33.面影
シグル視点です。
「魔竜は消滅した、ということにして頂ければ良いかと」
はっきりと物を言いそうなアルヴァートが、目をそらして曖昧な答え方をする。
「どういうことだ?」
「そうですね、正確には、魔竜は作られたイメージであり、作ったものが存在しているからです」
アルヴァートはため息をつく。
「魔竜の先に、かなり古い遺跡のような空間がありました。ルナティという言葉について、何か知っていることがあれば、教えていただきたい」
「ルナティ……?」
シグルはしばらく考え込む。どこかで聞いたような、最近、どこかで見たような。そして、ふと思い出す。
「ルナティは月の涙。海の底に眠る絶世の美女だ。この地に伝わるおとぎ話と魔竜に何の関係が……。まさか、そんな、……俺は認めない!」
シグルは頭を抱えた。
伝承は偽りだったのか。ルナティは月夜の晩に目覚め、永遠の愛を求めて、輝く光に手を伸ばす。海の底からご挨拶に来る姿が、麗しい姫君ではなく、現実は超大型の厳つい魔竜でした、では残念すぎるではないか。
「俺は期待していたんだぞ!夢をみさせてくれよ、ルナティ!!」
何を?とは聞かないでおく。
(……呼んだ?)
どこからか可愛らしい声がした。空間がポンッと弾け、少女が現れる。プラチナブロンドの髪をゆるく巻き、リボンで飾る女の子。ふんわり花のようなドレスを着て、愛らしく微笑むと、シグルの左腕に抱きついた。
「そう、俺の」
「俺の……?」
室内が一気に凍りつき、氷の刃がシグルの首に向けられた。
「リナ?リリーナ様?」
年は12歳頃だろうか、現れた少女は不思議そうに呟くと可愛らしく首を傾げる。
「……取りあえず、落ち着いてくれないか」
シグルは動かせる右手を掲げ、殺意を含んだ視線を向けるアルヴァートに言った。間一髪のところで刃が止まっている。この距離で避けられるものではないが、下手に動いていたら、確実に死んでいただろう。目の前のアルヴァートの冷酷な視線が、冗談ではないことを物語る。
「内容によりますが……ご説明いただきたい」
変わらず敬語を使うため、さらに恐怖が増すのだが、何故、彼は怒っているのだろう。
「……何か誤解がある、と」
「彼女の姿はリリーナだ」
「あー、そういうことか。はーん!?」
衝撃的な事実に、もはやシグルは対応できない。ただ、命は確実に狙われているので、慌てて弁解した。
「俺の姫様のイメージだ!随分昔に、無理矢理参加させられた何かの会で会った姫様で、いかにも姫様らしくて、可愛らしさが記憶に残ってるだけで……」
アルヴァートの視線の冷たさが変わらない。
「だから、絶世の美女ってのは、こっから成長した姿だろ?」
さらに視線が冷たくなるのは何故だ。
「……ルナティ、成長するな」
「うん、アルヴァート様がそう願うなら。不思議、不思議。リリーナ様、可愛いい」
少女はシグルの腕から離れると、部屋の中をくるくると回って、ポンッと消えた。
沈黙が続く。完全に頭が追いついていかない。未だに命の危機だ。誰かどうにかして欲しい。
「……アル?」
少し眠っていたリリーナが目を覚まし、見上げて呼んだため、アルヴァートの視線がそれた。氷の刃を解除され、シグルは大きく息を吐く。
「つまり、何だ?ルナティは実在する。姫様は魔竜で、化け物で、無茶苦茶で、俺のイメージ崩壊……ってことか?」
素直に甘えるリリーナは確かに可愛らしい。魔力の使い過ぎで不安定になると、きっと精神が幼くなってしまう傾向があるのだろう。
俺の姫様イメージに重なるところがあり、確かに、昔会ったことがある姫様がリリーナ本人であるとすれば、ふわりと微笑んだ時の表情や仕草に面影がある。
とはいえ、魔竜相手に無茶苦茶暴れていた姿を覚えている訳で、アルヴァートの首に手を回し、唇を寄せるとか、おい、少しは人目を気にしろよ。
「全くどうなってるんだ」
シグルはため息をつくと、ソファーから立ち上がり、2人に背を向けた。
そもそも、何故、恋人が副団長なのだ。
デイン家の男性は愛情深いのか、彼女の瞳に他人がうつることを嫌い、公の場に大切な女性を出さない傾向がある。他人の記憶に残ることも嫌うのに、恋人が普通に出歩いて、仕事をしているとか、考えられないのだが。
まさか、何時でも側に、手の届く距離に置いておきたい、という願望があるとすれば、この男はいつから用意周到に甘い鎖で囲い込んでいたのだろう。
シグルはゾッとした。本能的に、この騎士団長さんとは仲良くしておいたほうがいいと感じる。
船長室の扉を叩く音がして、シグルは自分から部屋の外に出た。
「もうすぐ接岸です」
「やれやれだな」
シグルは報告にきた船員の肩を叩くと、甲板に出た。
とにかく、魔竜は消滅した。もう、それでいい。
***
次の日、第1騎士団は皇都ヘ向けて出発することになった。
オロラム公爵邸に挨拶に訪れたアルヴァートの後ろに、副団長としてリリーナが控えている。
(ふーん。戻ったんだな、あれが通常か)
彼女が背負っていた大剣は、アルヴァートの腰にある。あれを片手剣として扱うのだから、やはり、とんでもない化け物だ。
リリーナも携えている剣が1本になっているし、何より雰囲気が違う。柔らかく微笑んだ時は、さすがにドキリとした。
ここからでも、当主である自分の父親が動揺したことが解る。
初めて屋敷に訪れた時の、襲撃者として間違われた殺伐とした姿が嘘のようだ。
シグルは領主から少し離れた椅子に腰掛け、手すりに頬杖を付きながら、アルヴァートの挨拶を聞き流し、リリーナを観察した。
(姫様ねぇ……)
何の嫌がらせかわからないが、公爵の息子で年が近いから、ということで、皇女殿下の婚約者候補に選ばれた。全く興味がなく、要請されても、海上にいるから、と言って無視をした。
(皇女殿下ってのを、1度見に行ってもいいかな)
真の姫君に興味がわく。まだ望みを捨てていない。
「第1騎士団長殿にお願いがある」
オロラム公爵は少し悩んだ末、沈痛な表情でゆっくり口を開いた。
「我が愚息を皇都に連行してはくれないだろうか」
シグルの頬杖が外れる。何を言い出すんだ、この人は。
「ハッ。連行、でしょうか?」
「縄で縛ってくれて構わない。珍しく屋敷にいる時で良かった。何の間違いか、シグルが姫君の婚約者候補の一人に選ばれた。とんでもない嫌がらせだ」
息子と見解は同じだが、縄で縛ってまで連れて行って欲しいとは、穏やかでない。
「何の幻想を抱かれているのかはわからないが、当人を目の前にすれば、候補から外れてくれるだろう」
オロラム公爵は深いため息をつく。
「1度も顔を出さないから、と皇都から何度も呼び出されても困るのだ。こう見えてシグルは船を扱う腕がいい。航路を守る者が船から降りる意味を、少しはわかればいいのだ」
「かしこまりました」
アルヴァートが頭を下げるのを見て、シグルは立ち上がった。
「縄で縛らなくてもいいだろ。普通に行って、顔を見て、辞退して帰ってこればいいんだろ?」
「……逃げないのか?」
父親の言葉に呆れるが、これまでそうしてきたので言い返す言葉がない。シグルはアルヴァートに視線を向けた。
「世話になるが、皇都までよろしく頼む」
船を降りてまで付き合うことになるとは、正直、考えてもいなかった。どんな風の流れかはわからない。
乗ってみてもいいかな、と思えた。




