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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第2章 婚約者候補
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29.報告

 アルヴァートが消息を絶った。

 彼の代理で出席した会議で、リリーナは信じられない報告を受ける。


「基地に帰還した者の報告によると、第1騎士団長は海域で魔獣と対峙し、海水を利用して拘束を行ったようです。その時に確認された姿から、対象が魔獣ではなく、魔竜であることがわかりました」


 リリーナは基地に帰還した団員が伝えた情報を元に作成された図を見つめる。


 鋭い2本の角、爬虫類のような目に鋭い牙。海竜に共通した鱗とヒレ。大型の翼は持たないようだが、長い胴体は自在に海中を高速で移動し、短い手足についた鋭い爪には猛毒と麻痺があると注釈されている。


「皇国研究機関に問い合わせしましたが詳細がわかりません。海竜の変異種ではないかと調査を続けておりますが、目撃者の証言によると超大型で、超音波のような咆哮を放つようです」


「消息不明とはどういうことなのだ?」


 第3騎士団長から疑問の声が上がる。


「海域が一部凍った後、爆風とともに消滅したとしか報告が上がっておりません」


「あの男が簡単にやられるはずがない。どこかに転移させたか、封印したのではないか。痕跡や他の領地から報告があがってきてはいないのか」


「いいえ。今のところ何も。カルバイン副団長、こちらを確認して頂けますか」


 リリーナは小刻みに震える手を握りしめて、唇を引き結んだ。目の前に差し出された大剣に目を見張る。中央から砕けて折れている。


「何と……!!」


「折れているぞ。そんなまさか……!!」


 会議場がざわめき、息をのむ者と信じられずに立ち上がった者がいた。


「……第1騎士団長の大剣に間違いありません」


 答えた声が自分の声ではないように聞こえる。


「触れても構いませんか?」


「どうぞ、剣はお渡しします」


 リリーナは折れた大剣を握る。

 間違いない。彼の残された魔力を感じる。剣を失っては充分に戦えない。この大剣を砕く程の魔竜と、魔力だけでどう戦うのだ。消耗戦となってしまう。

 アルヴァートが消息を絶って既に丸1日が経過している。安否すらもわからないが、今はただ時間が惜しい。

 リリーナは大剣を机に置いた。


「私を現地に派遣させては頂けませんか?」


 リリーナは議長として会議に出席していた宰相に願い出た。無理なお願いであることはわかっている。


「貴殿は皇女殿下の護衛の任が……」


 誰の声なのかわからない。耳に届いた声に、リリーナの感情が荒ぶった。爆発するように、一気に炎が立ち昇る。


「黙れ!栄誉な任務などくれてやる!不敬だと抜かすなら、私を全力で止めるがいい!」


 リリーナは立ち上がると、剣を抜いた。


「その魔竜が存在するならば、どうせここに戻ることはない。燃やし尽くしてやろう!」


 普段から礼儀正しく、ふんわりと花のように微笑む、愛らしいカルバイン副団長。その豹変ぶりに、場内が固まった。


 ここまで苛烈な激情を秘めていたのか。立ち昇った炎はゆらめいて美しいが、触れれば瞬時に消し炭となるだろう。睨まれた瞳から目がそらせない。


 なぜ彼女が若くして精鋭部隊の中で副団長を務めているのか、理由を忘れていたわけではない。目の当たりにして実感した。彼女も危険人物だ。着火させてはいけない。


「落ち着きなさい、カルバイン副団長」


 宰相の声が静まりかえった会議場に響いた。


「貴女に調査を依頼します。発言も抜刀も、私は見ておりません」


 リリーナは剣を鞘に戻すと、宰相の前に進み出て、片膝をついた。


「謹んでお受けします。すぐに出ます。退席をお許しください」


 立ち上がり、折れた大剣を大切に持って出口に向かうリリーナに、宰相は、待ちなさい、と声をかけた。リリーナは振り返ると姿勢を正す。


「必ず戻りなさい。貴女の喪失も我が皇国にとって、大きな影響となるのですよ」


「お約束はできません」


「ならば、第1騎士団長を連れて共に帰還しなさい。これは命令です」


「……かしこまりました」



 リリーナは急いで第1騎士団員を召集し、事の次第を説明した。同行を望む者が多い中、万が一、自分が戻らなかった事を考慮して、誰も連れていかない事にした。アルヴァートが連れていった者が現地に滞在していることを理由にすれば、皆、納得するしかなかった。


 荷造りして、リリーナは1度、皇都にあるデイン家の別宅を訪ねた。アルヴァートの消息不明を伝える必要があり、招待されていた夜会にも出られないため、辞退を申し出なければならない。


「お待ちしておりました、リリーナ様」


 突然、訪問したリリーナに驚くことなく、執事長は穏やかに迎えた。


「お渡ししたいものがございます」


 執事長はリリーナに大剣を手渡す。


「これをアルヴァート様にお渡しください。あの方も剣なしでは、さすがに苦戦中でしょう」


「あなたはどこまでご存知なのですか!?」


 執事長は黙って微笑んでいる。


「実はリリーナ様をお待ちになっている方が他にもいらっしゃいます。どうぞ、こちらへ」


 執事長が呼んだ人物は、アイシャを肩に乗せたブルナ・シメルジュ氏だった。ブルナ氏が頭を下げると、肩から飛び降りたアイシャも優雅に羽根を広げ、頭を下げる。

 トォーリィも驚いて、リリーナの肩から降りると、狼の姿に変化して睨み合った。


「こんにちは、カルバイン副団長。君が必ずここに立ち寄ると思ってね、ご厚意で勝手に待たせてもらったよ。驚かせてすまないね」


「こんにちは、ブルナ様。なぜ、私を?」


「アイシャを連れて行くといい。君の力になる。何よりも、彼女がそれを望んでいる」


 アイシャは優雅に羽根を広げた。


「第1騎士団長はある意味、空間に閉じ込められているような状態だ。消息不明なのではない。誰も認識できないだけだ。彼を苦しめる魔竜の出現は実に興味深い。調査したいものだね」


「では、生きているのですね?」


 リリーナが大きく息を吐くと執事長が微笑んだ。


「アルヴァート様が貴女を置いて逝くことは、まずあり得ません。苦戦しているだけで、そもそも雑魚に倒されるような方ではありません。帰ってきたら、本邸の旦那様から笑われるか、叱責を受けるだけでしょうか」


「その程度の魔竜なのかどうかわからないが、カルバイン副団長が心配することはないようだよ」


 アイシャがリリーナの肩に乗る。トォーリィが驚いて自己主張を始めた。


「君たちは好かれやすい。その事が僕は原因だと思う。アイシャやトォーリィが一緒なら、向こうから姿を現すだろう。大好きなご主人様をきちんと守っておやり。仲良くするんだよ」


 ブルナ氏はアイシャとトォーリィを優しく見つめ、微笑んだ。


「彼の痕跡は海岸に打ち上げられた氷塊にある。まずはそこへ向かいなさい」


「……ありがとうございます」


「後はそうだね、勝手についてくると思うけれど、調査させて欲しいかな。騎士団長によろしくね」


「リリーナ様、道中、お気を付けて」


 張り詰めていた気持ちが少し穏やかになる。


 リリーナは2人に頭を下げると、馬を走らせた。日が暮れる前にできるだけ前へ進みたい。

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