27.流れ
お腹が空いて目を覚ます。
(どうして、ここに……???)
リリーナは体を起こし、周囲を見渡した。
鍛錬場のベンチでお日様の光を浴びていたはずだが、いつのまにか眠ってしまい、知らないうちに寄宿舎の部屋まで運ばれたようだ。
部屋はよく似た作りのためわかりにくいが、机の位置や窓際の植物が違う。無造作に置かれた服や床に積まれた本が、この部屋の持ち主を教えてくれた。
(ここ、団長の部屋だわ……。しかもこのベッド……)
いろいろ思い出し、恥ずかしくなったリリーナは急いで自室へ戻った。
心臓に悪い。本人を目の前にする時より、思い出す姿のほうが慌ててしまうのはどうしてだろう。
リリーナはベレンの実を保管している瓶を手に取ると、フタを開けた。嬉しそうに机に飛び乗るトォーリィに数個差し出し、自分も1つ食べる。
(不安定だから?)
鏡に写った自分の瞳を見て、リリーナは姿見に近付く。
姫君の公務のため、祈りの花を奉納する際に術を重ね合わせた後から、瞳の色が変化した。
澄んだ緑から徐々に藍色へと色が移っていく不思議な色合い。
圧倒的に強いアルヴァートの魔力に、同調したというよりは飲み込まれてしまったからだと説明を受けた。角度によって金色の光が重なって見えるのは、ローレン大公殿下から頂いた誓約の影響だろう。
(その瞳の色、どうなってるの?)
ルシアン・キレイトの言葉を思い出す。興味を持たれてしまうのも仕方がない。自分でも不思議に思う。
リリーナは時刻を確認して、着替えを始めた。お腹が空くはずだ。すでに食堂が開いている。
「カルバイン副団長、お疲れさまです」
空いている席につくと、先に食事をとっていた団員に声をかけられた。肩に乗っていたトォーリィがテーブルに降り、頬から実を出して食べ始める。
「お声掛けをしたのですが、眠ってらっしゃるようだったので、先に頂きました」
リリーナは黙ってにっこり微笑む。
(まさか、団長の部屋に声をかけた訳ではないよね?)
そうではない事を祈りたい。内心、冷や汗だらけのリリーナの前に、今日の食事担当がトレイを置き、配膳を始めた。鍋から何かゴテゴテしたものをよそい、器にスープなようなものを注ぐ。トングで添えられたものは多分、野菜だ。
トォーリィの手からポロリと実が落ちる。
見た目が得体のしれない本日の男メシに、周りの団員がこちらを悲愴な顔をして見ている。頭を抱えている者までいるが、味に問題でもあるのだろうか。
「本日の夕食は実習生と一緒に作りました」
「そうなの?ありがとう。頂きます」
配膳してくれた団員の声とトングを持った手が震えている。形がいびつな食材の切り方は、普段作ることがない実習生が苦労した証だ。あり得ない色をして、不思議な形状をしているが、仕方がないとしか思えない。
リリーナは一口大に切って、口に運んだ。味には問題ないが、なぜ周囲から嘆くようなため息が出ているのだろう。
「申し訳ありません」
「?」
食事担当の団員がなぜ謝るのか、わからない。
「……ッ。実習生ども、見るが良い!」
食事担当の団員が実習生を呼び寄せる。
「我が第1騎士団の食事が他と違い、見た目も味も違うと言われている理由を。私や他の団員が食べても気にならない男メシが、カルバイン副団長の前だと画が酷過ぎる!」
「そうかしら?」
多分イモ?をフォークで差し、リリーナは首を傾げる。
「わかるか、この気まずさが。料理は食べられればそれで良い訳ではないのだ!」
「申し訳ありません!」
「まあ、そんなに言ってやるな。廊下まで聞こえているぞ?」
苦笑しながら、アルヴァートが食堂に姿を見せた。帯刀し、鎧姿のままなのは、まだこの後も任務があるからなのだろう。
「毎年、この時期になるとお前も大変だろうが、落ち着け」
「お疲れさまです、団長!」
団員たちが立ち上がり、敬礼する。アルヴァートは団員たちに笑顔を向け、リリーナの隣の席に腰をおろすと、皿を覗き込んだ。
「ほう?食べられれば問題ないだろう?」
アルヴァートはそう言って笑うが、瞳が笑っていない。
「本日はドルン牛とガレアイモの煮物、ミラレ草のソテー、ブロカボチャのスープです!」
食事担当の団員はアルヴァートに男メシを配膳し、メニューを伝えると、実習生を連れて厨房へ下がった。
「……わかるか、この恐ろしさが」
実習生は頷くしかない。
「2人揃うと更に画が酷すぎる」
アルヴァートが何か話しかけ、リリーナがフォークに差して多分イモ?を差し出している。渋々食べて、仲睦まじい様子を繰り広げているが、手元の料理の得体が知れない。
「次はもっと頑張ります」
「わかればいい、期待している」
食事担当の団員は実習生の両肩を叩いて励ました。
「リリーナ、昼間、お前が鍛錬場で暴れているという連絡を受けたのだが、何か通達があったのか?」
アルヴァートが多分肉?を食べ終え、フォークを置いた。隣でデザートに夢中のリリーナに声をかける。
「いえ、今日は非番ですから、何も?」
リリーナはクリームたっぷりのデザートを好む。こちらを見ようともしない姿から目をそらして、アルヴァートは面白くなさそうに呟いた。
「そう言えばそうだったな」
「何かあったのですか?」
リリーナが尋ねるので視線を戻すが、彼女の関心はデザートのままだ。
「いや、この後の会議で情報が入ればいいが、ロビ・メイジャ領で何か起こっているらしい」
「え……」
リリーナの手が止まる。
ロビ・メイジャ領は皇都から南西にあるオロラム公爵が治める領地だ。貿易、流通を取り仕切る機関があり、現公爵はその長官を務めている。息子の一人であるシグル・オロラムは姫君の婚約者候補の一人だ。
「こんな場所で話すこともない。詳細は後で伝える」
アルヴァートは立ち上がると、見上げたリリーナの髪に触れた。
「そんな顔をするな。お前が心配することはない」
そう言って笑うアルヴァートに、リリーナは戸惑う瞳を見せたくなくて、伏せた。
「今夜はゆっくり休め」
アルヴァートの手が離れ、足音が遠ざかる。
リリーナはいつの間にか止まっていた息を吐いた。
(物語が動き始める……)
この後の流れを知っている。アルヴァートは小隊を編成し、ロビ・メイジャ領にある湾へ向かう。彼が宮殿を不在にする事で、姫君の恋心が募り、一歩前へ進む。
(まだ全ての婚約者候補とお会いしていないのに、なぜ?)
最初から姫君には婚約者候補は関係ないのだろう。
そうでなければ、この流れが起きない。




