36.酒宴
アルヴァート視点です。
最後はシグル視点です。
第1騎士団寄宿舎の食堂が騒がしい。
夕食の時間はとっくに過ぎているにも関わらず、明かりがついており、笑い声と料理の匂いがする。
地方の任務から戻ったアルヴァートは、鎧姿で帯刀したまま、自室に戻る前に、気になって顔を出した。ここに居るはずがない人物の声が耳に届いたこともあり、まさかと思って覗いて見れば。
「よぉ!アルたん、お疲れッ!」
いい感じに出来上がっているシグルが片手を上げる。
アルヴァートは唖然とした。何故、ここに彼がいるのだ。1つ席を空けて、リリーナが困ったように微笑んでいた。
シグルは空いている席を片手でバンバンと叩くと、崩れそうな上体を支えながら言葉を続けた。
「ここ、アルたんの席ね。ちゃんとわきまえてマスヨ。リナたんには指一本触れてまシェン。俺、死にたくないしー」
その後で陽気に笑う姿は、完全に酔っ払いだ。
「取り敢えず、着替えてこいや。俺の酒を飲め、飲め、飲めー。ギャハハハハハー」
何がそんなに楽しいのか、シグルは超ご機嫌だ。
「アルたんの帰還に乾杯ー!!ウェーイ!!」
一体いつから開かれている酒宴なんだ。団員と乾杯して盛り上がっているが、羽目を外し過ぎているような気がする。シグルは一応、公爵家の人間なのだが。
リリーナは席を立つと、アルヴァートの側に駆け寄った。
「これはいったいどういうことだ?」
アルヴァートはリリーナを連れて、一先ず、自室へ向かう。
「シグル様が酒樽を3つ抱えて訪問されました。明日帰るご予定らしく、今夜は一緒にのみたい、との仰せで、ずっと団長の帰りを待っていました」
「なるほど?」
「遅くなることをお伝えしたところ、先に始めた訳ですが……ご自身でほぼ樽1つ分をお飲みになり、あのようにご機嫌なご様子です」
「樽1つ……」
アルヴァートはやれやれとため息をついた。
長机に大剣を置き、マントの留め具を外すと椅子に投げかけた。
「私は先に戻り……ッ」
リリーナが部屋から出ようと声をかけた時、アルヴァートが腕を伸ばし、強引に抱き寄せると、唇を重ねた。
「……行かせない」
面白くなさそうな表情で見つめられ、リリーナは困ったように微笑む。
「シグル様のあのご様子だと、戻らないと、この部屋まで乗り込んできますよ?」
「それも困るな」
「だから、ね?」
リリーナがアルヴァートの首に手を回すと、もう一度、抱き寄せられ、口付けを交わした。
「外で待っています。それでいい?」
「わかった」
「大好きよ、アル」
ふわりと微笑むリリーナに、アルヴァートは応えるように唇を重ねた。これ以上、口付けが深まると、抑えが効かなくなりそうで、まずい。
リリーナの手が解けた時に、アルヴァートも腕を解く。リリーナはするりと身を翻し、部屋から出ていった。
閉まる扉を見つめて、アルヴァートは小さく息を吐く。
どうしてだろう。愛おしさは増すばかり。
満たされているはずなのに、それ以上に何かを求めている。
愛してる、とアルヴァートは小さく呟く。
彼女の口から、その言葉を聞かないからだろうか。
大好きよ、と言われる度、彼女がいつも声をかけているトォーリィを思い出す。微笑みも言葉も同じだから、もどかしく思えるのだろう。
どうすれば、愛してくれるのだろう。
どうすれば、彼女の特別な存在になれるのだろう。
アルヴァートは着替えて、部屋の外に出る。
リリーナは約束通り、待っていてくれて、微笑んでくれる。少し前までは、想いを返してくれる関係でもなかったのだから、贅沢な悩みだと思う。
「遅いじゃなーい?ギャハハハハ!お・た・の・し・み・チューッ、デスカネ!!」
沈んだ気持ちは、一気にくだらないシグルの言葉で霧散した。
食堂に戻ったアルヴァートはげんなりする。シグルが自分を訪ねてきた客人で、公爵家の人間でなかったら、早々にお引き取り願いたいところだ。
「シグル様、少々、飲み過ぎていらっしゃるのでは?」
「僕は、飲み過ぎてなど、ないっスケド?」
いや、かなりご機嫌で、自分のことを、僕とか言っている時点で、さらにキャラが崩壊しているが、いいのだろうか。
「ま、座れ、座れ」
シグルは自分の隣の空いている席をバシバシと叩く。
何が楽しくて酔っ払いの相手をしなければならないのだ。
アルヴァートの前に、ジョッキが置かれる。
「リナたんは飲めないらしいケド、アルたんは飲めるヨネ?」
名前の呼び方が気になるが、酔っ払い相手に訂正しても無駄なだけだろう。
アルヴァートはため息をつくと、ジョッキに口を付けた。
「いいー飲みっぷりデスネ!ギャハハハハ!」
「それで?俺に何かお話でも?」
「あったケド、忘れたー」
「まあ、そうでしょうね」
もう少し早く戻って来られれば良かったのだが、これでもリリーナに会いたくて、最速で終わらせてきたのだ。
ここまで酔う前ならまともに会話も出来たかも知れないが、どうしてこうなったのだ。
「僕はね、意外と情報通なんスヨ。何せ、商船相手にしてマスからネ。いろんな港も立ち寄るしー」
「ええ」
「アルたんにー、ゼアビノの情報が入ったからー、教えておいたほうがいーかなーッと……」
「ゼアビノ……!?」
アルヴァートが驚いてシグルを見ると、間が悪いことに、シグルが机に突っ伏してしまった。
「な……肝心なところで酔い潰れてしまうとは……困ったお方だ」
アルヴァートはジョッキの中身を飲み干すと、シグルの肩を叩く。全く起きる気配がない。
「リリーナ、寄宿舎に空いている部屋はあったか?」
「いえ」
「参ったな、シグル様は公爵家のご身分だし、このまま放置する訳にもいかない。……仕方ないな、俺の部屋へ運ぶか」
アルヴァートはシグルに声をかけるが、ムニャムニャと反応が微妙だ。
「全く困ったお方だな」
成人男性1人ぐらい簡単に運べてしまうアルヴァートは、シグルを荷物のように肩に担ぐと、歩き出した。
「お前たちも業務に差し支えないようにしろよ」
「了解です!」
「お疲れさまです!」
団員たちに声をかけて、アルヴァートは食堂を出る。
一体、何をしに食堂に行ったのか、わからない形になった。酔っ払いのシグルを回収しに行ったみたいだ。
リリーナが扉を開けてくれたので、アルヴァートは担いだシグルをそのままベッドに運び、降ろす。
「俺のベッドに連れ込むのはリリィだけなのに……面白くない」
ひどく不機嫌な口調で呟く言葉に、リリーナは真っ赤になって俯く。
「ムニャ……リナたん……」
シグルが枕の1つを抱きしめて呟いた言葉に、アルヴァートの部屋が一瞬で凍りついた。
「――殺すか」
「待って、待って……!」
リリーナは慌てて、後ろからアルヴァートを抱き締めた。
本当にやりかねないから、おそろしい。しかも疑問型ではなく、確定しているではないか。
「アルはどこで眠るの?その、……私の部屋に来る……?」
恥ずかしすぎて、アルヴァートを抱き締める腕が強まる。とても顔を見ることなどできない。
「何もしない自信がない……」
呟かれ、自分の腕に手の平を重ねられ、なぞられる。驚いて緩んだ腕を解かれて、正面から抱き締められた。
「じゃあ……」
愛して、と小さく消えそうな声で、リリーナは呟いた。
アルヴァートは嬉しそうに笑う。
「仰せのままに」
***
部屋の扉が閉まってから、シグルは困ったように布団に包まった。せめてこの部屋の冷気を解除して欲しかった。
一瞬で目が覚めてしまったではないか。
「寒ッ。俺、凍死しちゃう」
全く仲の良ろしいことで。
そして何故だろう。狼が、何か言いたそうに、こちらを見つめている。まさか、監視だろうか。
「怖ッ。俺、もう寝る!」




