31.開戦
リリーナは船の甲板に出て、海面を見つめる。
「氷塊はここで途切れている。何もないぞ」
シグルがリリーナの横に並び、突然、途切れてしまった青い光が波に揺れるのを不思議そうに見た。
「海底って訳でもなさそうだな」
シグルは海面を覗き込むが、海中に光は見えない。
シグルが用意してくれた船は、バリスタや大砲が実装された護衛艦だった。商船を襲う海賊船や海竜対策のためらしいが、無駄に武器の数が多いのは彼の趣味らしい。
シグルは俺のこだわりポイントを教えてくれたが、リリーナは何一つ覚えていない。攻撃の手数が多いことを、素直にありがたいと思った。
リリーナは黙って、少し後ろに下がった。停泊した船上の空に大型の魔法陣を描く。
「おいおいおい」
耐久性を高め、防御壁で船を取り囲んだリリーナは、海面を見つめたまま、薄く笑った。ゆらりと炎が立ち昇る。
シグルは慌ててその場から退避した。
リリーナが小さく呟いて、大型の火球を前方に打ち込んだ。
衝撃で船が大きく揺れる。
リリーナが打ち込んだ火球は、まるで飲み込まれるように消えた。対象物に当たれば爆発するはずなのに、目の前から消えたのだ。
シグルは、黙っていきなり火球を打ち込むリリーナにも目を疑ったが、目の前の光景に唖然とした。
何かそこにある。
「トォーリィ、アイシャ、力を貸して」
リリーナが名前を呼ぶと、上空に大型の鳥が2羽現れた。見たことがない鳥が優雅に羽ばたくが、異様な光景に体が震えた。
海面に浮いていた青い光が集められ、凝縮されていく。それはやがて、稲妻のようにバリバリと音を立て始めた。
美しい羽を広げた鳥の前には、炎が轟々と渦巻き始め、海面から水蒸気が上がり始めた。
目の前の副団長は何をやらかそうというのか。もはや悪い予感しかない。
リリーナは後ろを振り返ると、団員に指示を出した。
「内側から破壊する!合図とともに攻撃を開始せよ!」
「ハッ」
リリーナが前を向いて、空に大型の魔法陣を描いた。
光の粒が集まり、できた光球が膨らみながら大きくなっていく。2羽が凝縮していた球を吸収し、超大型の球に姿を変えた。絶対に取り扱ってはいけない高エネルギーを感じる。背筋が凍るレベルとはこのことか。海を干上がらせるつもりか。
「おいおいおい」
無茶苦茶だ。皇国の騎士団はみんな化け物だらけなのか。どこが瞳が潤んで愛らしい副団長様なのだ。この規模が愛らしいなら、他は一体どうなっているんだ。
「私の大切な人を返してもらおう!」
リリーナは海面に向かって球を叩き込んだ。ゆっくりと空間に飲み込まれ、やがて光の亀裂が入り、眩しい光が漏れ始めた。バリバリと崩れ、目の前で強烈な水柱が立ち昇った。
「撃て!」
甲板を蹴って飛びあがったリリーナの声にあわせて、水柱に拘束用のバリスタが打ち込まれた。
耳を塞ぎたくなる咆哮が上がり、リリーナが回転しながら斬撃を放つ。双剣で刃を振るうリリーナを援護するように、次々と稲妻が落ち、炎の矢が打ち込まれた。2羽の鳥は旋回しながら攻撃を続ける。
「撃て!」
大砲が火を吹く。砲弾が筒に次々に飲み込まれ、魔竜に目掛けて飛んでいき、爆発が続けざまに起きた。
「ヒャッハー!!」
砲弾に混じって、どういう仕組みになっているのか、ポーチから大型の爆弾を投げ続ける団員が出現した。今回同行した騎士団員の中で、最も冷静沈着に見えた彼の姿に、シグルは裏切られた気分になる。
「腕が鳴るぜ!!ぐはははは!!」
「罪の重さを知れ!!トカゲ野郎!!」
「ヒャッハー!!」
第1騎士団は戦闘に特化した精鋭部隊と聞いていたが、皆、礼儀正しく、戦闘狂の集まりには見えなかった。
訂正しよう。ヒャッハー!!と言っているだけで、もう何かダメな気がする。
「小賢しい!やはり虚像か!?」
2本の剣で魔竜に斬撃を続けるリリーナが叫んだ。
「回避!」
リリーナの声にあわせて団員が防御回避の体制をとる。
強烈な咆哮があがり、空間が振動した。うまく立っていられないシグルは片膝をついた。リリーナは剣を鞘に戻し、背中の大剣を抜いた。
「やっぱり使うじゃねえか」
「はああああああッッッ!!!」
リリーナは両手で握り、真っ直ぐに振り下ろす。太刀筋にそって、轟音と水柱が上がった。
本当に無茶苦茶だ。船は副団長様の防御壁のお陰で無事だが、海面は繋がっている。暴れる波に翻弄され、転覆しないことを祈るしかない。
「そこかッ!!」
大剣を振り被ったリリーナが、仰け反って大きく開いた魔竜の口に飛び込んだ。2羽も続いて飛び込む。
「待てッ!!」
シグルは叫んだ。前回と同じだ。騎士団長も魔竜の口に飛び込み、爆風と共に消滅した。
「カルバイン副団長!!」
繰り返される光景に、騎士団員からも声が上がる。
爆風が起こり、彼らの目の前で、リリーナの姿も魔竜の姿も消滅した。
***
(転移魔法か………?)
リリーナは転移ゲートを使った時のように、空間が切り替わった感覚を受ける。
魔竜の超大型の姿は虚像だ。どこを攻撃しても全く手応えがない。大剣を振るって切り開いて見れば、やはり核のように、中心に本体が隠れているのがわかった。魔竜が大きく口を開けた時、リリーナは誘いにのることにした。
「氷の床……?」
地面がある。周りを見渡せば、外壁が凍りついている部分が多いが、洞窟のようだ。うっすらと青い光を帯びているのはアルヴァートの魔力の痕跡だろうか。
リリーナは大剣を背中に戻す。一緒に付いてきたアイシャはリリーナの肩に乗り、トォーリィは狼の姿に変わり、前を歩いた。気のせいか、トォーリィがちょっと大きくなっている。
しばらく何も起きないまま、洞窟を抜けると、氷漬けの広い空間に出た。水が流線の形状を残したまま彫刻のように凍っているのを見て、リリーナは以前見た凍りついた噴水を思い出した。
間違いない、アルヴァートがここで戦った痕跡だ。
(一体どこに……?)
リリーナは不安になる。静かすぎるのだ。
彼がここにいなくても、まだ戦闘中であるならば、何かしら振動や音が伝わるものだ。立ち止まって耳をすましてみても、何も聞こえない。
氷漬けの遺跡のような門があり、リリーナは念のため剣を抜くと、くぐり抜けた。
前を歩くトォーリィが立ち止まり、唸り声を上げた。
アイシャが肩から飛び上がり、炎を揺らめかせて羽ばたいた。
凍りついた庭園のような中心に、人影があった。
リリーナは目を疑う。
まるで封印されたように、氷塊の中で眠るアルヴァート。
その横で、泣きながら座り込むドレス姿の女性。
振り返って見上げたその女性は、自分と同じ顔をしていた。




