25.決意
リリーナは頂いた物の箱を開けて、1つ1つ確認する。
以前、夜会で着たものとデザインが異なるが、深い藍色に銀糸で刺繍された、波打つような光沢が美しいドレス。縫い付けられているのは、ビーズではなく宝石だろうか。
それに合わせた装飾品。
相変わらず高めのヒール。
(全身一式「蒼華姫」コーデ……ということかしら)
添えられたメッセージは、領主の直筆なのだろうか。先程の書類のサインと筆跡が同じではあるが、恐れ多い。
夜会への招待状。指定された日付を見て、スケジュールを調整しなければ、とリリーナは考える。
恐らく、この夜会で領主と面会することになるのではないか。
イレグニス山脈の国境線を防衛する辺境伯。
一体、どのような方なのだろう。銀髪に藍色の瞳はデイン家の特徴であるため、そこは間違いない。アルヴァートの姿形から考えても、きっと美丈夫なのだろう。
(お会いするのは楽しみだけれども……)
リリーナは自分の頬に熱が上がるのを感じる。
アルヴァートのことを考えたせいで、思い出してしまった。いろいろと。
「こちらは当家でお預かりします。当日、アルヴァート様とご一緒にここへ午後1刻に起こしください」
「……わかりました」
執事長の言葉に、リリーナは微笑んで応えるが、内心は穏やかではない。トォーリィが不思議そうにこちらを見ている。
リリーナはハッとした。自分の思考はトォーリィに伝わる。トォーリィの思考は執事長に伝わる。そして執事長はこちらをにこにこ見つめている。
(恥ずかしすぎる……)
リリーナは耐えられず、目を伏せた。
「あの……、御礼を申し上げたいのですが……」
「はい、ご用意しております」
最後まで言わなくても、礼状を書く用意が整えられる。
やはり、思考が全て読まれているのではないか。
「ありがとうございます」
「ご安心を。全てではございません」
リリーナはもはや諦めた気持ちで、羽根ペンを手にした。
綺麗な便箋に羽根ペンを走らせ、ワックスを垂らすと、印を押して封をした。
「よろしくお願いします」
「かしこまりました」
リリーナは心を無にして、トォーリィを見つめる。トォーリィは首を傾げる。
トォーリィがノーザン・イレグニス領にいる固有種で、たくさん存在していた場合、諜報活動として万全なのではないか。
逆に、そもそも、なぜ、固有種であるトォーリィが守護獣として自分を守ってくれているのだろう。出会ったのは、騎士養成学校の頃だったけれど。
「まさか……」
リリーナは目を瞬く。自分の疑問に解答するように、執事長は口を開いた。
「まだアルヴァート様はお話されてないのですね。本来、トォーリィはアルヴァート様の守護獣です。この世界に、こんな面白い生き物は1体しかおりません。唯一無二の存在です」
リリーナの目の前でトォーリィが胸を張る。
「トォーリィが伝えてくれたアイシャも同じような者。彼らは人を選びます。トォーリィはアルヴァート様を選び、貴女を選んだ。仕える主人として常に側にいます。アルヴァート様が近くにいない時は、いつも側にいるでしょう?アルヴァート様自身は、もはやトォーリィが守らなくても安全ですが、貴女の事は、常にお守りしたいと考えているようです。トォーリィの言葉をそのまま伝えれば、姫君、好き好き大好き、だそうです」
リリーナはトォーリィを見つめて微笑んだ。
「ええ、トォーリィ。私も大好きよ」
執事長は向けられる微笑みに、目を細めた。
「貴女さまの心からの気持ちはトォーリィとの絆を強固にし、力を与えます」
トォーリィはまた身振り手振りで執事長に何か伝えている。
「なるほど。それはお調べしなければいけませんね」
執事長は難しい顔をする。尋ねても良いものかどうか迷ったが、リリーナは気になってしまい、声をかけた。
「トォーリィは何と……?」
執事長は難しい顔をしたままこちらを見つめていたが、小さく息を吐くと、静かに告げた。
「何故、貴女様が短い間とお考えになっているのか、と」
リリーナの胸がズキリと痛む。
「トォーリィは純粋な生き物です。貴女の心の動きを鏡にように自分にうつします。今も何故、胸を痛めるのか、と」
トォーリィはまた心配そうにリリーナを見上げている。
「先程も申し上げましたが、トォーリィから伝えられる情報は全てではございません。しかも、トォーリィから発信されなければ、私も受信することができません」
リリーナは黙って目を伏せる。今は何も答えられない。
「アルヴァート様が姫君のことを好き過ぎて面倒だから?なんて失礼なことを考えておりますが、その後の言葉はお伝えできません。ええーっていう顔をしない」
リリーナにもわからない。姫君の心がこれからどのように動いていくのか。今はアルヴァートに恋をしている姫君の想いが、深まるのか、移ろうのか。移ろうことなどあるのだろうか。
「リリーナ様、これだけはお伝えしておきます」
落ち込んだ気持ちと同じように、いつのまにかうつ向いていたリリーナは、問い正す執事長の口調に顔を上げた。
「デイン家の男性は、生涯ただ一人の女性しか愛しません。ええ、それはうざいほどに。セクハラは酷いし、ストーカー行為も平気だし、粘着性が高いし、見た目でかなり誤魔化されていますが、ド変態です。おっと……」
執事長は軽く咳払いをする。自分の気持ちを変えてくれるために伝えてくれたであろう言葉に、リリーナは微笑んだ。その気持ちが嬉しい。
「ありがとうございます」
「トォーリィも臨機応変に姿形が変わるのですから、あなたも意味は違えど、変態でしょう。仲間ですな。間違っておりませんから、苦情は受け付けません」
トォーリィがバタリと倒れる。
「リリーナ様」
「はい」
「予定されている事柄は確定する未来ではありません。貴女の心の在り方でどのようにも変化します。選ぶのは貴女です。どうか憂うことなく、微笑んでいてください」
リリーナは目を瞬き、ふわりと花のように微笑んだ。
「わかりました」
一度手に入れてしまった幸せは、失うことが怖い。どうしようもない流れに飲み込まれてしまっても、ただ流されることなく、立ち向かってもいいのだ。諦めて、無条件に手放したくはない。
私は与えられるだけの令嬢ではない。振るえる剣と燃やし尽くす炎がある。戦える。貴族の世界にも避けられない戦いがあると思うが、どこでも同じだ。
(そうだ、修行しよう!)
どうしてそうなるのかな?という執事長の微笑みには気付かず、リリーナは固く決意した。




