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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第2章 婚約者候補
32/74

32.解氷

前半はリリーナ視点。

後半はシグル視点です。

「彼を助けて……!」


 告げられた言葉に、リリーナの感情が爆発した。

 何を言っているのだ。こんな場所に彼を捕らえておきながら、その姿で、これ以上、何を惑わせようというのか。


「ふざけるな!」


 リリーナは地面を蹴り、斜めに切り落とした。着地して、回転をかけてなぎ払う。背景に見える宮殿のような壁や床が一緒に破壊され、瓦礫となった。


「やめて!お願い!話を聞いて!」


 両手を広げてアルヴァートを庇うドレス姿のリリーナを、炎の矢が襲う。更なる追撃として、稲妻が撃ち落とされた。


「彼が死んでしまうわ!!」


 ドレス姿のリリーナが泣き叫ぶ。何故、あれ程の攻撃を受けておきながら、いつまでもその姿を保っていられるのか。その質問に答えるように、彼女は叫んだ。


「この姿は彼の心にある貴女の記憶を投影したもの。これ以上、攻撃すれば、彼が死んでしまう。貴女のことも忘れてしまう!そんな事は望んでいない!」


「何を言っている?」


「ごめんなさい。もうやめて……」


 ボフンと音を立てて、目の前で姿が消えた。

 ポトリと地面に落ちたのは、手に乗るサイズまで小さくなったトカゲのようなもの。

 見逃さず、急降下したアイシャが鋭い鉤爪でトカゲの身体を押さえつけた。息の根を止めようと握りしめて、何か思い出したように攻撃を止める。


 リリーナは剣を降ろした。獲物を取り押さえているアイシャの側ヘ近付くと、片膝をついた。トォーリィが放電をやめて、リリーナの側に歩み寄る。


「お前は何者だ?その姿が本来の姿であるなら、何故こんなことをした?」


(ごめんなさい……。私はルナティ。ずっと寂しくて、次に目覚めたら、一緒に過ごせる人を探しに外に出ようと決めていた)


 トカゲのようなものはルナティと名前を告げた。

 アルヴァートの記憶に触れ、自分の姿を模していたからだろうか、トォーリィやアイシャと違い、言葉が直接伝わってくる。


(皆が恐れる強そうな姿にすれば、強い人に出会えると思った。そうしたら、ものすごく強い人が現れて、嬉しくて、一緒にいたくて……ぐえッ)


 アイシャの気に障ったのだろう、息の根を止められそうになったルナティが変な声を出す。


「アイシャ、ありがとう。ルナティを離してあげて」


 アイシャはお願いされて仕方なくルナティから足を離したが、信用できないようで片足を上げたまま、睨みをきかせている。トォーリィも取り囲むように、側に腰を降ろした。


「ルナティ、とりあえずここに入りなさい」


 事情を聞く前に死なれても困るため、リリーナはポーチからガラス瓶を取り出すと蓋を開け、溶けて溜まった水を半分入れて、ルナティの前に置いた。ルナティは大人しく入る。すかさずアイシャがビンの上に足を置いて出口をふさいだ。


(ありがとう。やっぱり貴女は優しい。彼の心にある貴女の姿はとても優しくて愛しくて、貴女の姿になれば受け入れてくれると思った。けれども、攻撃は止まったけれど、彼は自分で魔術をかけた。内側から完全に拒絶された。ごめんなさい。こんな悲しい事を望んだ訳じゃない)


 リリーナはアルヴァートの氷塊を見上げる。

 彼の魔力は強大だ。内側から発動しているのなら、どんなに頑張っても、自分の魔力では溶かす事ができない。


「そんな……」


(とても優しくて愛しい貴女なら助けられる?待っていたの。来てくれて嬉しかった。貴女もとても強い。助けられる?)


 リリーナは立ち上がり、アルヴァートの氷塊を抱き締めた。


「……いいえ」


(……え)


 ルナティの瓶の水が揺れて小さな音を立てる。


「彼の魔力は私よりはるかに強い。私では溶かせない……」


 ここまで迎えに来たのに、彼はここにいるのに、何と無力なのだろう。背中の大剣を使えば、砕けるだろうか。力まかせに砕いて、果たして目覚めるだろうか。


 アイシャは瓶から足を退けると、トォーリィに見張りをまかせてリリーナに近付いた。


「アイシャ……?」


 アイシャがルナティを睨みつける。


(腹立たしいけれど、貴女に言葉が通じるなら伝えて欲しい、とアイシャが言っている。貴女の力になりたい。私の力を使えば、声が届く)


 アイシャは優雅に羽根を広げて、炎を立ち昇らせた。リリーナを包み込み、そのままアルヴァートの氷塊を包み込む。


(彼に呼びかけて欲しい。必ず声が届くから)


「……ありがとう」


 リリーナは心から感謝する。


「アル、迎えにきたの……。私の声が聞こえる……?」


 氷塊を抱き締める腕が震える。


「お願い、私を……私を一人にしないで……ッ!」


 言葉に変えて、自分の気持ちに気付く。

 涙が溢れた。ずっと気を張り詰めてきた。泣くことも忘れて、皇女殿下の任務も放り出して、彼の手掛かりを探して、彼の側にいたくて、こんな風に失いたくなくて……。


「大好きなの、愛してるの……ッ!」


 ビシリと亀裂が入る。リリーナの腕の中から氷塊が砕けていく。バランスを崩して倒れ込むリリーナの体を、アルヴァートが受け止めた。


「……リリィ」


 強く抱き締められる。耳に届いた優しい声に、リリーナの意識が途切れた。



 ***



 シグルはリリーナが消えた後も、念のため、そのまま停泊し、帰還を待っていた。


 しかし、騎士団長が副団長を連れて、いきなり甲板に現れた時は正直、驚いて叫びそうになった。彼らの帰還に騎士団員も泣いて喜び、姿は見えないが、彼女と一緒に魔竜の口へ飛び込んだ2羽の鳥も一緒ということだ。今は落ち着いて、最寄りの港ヘと帰路についている。


 船長室に案内し、シグルが応接用のソファーをすすめると、腰を降ろしたアルヴァートが真面目な表情で礼を述べた。


「シグル様、この度は2度も船をご用意くださり、ご協力を心より感謝いたします」


「いや……その……」


 シグルは対応に困る。何故、彼は副団長を膝に乗せたままなのだ。


「……何か?」


 この男は真面目に言っているのか?シグルがリリーナに視線を向けると、彼はすごく嫌そうな表情をしたが、言いたい事は伝わったらしい。


「……リリィ?部屋で休むか?」


 アルヴァートがかける言葉や注ぐ眼差しは、恋人に向けるものだ。


「ふーん、そういう関係なのか」


 シグルは頬杖をつく。それならば、副団長様が無茶苦茶キレていた理由が、わからなくもない。


 リリーナは潤んだ瞳で見上げると、小さくいやいやと左右に首を振って拒否し、アルヴァートにキュッと抱きついた。


「……という状況です」


「いや、どういう状況だよ!?」


 確かに、今の様子であれば噂通りの愛らしさだが、どうなっているのだ。勇ましく暴れて、魔竜の口に突っ込んで行った副団長が、騎士団長にべったり甘えて戻ってくるとは、中で何があったんだ。気になるじゃないか。


「魔力の使い過ぎではないかと思われます。落ち着いたら、戻りますので、このままでお許し頂きたい」


 シグルはため息をついた。第1騎士団はどういう部隊なのだ。深く考えたら負けのような気がしてきた。


「それで……?魔竜はどうなった?」


 本題に入ろう、とシグルは話を切り替えた。

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