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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第2章 婚約者候補
33/74

33.面影

シグル視点です。

「魔竜は消滅した、ということにして頂ければ良いかと」


 はっきりと物を言いそうなアルヴァートが、目をそらして曖昧な答え方をする。


「どういうことだ?」


「そうですね、正確には、魔竜は作られたイメージであり、作ったものが存在しているからです」


 アルヴァートはため息をつく。


「魔竜の先に、かなり古い遺跡のような空間がありました。ルナティという言葉について、何か知っていることがあれば、教えていただきたい」


「ルナティ……?」


 シグルはしばらく考え込む。どこかで聞いたような、最近、どこかで見たような。そして、ふと思い出す。


「ルナティは月の涙。海の底に眠る絶世の美女だ。この地に伝わるおとぎ話と魔竜に何の関係が……。まさか、そんな、……俺は認めない!」


 シグルは頭を抱えた。


 伝承は偽りだったのか。ルナティは月夜の晩に目覚め、永遠の愛を求めて、輝く光に手を伸ばす。海の底からご挨拶に来る姿が、麗しい姫君ではなく、現実は超大型の厳つい魔竜でした、では残念すぎるではないか。


「俺は期待していたんだぞ!夢をみさせてくれよ、ルナティ!!」


 何を?とは聞かないでおく。


(……呼んだ?)


 どこからか可愛らしい声がした。空間がポンッと弾け、少女が現れる。プラチナブロンドの髪をゆるく巻き、リボンで飾る女の子。ふんわり花のようなドレスを着て、愛らしく微笑むと、シグルの左腕に抱きついた。


「そう、俺の」


「俺の……?」


 室内が一気に凍りつき、氷の刃がシグルの首に向けられた。


「リナ?リリーナ様?」


 年は12歳頃だろうか、現れた少女は不思議そうに呟くと可愛らしく首を傾げる。


「……取りあえず、落ち着いてくれないか」


 シグルは動かせる右手を掲げ、殺意を含んだ視線を向けるアルヴァートに言った。間一髪のところで刃が止まっている。この距離で避けられるものではないが、下手に動いていたら、確実に死んでいただろう。目の前のアルヴァートの冷酷な視線が、冗談ではないことを物語る。


「内容によりますが……ご説明いただきたい」


 変わらず敬語を使うため、さらに恐怖が増すのだが、何故、彼は怒っているのだろう。


「……何か誤解がある、と」


「彼女の姿はリリーナだ」


「あー、そういうことか。はーん!?」


 衝撃的な事実に、もはやシグルは対応できない。ただ、命は確実に狙われているので、慌てて弁解した。


「俺の姫様のイメージだ!随分昔に、無理矢理参加させられた何かの会で会った姫様で、いかにも姫様らしくて、可愛らしさが記憶に残ってるだけで……」


 アルヴァートの視線の冷たさが変わらない。


「だから、絶世の美女ってのは、こっから成長した姿だろ?」


 さらに視線が冷たくなるのは何故だ。


「……ルナティ、成長するな」


「うん、アルヴァート様がそう願うなら。不思議、不思議。リリーナ様、可愛いい」


 少女はシグルの腕から離れると、部屋の中をくるくると回って、ポンッと消えた。


 沈黙が続く。完全に頭が追いついていかない。未だに命の危機だ。誰かどうにかして欲しい。


「……アル?」


 少し眠っていたリリーナが目を覚まし、見上げて呼んだため、アルヴァートの視線がそれた。氷の刃を解除され、シグルは大きく息を吐く。


「つまり、何だ?ルナティは実在する。姫様は魔竜で、化け物で、無茶苦茶で、俺のイメージ崩壊……ってことか?」


 素直に甘えるリリーナは確かに可愛らしい。魔力の使い過ぎで不安定になると、きっと精神が幼くなってしまう傾向があるのだろう。


 俺の姫様イメージに重なるところがあり、確かに、昔会ったことがある姫様がリリーナ本人であるとすれば、ふわりと微笑んだ時の表情や仕草に面影がある。


 とはいえ、魔竜相手に無茶苦茶暴れていた姿を覚えている訳で、アルヴァートの首に手を回し、唇を寄せるとか、おい、少しは人目を気にしろよ。


「全くどうなってるんだ」


 シグルはため息をつくと、ソファーから立ち上がり、2人に背を向けた。


 そもそも、何故、恋人が副団長なのだ。


 デイン家の男性は愛情深いのか、彼女の瞳に他人がうつることを嫌い、公の場に大切な女性を出さない傾向がある。他人の記憶に残ることも嫌うのに、恋人が普通に出歩いて、仕事をしているとか、考えられないのだが。


 まさか、何時でも側に、手の届く距離に置いておきたい、という願望があるとすれば、この男はいつから用意周到に甘い鎖で囲い込んでいたのだろう。


 シグルはゾッとした。本能的に、この騎士団長さんとは仲良くしておいたほうがいいと感じる。


 船長室の扉を叩く音がして、シグルは自分から部屋の外に出た。


「もうすぐ接岸です」


「やれやれだな」


 シグルは報告にきた船員の肩を叩くと、甲板に出た。

 とにかく、魔竜は消滅した。もう、それでいい。



 ***



 次の日、第1騎士団は皇都ヘ向けて出発することになった。

 オロラム公爵邸に挨拶に訪れたアルヴァートの後ろに、副団長としてリリーナが控えている。


(ふーん。戻ったんだな、あれが通常か)


 彼女が背負っていた大剣は、アルヴァートの腰にある。あれを片手剣として扱うのだから、やはり、とんでもない化け物だ。


 リリーナも携えている剣が1本になっているし、何より雰囲気が違う。柔らかく微笑んだ時は、さすがにドキリとした。

 ここからでも、当主である自分の父親が動揺したことが解る。


 初めて屋敷に訪れた時の、襲撃者として間違われた殺伐とした姿が嘘のようだ。


 シグルは領主から少し離れた椅子に腰掛け、手すりに頬杖を付きながら、アルヴァートの挨拶を聞き流し、リリーナを観察した。


(姫様ねぇ……)


 何の嫌がらせかわからないが、公爵の息子で年が近いから、ということで、皇女殿下の婚約者候補に選ばれた。全く興味がなく、要請されても、海上にいるから、と言って無視をした。


(皇女殿下ってのを、1度見に行ってもいいかな)


 真の姫君に興味がわく。まだ望みを捨てていない。


「第1騎士団長殿にお願いがある」


 オロラム公爵は少し悩んだ末、沈痛な表情でゆっくり口を開いた。


「我が愚息を皇都に連行してはくれないだろうか」


 シグルの頬杖が外れる。何を言い出すんだ、この人は。


「ハッ。連行、でしょうか?」


「縄で縛ってくれて構わない。珍しく屋敷にいる時で良かった。何の間違いか、シグルが姫君の婚約者候補の一人に選ばれた。とんでもない嫌がらせだ」


 息子と見解は同じだが、縄で縛ってまで連れて行って欲しいとは、穏やかでない。


「何の幻想を抱かれているのかはわからないが、当人を目の前にすれば、候補から外れてくれるだろう」


 オロラム公爵は深いため息をつく。


「1度も顔を出さないから、と皇都から何度も呼び出されても困るのだ。こう見えてシグルは船を扱う腕がいい。航路を守る者が船から降りる意味を、少しはわかればいいのだ」


「かしこまりました」


 アルヴァートが頭を下げるのを見て、シグルは立ち上がった。


「縄で縛らなくてもいいだろ。普通に行って、顔を見て、辞退して帰ってこればいいんだろ?」


「……逃げないのか?」


 父親の言葉に呆れるが、これまでそうしてきたので言い返す言葉がない。シグルはアルヴァートに視線を向けた。


「世話になるが、皇都までよろしく頼む」


 船を降りてまで付き合うことになるとは、正直、考えてもいなかった。どんな風の流れかはわからない。

 乗ってみてもいいかな、と思えた。

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