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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第2章 婚約者候補
28/74

28.役割

 リリーナは寝返りをうつ。


(……眠れない)


 諦めて上体を起こした。ベッドの上で、膝を抱える。肩から髪が滑り落ちた。

 眠れない理由を、本当はわかっている。


(今夜はゆっくり休め)


 そう言って、アルヴァートが任務に戻っていったあの時、自分から離れる手が、遠のく足音が、まるで前兆のように思えて、怖くなったのだ。


 リリーナはベッドから降りた。

 着替えて、談話室へ足を運ぶ。談話室に備え付けられた本棚から、何か借りてこようと思った。書物は気分を変えてくれる。眠くなったられ眠ればいいし、朝まで読みふけることになっても、この寂しい気持ちから救ってくれるならば、それでいい。


 静まりかえった談話室の明かりを付けて、リリーナは本を選び始めた。残念なことに、男性向きの内容ばかりで、読めそうなものがない。


 小さく咳払いが聞こえて、驚いたリリーナが振り返ると、気まずそうなアルヴァートが立っていた。


「……眠れないのか?」


 リリーナは本棚に視線を戻す。


「いいえ」


 気持ちと反対の言葉が口に出る。


「昔から変わらないな」


 言われて、リリーナは思い出した。養成学校時代、眠れない夜に、よくこうして学生寮の談話室ヘ足を運んだ。本を探している時に、必ずといっていい程、アルヴァートが現れた。


「お前の読めそうな本は多分ないぞ」


 かけられる言葉まで、同じだ。


「懐かしいですね……」


 リリーナはアルヴァートに背を向けたまま、うつむいた。


「あの頃は内容が難しすぎるから、そう言われていたのかと思っていました。団長は何故ここに?」


「お前と同じだ」


 アルヴァートはリリーナに近付き、背後から、持っていた本を上段に戻すと、別の1冊を手に取った。


 触れそうで触れない距離が切ない。


「あの頃、談話室の明かりがつくと、またお前が来たのか、と思って見に行った。牽制はしておいたが、無防備にも程がある」


 偶然をよそおいながら、守っていてくれたことが、今ならわかる。養成学校時代を一緒に過ごした期間は1年間だったけれど、その後は自分の代わりにトォーリィを側に付けて、守ってくれていたのだろう。


「……どうかしたのか?」


 覗き込まれて、リリーナは振り返る。アルヴァートの背にそっと腕を回した。彼の存在と温もりを確かめたくなった。


「何でもありません」


「そうは思えないが……」


 かけられる言葉は優しいのに、感じていた違和感が強まる。


 いつものように腕が回されない。髪にも頬にも触れない。

 見上げれば、困ったような表情を向けられる。見下ろす藍色の瞳に自分はうつっているけれど、眼差しが違う。


(そんな……まさか……)


 言葉にできない絶望が押し寄せる。


「……大丈夫か?」


 名前すらも、呼ばれない。


「……ッ」


 胸の痛みでリリーナは目を覚ました。瞬いた時、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。


(夢……???)


 どこまでが現実で、どこまでが夢なのだろう。

 吐く息が浅い。頭痛はするし、胸の動悸がおさまらない。

 リリーナは膝を抱えると、強く目を閉じた。

 何がどうなっているのか、よくわからない。


 あの日、会議から戻ったアルヴァートはすぐに小隊を編成し、夜が明けるとロビ・メイジャ領へ向かった。


 第2騎士団の報告では、詳細不明な魔獣のようなものが目撃されており、自分達では手に負えないので討伐して欲しいというものだった。リリーナは姫君付きの護衛の任務があるため皇都に残り、彼が戻るまで、団長代行の業務を務める事になった。


 今回、改めて気付いたことがある。第1騎士団に入団し、アルヴァートの配下に付いてから、どこへ行くのも一緒であったことを。姫君の護衛という任務がなければ、第1騎士団が分散されることもなく、おそらく余裕をもって一緒に向かっていたと思う。

 離れて違和感を感じるのは、姫君だけではなかった。



 ***



 アルヴァートが出発して2日目の午後、同席を希望していた本人が不在のまま、婚約者候補の1人であるダリウス・サジール氏と姫君の面会が行われた。


 今回、面会する場所は姫君のレッスン室ではなく、宮殿内のサロンへと変更になった。トォーリィものんびりとくつろいでいることから、これまで続いたパターンは起きないのではないか、と予想できた。何となくホッとする。


「リリーナさん、お尋ねしたいことがあります」


「何でしょうか」


 姫君に呼ばれたため、リリーナは側によると、片膝をついた。


「アルヴァートさんから連絡はありましたか?」


 昨日から髪型とメイクが変わった姫君が、紅茶を飲む手を止めて、心配そうにリリーナを見つめていた。


「いいえ、まだ何も。到着はしているでしょうが、ご報告できることがございません」


「そうですか」


 姫君は切なげにため息をつく。リリーナは立ち上がると扉の横に戻った。


「君にそんな顔をさせるなんて、アルヴァートも罪な男だねぇ」


 姫君の向かいで紅茶を飲むダリウスがやれやれとため息をついた。


「アルヴァートにはすでに伴侶がいると言うのに」


「まだ妻はいないと、お話してくれましたわ」


 姫君がちょっとムッとした口調で応える。


「おやおや、君はおめでたいねぇ」


 ダリウスはカップを置いて、長い足を組んだ。


「デイン家の姫君は機密事項だよ。夜会で君も私も挨拶をしたはずなのに、彼の姫君を覚えていないだろう?それが何よりの証拠さ。デイン家の男は、自分の最愛の女性を他人の記憶に残さない。それ程までに愛情深いのか、嫉妬深いのか」


「記憶に残らない姫君なんて、いないのと同じでしょう?」


 姫君の口調が強まる。ダリウスは呆れたように、姫君から目をそらした。


「君の気の強さと他にはない考え方は面白いと思うが、発言には気を付けたほうがいいねぇ」


「どういうことですか?」


「デイン家はイレグニス山脈の国境線を代々、防衛している一族だ。イレグニス山脈が年中雪に覆われているのは何故だと思う?まさか知らない訳はないだろう?」


 首を傾げる姫君に、ダリウスは大きくため息をついた。


「君はもう少し学んだほうが良いねぇ。イレグニス山脈は大型魔獣の巣窟だよ。デイン家の一族が、継続して封印をしている。あまり失礼な発言をするものじゃない。君が皇女殿下といえど、彼らの逆鱗に触れると、氷漬けにされ、魔獣の餌にされかねないよ」


「だって、誰もそんなこと教えてくれないわ」


「困ったもんだねぇ」


 姫君はまだ勉強中だ。領地のことも、成り立ちも役割も、そう簡単に覚えられることはできない。仕方がないのだ。


「それに、君は皇女殿下でアルヴァートは士官だ。彼がノーザン・イレグニス辺境伯の子息で貴族といえど、身分差があり過ぎる。誤解を招くことはしないほうがいいよ」


 姫君は黙り込んでしまう。


「きっと騎士団の役割も知らないんだろうねぇ。君が皇女殿下として宮殿に現れてから、第1騎士団が宮殿務めとなったけれど、第1騎士団は本来、前線で鎮静にあたる戦闘に特化した精鋭部隊だよ。皇帝陛下は何よりも君を優先し、勅命により、君の護衛を務めさせているが、本来、あるべき姿ではないんだ。現に今も、ここに彼の片腕と言われるカルバイン副団長が宮殿にいることが、私にはとても不自然だよ」


 姫君は驚いてリリーナを見上げた。リリーナはその視線に気付かない振りをして、正面を向き続けることしかできない。


「アルヴァートが最強といえど、第1騎士団が分散され、副団長が側にいないのだから、今回の調査や討伐には、無駄に時間がかかるだろうねぇ」


「そんな……」


「君は皇国で特に優先されているんだよ。私が君とこうして会う時間を持つことも、当然だと思われても困るかなぁ」


「私だって、本当は……!」


 姫君は最後まで口にすることが出来ず、言葉を飲み込んだ。


 リリーナが2人に視線を向けると、うつむいた姫君の向こうから自分を見定めるダリウスの視線とぶつかった。

 口調はいつものんびりとしているが、視線が鋭い。

 きっと、彼は何か気付いている。片頬だけ上げられた笑みがそれを物語った。

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