30.痕跡
リリーナは海岸線に出た。
(彼の痕跡は海岸に打ち上げられた氷塊にある。まずはそこへ向かいなさい)
ブルナ氏の言葉を思い出し、馬を走らせる。
(出発地として報告書にあった場所はこの辺り。でも、何もない……)
リリーナは上空を見上げた。大鷲の姿のトォーリィが風に乗って飛んでいる。祈るように見つめていると、トォーリィが岬の向こうで旋回を始めた。それに気付いたアイシャが飛び立ち、トォーリィの元へ向かう。
(見付けた?)
リリーナは海岸から陸地へ戻り、岬へ向かう。村を抜けて、海沿いに走り続けると、切り立った崖の上に出た。
トォーリィは旋回を続けていたが、リリーナの姿を確認すると海面に急降下した。
リリーナは馬から降り、崖下を覗き込んだ。キラキラと輝く光が、無数に見えた。
(あれは、まさか……)
戻ってきたアイシャが首を向ける先に、崖から下へ降りる道が続いていた。
(見付けた……!)
崖下へ続く道を地面を蹴って、リリーナは飛び降りるように下る。どんな形でもいい。そこに手掛かりがあるなら、手を伸ばしたい。
崖下の岩場には無数の氷塊が打ち上げられていた。岩にぶつかり、砕ける音がする。
リリーナは砕けて転がった小さな氷塊を手に取った。
感じる魔力に息をのむ。
間違いない。これはアルヴァートの魔力だ。
(彼はどこに……?)
リリーナが周囲を見渡すが、他に何も手掛かりがない。
岩場に降りたトォーリィが氷塊の欠片をついばむと、音を立てて青い光が溢れ出し、共鳴するように氷塊が輝き出した。その光は沖へと続いている。
(この先の海……!?)
リリーナは光る海面を見つめる。急いでポーチから小瓶を取り出し、輝く氷塊を入れ、状態保存の術をかける。崖の上に戻り、高い位置から確認して、確信した。
(道がある。この先に彼がいる……!)
あの場所へ急がねばならない。手掛かりは見付けた。そのために協力を要請しよう。
リリーナは馬に跨ると、ロビ・メイジャ領の主要都市ゴルレアヘと向かった。
***
リリーナは領主であるオロラム公爵邸を訪れる。
背中に大剣を背負い、両腰に剣を2本ずつ携え、合計5本の剣を帯刀するリリーナの来訪に、門扉を警護する者が戸惑った。
正面から堂々とやってきた襲撃者なのではないか、と身構えている様子に気づき、リリーナは外套のフードを外す。
「皇国第1騎士団アルヴァート・デイン配下、リリーナ・カルバインと申します。領主様にお会いしたい」
驚く門番を黙って見つめると、慌てて扉が開かれた。別の者が屋敷に伝えるため、走っていくのが見える。
リリーナは馬の手綱を持って、玄関へと向かう。
(襲撃者扱いとは酷いじゃない?)
皇国騎士団の外套に見覚えがないとは何事だ。ちょっといつもより、剣が多いだけではないか。
微笑むことがなく、不機嫌な雰囲気が伝わるため、緊張が走っていることにリリーナは気付いていない。
「ようこそ、カルバイン副団長」
出迎えた者に馬の手綱を渡し、リリーナは開かれた玄関扉を真っ直ぐに進んだ。外套を着たままの意味を理解して欲しいため、敢えて脱がない。
(あの方がオロラム公爵)
通された謁見室に入ると、白髪混じりの髪をきちんと分け、気難しい表情の男性が立っていた。着ている衣服に経済流通機関の長官であることを示すピンバッジがついており、リリーナの姿を見ると、開いていた懐中時計の蓋を閉めた。
リリーナは片膝をついて、頭を下げる。
「皇都より宰相の命により参りました、第1騎士団アルヴァート・デイン配下リリーナ・カルバインと申します」
「宰相殿より連絡を受けておる。この度は重ね重ね申し訳なく思う。随分早い到着だが、夜通し馬を走らせて来たのか?」
「いえ、馬を犠牲にすることは致しません。最低限の休養はとっております。手掛かりを掴み、こちらへご協力をお願いしたく参りました」
オロラム公爵は馬をこよなく愛する方だ。自分の外套姿に誤解を受けたようなので、リリーナは静かに否定した。
「手掛かりとは?」
「海岸線を捜索したところ、第1騎士団長の魔力を感じる氷塊が、ここより北東の岩場に打ち上げられておりました」
「何と!?」
「こちらをご覧頂けますか?」
リリーナはポーチから小瓶を取り出す。
「氷塊の一部です。この光が、沖へと続いております。恐れながら、お願い申し上げます。魔竜の討伐及び第1騎士団長捜索のため、船を1槽出して頂きたい」
オロラム公爵は小瓶を見つめて息をのむ。
「その船、俺が出してやるぜ」
謁見室の扉が乱暴に開き、ぶっきらぼうな声が室内に響いた。ズカズカと足音が近付いて、リリーナの横で止まる。
「ふーん」
黒髪に茶色の瞳、褐色の肌の男性が、リリーナを不躾に覗き込んだ。
「シグル!」
「あんたが噂の、瞳が潤んで愛らしい副団長様か」
姫君の5人目の婚約者候補のシグル・オロラム。皇都に姿を現さない、オロラム公爵の子息の1人だ。他の婚約者候補と違い、年中、船上にいるため、全くもって貴族らしくなく、飾らない性格だったような覚えがある。
「カルバイン副団長。愚息の失礼を詫びる。気を悪くしないで頂きたい」
「いえ、お気遣いありがとうございます。私は第1騎士団アルヴァート・デイン配下リリーナ・カルバインと申します」
「ふーん。俺はシグル。船なら俺が出してやるぜ。騎士団長を乗せたのも俺だしな」
シグルはズカズカと歩くと、部屋にあった椅子をひいて座った。
「あんなことになって、俺も気分が悪い。アイツに1発入れてやらないと、気がすまない性分でな。やり合うんだろ?俺も仲間に入れろよ」
「シグル!お前は相変わらずな物言いだな。何とかならないのか?この方は……」
オロラム公爵のあまりの慌てように、リリーナが顔を上げると、青ざめたまま表情が固まった。まさか宰相からおかしな連絡でも受けたのではないか。
「怒らせちゃいけないんだろ?これだけ武装している女だぜ?それぐらい俺にも解る」
シグルは足を投げ出して、やれやれとため息をついた。
「噂で聞いて想像していた姿と違うが、俺は強い女が好きだ。あんたの戦い方には興味がある」
リリーナは小さく咳払いをすると背中の大剣を外した。ゴトリと鈍い音が室内に響く。
「何か誤解がお有りのようなので申し上げますが、この大剣は騎士団長にお渡しするものです。使えますが、抜きません」
言葉を失う2人に気付かず、リリーナはもう一度金具をとめて背負う。
「私が扱うのはご覧の通り、片手剣です。魔術を併用するため、左に剣は持ちません。騎士団長の折れた大剣から判断し、今回の魔竜討伐に双剣で挑むだけであり、それぞれ予備を携えているだけです」
簡単に言うが、その携えている剣がどれほどの攻撃力を持っているのか、鑑定能力の高い2人にはわかってしまう。
攻撃力の強さは、取り扱える人間の能力の高さを証明している。装備している鎧の防御力もそうだ。あり得ない数値をはじき出しており、目を疑うが、笑うしかない。
「面白いね。騎士団長も化け物だが、あんたも同じだな」
化け物呼ばわりされて、リリーナの視線がきつくなる。
「船はいつ出す?早ければ早い方がいいんだろ?騎士団員のところに案内してやる。ついてこい」
シグルは立ち上がると、リリーナの答えを待たずに扉へと向かった。
「ご協力を感謝いたします」
リリーナはオロラム公爵に挨拶をするとシグルの後を追った。
彼は話が早くて助かる。どうも一方的に強引のようだが、面倒見はいいのだろう。
リリーナは基地で待機している団員の能力を思い出す。
まずは直接、話を聞きこう。その上で、能力に応じて配置する。万全の対策をとりたい。




