34.認識
シグル視点です。
第1騎士団と行動を共にして、よくわかったことがある。
アルヴァートのリリーナに対する完全包囲セキュリティが半端ない。
毎日、顔をあわせていれば、リリーナがどういう姿で、団員が口を揃えて言う、瞳が潤んで愛らしい副団長様だという認識ができる。会わないと、彼女の存在はあるが、こんな風だった、という曖昧なものになり、姿が思い出せないのだ。また、リリーナの周りには認識できないだけで、常に数匹の守護獣が護衛しているし、誰も彼女に近付けない。
「まぁ、よく隠されているよねぇ」
ダリウスが飲み物を片手に、呆然としているシグルに声をかけた。
「君は第1騎士団としばらく行動を共にしたから、まだ解るだろう?ノーザン・イレグニス辺境伯が連れている姫君が誰なのか」
「……いえ、初めてお目にかかります」
「ほう?」
皇都に到着した次の日、シグルを歓迎するために、現宰相であるサジール家主催で急遽、夜会が開かれた。その会場に、ノーザン・イレグニス辺境伯が、麗しい姫君を連れて現れた。
デイン家当主を招待し、出席させるとは、さすが、サジール家の力を示したというところか。参加者は驚きを隠せない。
「あちらが幻と言われるデイン家の姫君だ」
プラチナブロンドの髪を美しく結い上げ、波打つような深い藍色のドレスを着た、すらりとしなやかに、指先まで美しい姫君。ドレスに施された銀糸の刺繍と宝石は、夜空に瞬く星のようだ。彼女の首元や耳元を飾る装飾品も、その美しさを増すように輝き、視線をそらすことができない。
ふとこちらを見つめられ、ふわりと微笑まれ、シグルは息が止まりそうになった。慌てて周囲を見渡す。どこかに恐ろしい騎士団長が居るのではないか?殺されてしまう。
「あちらは君を知っているようだが?」
ダリウスは面白そうに笑う。飲み物を口にして、様子をうかがわれているが勘弁してもらいたい。
確かに、幻の姫君はリリーナだ。不思議な色合いの瞳を持つ女性を他に知らない。
ノーザン・イレグニス辺境伯が自分に近付いてくるのを見て、シグルは内心、悲鳴を上げた。撤退したい。
「ダリウス様、シグル様、お初にお目にかかります。ノーザン・イレグニス辺境領を任されております、ベルナンド・デインと申します」
ベルナンド辺境伯は静かに頭を下げる。
挨拶を返しながら、シグルは思う。今すぐ、自分の公爵家の身分と、皇女殿下の婚約者候補という立場を返上したい。得体の知れない魔獣に狙われている感覚が強すぎて怖すぎる。先日の魔竜が雑魚に思える程の威圧感なのだが、親子共々どういう化け物なのだ。
「シグル様におかれましては、先日、息子の失態によりご迷惑をおかけしましたことを、お詫び申し上げます」
「いえ、詫びなど不要です。魔竜を討伐していただいたことを感謝しております」
普段使わない言葉を使うのは難しい。内心冷や汗だらけのシグルの様子を、ダリウスは面白そうに見ている。
「そちらの方は?」
ダリウスの質問に、ベルナンド辺境伯は少し目を細めた。笑っているのか、睨んでいるのか、よくわからない表情だ。
「我が娘です。嫁には出しませんぞ」
嫁にもらうのだから、嫁に出すはずがないのだが、名を教えることはなく、これ以上聞くな、という無言の圧力が強い。
「お美しい方、またお会いできて光栄です」
ダリウスの言葉にデインの姫君が淑女の礼をとる。ベルナンド辺境伯の満足そうな表情から察するに、美人の娘ができたので自慢したいのだろう。
「これは、ベルナンド辺境伯。私はディガス・モルドナーと申します。お会いできて光栄です」
ベルナンド辺境伯の周囲に人が集まってきている。招待客の中にいたディガスが現れ、丁寧に頭を下げた。
「おや、モルドナー公爵の末のご子息様ですか。お懐かしい。立派になられ、お父上もお喜びでしょうな」
どういう繋がりがあるのか、ベルナンド辺境伯は親しげに頷いた。ディガスはリリーナに向き直り、片膝をつく。
「お美しい方、私と1曲、踊ってはいただけませんか」
「断る……!」
会場に響いた声に、ざわついていた人々の目が向けられた。
慌てた様子で、正装したアルヴァートが駆けつける。息が上がっている姿が珍しい。
「久しいな、我が息子よ」
「父上もご健在で何よりでございます」
一体、何が始まるのかと注目を浴びる中、アルヴァートはリリーナを抱き寄せると、その髪に、胸にさしていた青い生花を飾った。
「私の姫を、花もなく連れ出すとは、どういうお考えあっての事でしょうか」
ベルナンド辺境伯は何も答えず、意味深に笑う。
「やぁ、アルヴァート」
ダリウスが睨み合っている親子にのんびりと声をかける。
「君はいつ結婚したんだい?」
「ダリウス様、場をお騒がせして申し訳ありません」
アルヴァートはダリウスの質問には答えず、姿勢を正すと頭を下げる。
「君には驚かされるねぇ。ところで、何とかならないだろうか」
呆然としているディガスを見て、ダリウスが申し訳なさそうに笑う。
「ディガスは悪い奴じゃないんだ。1回踊れば、気がすむだろう。君の姫君の熱烈な信者のようだからね。デインの花に挑む無謀な彼を、救ってやってはくれないだろうか」
「私の後でいいだろう?我が息子よ」
答えないアルヴァートにかわり、ベルナンド辺境伯が口を挟んだ。元々、リリーナはベルナンド辺境伯のパートナーとして夜会に出席している。決定権は彼にある。
「後はお前が連れ帰るなり、好きにすれば良い。私も踊る我が娘を見てみたい」
「……わかりました」
アルヴァートはすごく嫌そうに了承するが、リリーナを抱き寄せたまま離そうとしない。
「君の温情に感謝するよ、アルヴァート」
「さあ、我が娘。こちらへ」
ベルナンド辺境伯がリリーナに手を差し伸べる。抱き寄せる腕が強まり、リリーナはアルヴァートを見上げた。
「アル……?」
アルヴァートは黙って見つめたまま、手を離さない。
「……アル、大好きよ。後で迎えにきてね」
リリーナは彼の頬に触れ、ふわりと微笑んだ。
「ああ……」
アルヴァートは泣きそうな表情をするが、リリーナの手に自分の手を重ね、手の平と髪に口付けを落とすと、射殺しそうな視線を向けてベルナンド辺境伯に差し出した。職務中、ほとんど無表情な彼の表情が、いろいろ変わるところを見るのは珍しい。
「どこも大変だな……」
皆が呆然としている中、シグルは呟く。
「アルヴァート、その、何か、本当にすまん」
自分が皇都に来なければ、急遽、歓迎の夜会が開かれることもなかったのだ。次の任務で朝から地方へ出掛けていた彼が、慌てて戻ってくることもなかっただろうに。
「シグル様、場をお騒がせして申し訳ありません。お気になさらないでください」
アルヴァートが無表情に戻り、真面目な口調で答える。怒ってくれたほうがよっぽど気が楽だ。
「気の早い当主の自慢と、不甲斐ない私への叱責のようなものです。指定した時間より早くに出席し、花もなく連れ出すとは……腹立たしい限りですが」
「花?君が髪に飾ったあの青い花か」
「彼女に花を贈れるのは私だけです。当家の姫君が蒼華姫と呼ばれる事はご存じでしょうか。装いからそう呼ばれるようですが、主にあの花のことです」
シグルは頷く。先の大戦の頃に、それは美しい蒼華姫がいたそうだ。伝え聞いた姿は、俺の絶世の美女イメージとなった。
リリーナを目の当たりにして、納得した。至近距離であの麗しい姫君に見つめられ、見つめ返せるこの男が凄いと思えてしまう。何故、平気なのだ。いや、平気じゃなかったな。
「知っているのは俺だけいい」
アルヴァートが小さく呟いた言葉に、シグルは彼女の髪を飾る青い花を見つめた。見たことがない花だ。あの花は、やはり魔力があり、特別な意味があるのだろう。
そういえば、と思い出し、シグルはため息をついた。
明日、皇女殿下と会う予定だが、面倒に思えてきた。
帰ってもいいだろうか。




