


「不本意ではありますが、今日はリリーナが非番です。何かあれば、彼女にお話ください」


 露骨に嫌そうな表情を向けられるのはいかがなものかと思うが、彼女は副団長であり、職務上、代理な訳でもあるのだから、仕方がない。


「そういうことなら、今日は1日、リナたんに付き合って――」


 剣先を喉元に突きつけられ、シグルは慌てて両手を挙げる。


「はい、副団長様の指示に従います」


 慌てて訂正するが、アルヴァートの視線が恐ろしく冷たい。


「どんな死をお望みですか?」


「選ばせてくれるのは、お前の優しさか?」


 アルヴァートは薄く笑う。これは本気で怒らせてしまっただろうか。彼にとってリリーナの存在は特別すぎて、ほぼ地雷だ。おそらく弱点にもなりかねないが、どうやら、かなり踏み抜いたらしい。


「待て。俺から情報を聞き出す前に殺すのか」


 アルヴァートの目が細まる。

 これは確実にじわじわと息の根をとめられる。一思いに切り捨ててくれたほうが楽なやつだ。

 誰か何とかしてくれ、と願った時、扉が軽く叩かれ、部屋の外から声をかけられた。


「団長、リリーナです」


「入れ」


 アルヴァートは大剣を鞘に戻す。凍りついていた部屋が一瞬で解除された。

 シグルは大きく息を吐いた。彼女は俺の救世主だ。命を助けられるのはこれで何度目だろうか。もう第1騎士団員と同じように、彼女の信者になっても良い。


 部屋に入ったリリーナは、ちょっと寒いですね、と腕をさすった。そして、うなだれるシグルを見て、不思議そうに首を傾ける。


「シグル様、おはようございます。ご気分はいかがでしょうか」


 彼女の優しさが身に染みる。


「……最悪です」


「朝食はお召し上がりになりますか?食堂へご案内しますが、こちらにお持ちしましょうか?」


 うつむいていても、場の空気が張り詰めたことがわかる。


「自分で行きます」


「わかりました。部屋の外で待っておりますので、お支度ができましたらお声をおかけください」


 チラリと顔を上げれば、睨んでいるだろうと思っていたアルヴァートはリリーナを見つめている。

 リリーナの肩にはリスが乗っているし、つまり今まで狼だったのは自分を警戒していた訳で、今は気を許しているということらしい。なぜリスは彼女の肩の上で胸を張っているのだ。どういう状況だ。


「揃いもそろって面倒なことだ……」


 今日一日世話になるなら、余計な一言に気をつけて、おとなしくしていようと、シグルはため息をついた。



 ***



 朝食を取りながら、シグルは机の上で伸びているリスに視線を向ける。


「なぁ、こいつ、何て名前なの?すげーだらけてるけど」


 まだ頬杖をついて、尻をかいていないだけ良いとするが、横に伸びきっているのは、いくら何でも油断しすぎだと思う。


「トォーリィのことですか?」


「トォーリィ……」


 その名前はどこかで聞き覚えがある。船の上で羽ばたいていた2羽の鳥のうちの1羽ではなかったか。


「あの稲妻を落としていた鳥も、元はこいつなのか」


 こいつ呼ばわりされて、トォーリィが面白くなさそうに立ち上がる。


「すげーな、お前!!」


 褒められて、急に胸を張る。なるほど、状況に応じて臨機応変に姿形を変える便利な面白動物な訳か。


「そう言えば、他の奴らはどこ行ったんだ?皇都についてから、姿を見ていないが、常にうろうろ取り囲んでいただろ?」


 シグルの言い方にリリーナは困ったように笑う。


「お家に帰ったというか……、今日、これから様子を見にいきますが、ご一緒しますか?」


「行く」


 リリーナの提案に、シグルは即答する。

 元々、副団長様の指示に従うつもりだし、後でデートだと攻められようが、面白そうなことには首を突っ込みたい。


「トォーリィも楽しみよね」


 リリーナは優しく微笑むが、どうみてもリスは嫌そうな顔をした。

 何だろう。こいつは主人のリリーナよりも、アルヴァートによく似ている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ