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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第2章 婚約者候補
35/74

35.懐郷

 最後の婚約者候補の一人、シグル・オロラム氏との面会は、サロンで開かれた。


「姫君、お招きいただき、ありがとうございます」


 この台詞を聞くのは何度目だろうか。

 リリーナは姫君の護衛として扉の横に立ち、前を向く。

 また同じような日常が戻ってきたのだ、と実感した。


 皇都に戻り、アルヴァートと共に宰相の元へ報告に伺ったところ、処分を受けるどころか、今回の采配について謝罪され、改めて姫君付きの護衛の任務をお願いされた。

 ただ、期限付きとなり、近衛騎士団が設立するまでの間となった。


「最初からそうするべきであると進言はしていたのだが、こんな事態となり、申し訳ない」


 宰相は大きく息を吐き、机の上で、手の指を組む。


「有事の際は第1騎士団としての任務を優先して欲しい」


 リリーナは不思議に思う。この世界に、近衛騎士団というものがあっただろうか。

 自分の知っている世界と、何かが少しずつ違ってきている。


「私はシグル・オロラムと申します。ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません」


 つい考え込んでしまっていたリリーナは、耳に届いた声にハッとし、慌てて、気を引き締めた。姫君の方に視線を向けると、シグル氏が姫君に頭を下げていた。


 身なりもきちんと正装し、背も高く体格の良いシグル氏は、どこから見てもオロラム公爵家の立派な青年だ。普通に挨拶をしているだけなのに、ぎこちなく見えてしまうのは、彼の素の姿を知っているからなのだろうか。


「まあ、その髪と瞳の色は……」


 姫君は椅子から立ち上がり、驚いた様子でシグル氏を見つめた。黒髪に茶色がかった瞳。懐かしむように微笑まれ、シグル氏は居心地悪そうに頭を掻く。


「あー、何だ?その、俺の色が珍しいんデスカ?」


 急に素に戻ってしまったシグル氏の言葉に、姫君は笑う。


「いいえ、私と同じですね」


 姫君に椅子をすすめられ、シグル氏はため息をついて席についた。まじまじと見つめられ、姫君に視線を向けることができず、横を向いたまま咳払いをした。


「あー、……いえ、姫君の髪はそんなに黒く見えないんデスガ」


 相変わらず語尾がおかしいのは、緊張の現れか、普段使わない言葉に慣れないだけなのか。


「いいえ、私の故郷の色です。不思議ですね。顔立ちは違うのに、見慣れた色がとても懐かしいです。それと、シグルさん。普通に話してくれたほうが私は嬉しいです」


 姫君が嬉しそうに笑うので、シグル氏は困ったようにまた頭をかき、チラリとリリーナを見た。


「シグルさんは普段はどういうお仕事を?」


 姫君に質問され、シグル氏は視線を自分の手元に戻す。


「……年中、海の上デスヨ。商船を襲う海賊や海竜から商船を守るため、航路の巡回をしておりマスヨ」


「まあ」


「……姫君は、その……」


 シグル氏はチラリとリリーナを見る。何度もこちらを見る視線に気付き、リリーナは、何か聞かれたくないことがあるのではないかと思い、背を向けた。


「トォーリィ、ここを頼める……?」


 リリーナは片膝をつき、足元でのんびりとしていたトォーリィの背を撫ぜた。

 姫君はいつにもなく、よくお話になる。シグル氏は相変わらずぎこちないが、危害を加えるような心配は必要ない。


「お願いね。私は外にいるから」


 リリーナはトォーリィに微笑むと、部屋の外に出た。


 同席を望んでいたアルヴァートは、今回もここにはいない。朝から姿を見ていないので、昨夜のうちに任務として派遣されている隣の領地へ戻ったのだと思う。目覚めた時、隣に彼がいなくて、少し寂しくなった。いつの間にか、そう感じるようになってしまった自分に驚く。


 リリーナは小さくため息をついた。


 求められるまま肌を重ねる内に、幸せを感じ、同時に恐ろしくなる。手の平からこぼれ落ちる砂のように、いつか手にしたものを失ってしまう。わずかに残された思い出だけで、生きてはいけないだろう。

 リリーナは自分の両手を見つめ、ゆっくりと握りしめた。


 部屋の中から、姫君の笑い声が聞こえた。


(良かった。姫君が嬉しそうで)


 リリーナはホッとする。自分が護衛の任務を放り出して、ロビ・メイジャ領に向かったため、随分、心配をかけてしまった。戻ってきた自分を責めることもなく、嬉しそうに微笑まれた姿を思い出し、リリーナはとても申し訳なく思った。


 姫君が想いをよせる攻略対象者と肌を重ねるほど深い関係にある自分。姫君付きの護衛として一番近くにいながら、同時に一番裏切っているような気がしてならない。


 デイン家の家風から公にすることがないと思っていたが、昨夜開かれた夜会に、アルヴァートの父であるベルナンド辺境伯のパートナーとして出席し、娘として紹介されてしまった。


 そう遠くないうちに、正式に決まった婚約者であることが、姫君の耳に届くかも知れない。その時、姫君はどんな思いをされてしまうのだろう。



 サロンの扉が開かれて、シグル氏が姿を現した。お話が終わったのだろうか。


「俺を閉じ込めるとは、さすがだな」


 扉が閉まるのを確認してから、シグル氏は襟元を緩めながら、リリーナを軽く睨んで、呟いた。


「おっしゃっている意味がわかりませんが?」


 リリーナは不思議そうに首を傾ける。


「逃げようにも扉の前に狼がいるし、姫君はいろいろ話しかけてくるし、お前は外に出るし、調子狂うだろ」


「何度もこちらを見られるので、席を外しただけですが」


「かー。気のつかい方が違うんだよ。それよりも」


 シグル氏は頭をかいた後、両手を腰に当てて、ずいっとリリーナの顔を覗き込んだ。


「ふーん、よく隠されてるねぇ、なるほど?」


 その後、慌てて周囲を見回してホッとするシグル氏の行動にリリーナはまた首を傾げる。


「あんまり近付くと騎士団長さんに殺されるからな、危ねー」


「その話し方で姫君とお話されたのでしょうか?」


「んな訳ねーだろ。皇女殿下だぞ。いくら俺でも、きちんとお話して見せマスヨ」


 おかしな語尾にリリーナは笑った。


「笑うことねーだろ」


 シグル氏は横を向き、小さく咳払いをする。


「まあ、俺は最初に会ったブチ切れてるお前の姿も、騎士団長にべったり甘えていたお前の姿も、昨夜会ったお前の姿も、普段のお前の姿も、何故か覚えているけどな……騎士団長さんには絶対に秘密だぞ?」


「な……何ですか?!べったり甘えている姿って……」


 聞き捨てならない言葉に、リリーナは驚く。

 シグル氏は予想外の反応が楽しくて、ニヤニヤと笑った。


「知っているのは俺だけでいい」


 アルヴァートが口にする言葉を流用する。効果は抜群で、リリーナは真っ赤になって黙って俯いてしまった。


「どんだけ好きなんだよ?昨夜もあれからお楽しみか?うらやましいな」


 シグル氏は呟く。リリーナは何も返す事ができない。


「何か楽しくなっちまってな、たまに皇都へ来る口実になるし、辞退すんのやめた。そういや、騎士団長さんはどこにいるんだ?今晩、一緒に飲もうぜ。じゃ、また後でなー」


 すっかり素に戻ったシグル氏は、リリーナに背を向けると歩き出した。ヒラヒラと手を振っている。


 これで、姫君と全ての婚約者候補との面会が終わった。

 ここから始まるのか、それとも、やはりすでにルート選択は終わっているのか。


 シグルの後ろ姿を見送りながら、リリーナはそっと頭を下げた。

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