24.訪問
次の日、リリーナは皇都にあるデイン家の屋敷を訪問した。
本邸は皇都より最北端にあるノーザン・イレグニス領にあり、皇都に滞在する時に使用するための別邸として設けられている。
現在は屋敷の定期メンテナンスという事で、執事長とメイド長が多くの使用人や侍女等を連れて滞在しており、あちこちで作業が行われていた。
「まあ、姫君、お一人で?お迎えに伺いましたのに」
屋敷の門扉で案内を頼むと、慌ててメイド長が現れた。
「お迎えありがとうございます。私は皇都の騎士です。寄宿舎から徒歩で来れる距離ですし、お気遣いは無用です」
リリーナは騎士の礼をとる。装いも騎士団の礼服で帯刀しているし、馬車でお迎えに来ていただくようなドレスを着た令嬢ではない。
「姫君のそのお姿も凛々しく素敵ではございますが、誠に勿体なく存じます。今からでもお召しかえをご用意いたしましょう」
「いいえ、私は職務に誇りを持っております。お気持ちはありがたいですが、どうぞお許しください」
リリーナはメイド長の申し出を丁寧に辞退した。しかし、気落ちする彼女を見て申し訳なくも思った。
「アルヴァート様にお願いしなければいけませんが、よろしければ、先日のように任務で必要になった時に、お力を貸してはいただけないでしょうか?あいにく寄宿舎の自室にはドレスの持ち合わせがありませんので」
リリーナが微笑むと、メイド長はありがとうございます、と頭を下げた。
「アルヴァート様から、こちらがお好きだと教えていただき、持参しました。どうぞ皆様でお召しあがりください」
リリーナは手土産として皇都で人気の菓子店で購入した包みを差し出した。
昨夜、訪問する際の贈り物を決めるため、好みを教えてもらおうとアルヴァートの自室ヘ相談に行ったのだが、夜に近付いてはいけない。あっという間にベッドに連れ込まれ、今朝もまた、彼の部屋で目を覚ますことになった。
目覚めた時には、もう任務に出かけた後で不在だったけれど、机にメモ書きが残されていた。綺麗な字だな、といつも思う。
余計なことを思い出して、リリーナは慌てて気を引き締めた。
そしてふと気付く。危なかった。ドレスに着替えなどさせられたら、昨夜、何があったのか報告しているようなものだ。
綺麗な肌に傷をつけたくないから、と言って、彼は肌に跡を残すようなことはしないが、実際のところ、見えない部分はわからない。
「まあ、嬉しいです。ありがとうございます、リリーナ様。どうぞ、こちらへ」
メイド長の喜ぶ顔を見て、リリーナは嬉しくなった。彼の名前を口にする度、耳にする度、いろいろ思い出してしまうが、一先ず目をそらそう。切り替えは大事だ。
リリーナはメイド長に案内されて門扉をくぐる。
「素敵な庭園ですね」
庭師が作業中ではあるが、いろいろな植物が植えられており、興味をひかれた。
(そういえば姫君のレッスンで招かれたブルナ氏がノーザン・イレグニス領は調査不能地域と言っていたわ。名前がわからないものは特有の植物なのかしら)
ノーザン・イレグニス領は寒さが厳しく、皇都と気候が違う。
「ええ、後でご案内いたしましょうね」
屋敷の玄関の扉を通ると、執事長が恭しく頭を下げた。
「ようこそ、お越しくださいました。リリーナ様」
「またお会いできて、嬉しいです。お招きありがとうございます」
リリーナの装いを見て判断したのだろうか。執事長は、姫君とは呼ばなかった。
「どうぞ、こちらへ」
執事長はサロンヘ案内する。席につくと、温かい紅茶とふんわりとした菓子が運ばれてきた。上にたっぷりとクリームがのっている。散らした果実が彩り豊かで美味しそうだ。
「リリーナ様のお口にあえばよろしいのですが」
一口大に切り分け、口に運んでみる。
「とても美味しいです」
リリーナはふんわりと花のよう微笑んだ。メイド長は穏やかに微笑む。
「貴女様は完璧です」
メイド長の言葉にハッとした。彼女が魔王級の危険人物を育てた先生だったことを思い出した。気が抜けない。
執事長がワゴンを運んできた。いろいろな箱の上で、トォーリィがもの凄い勢いで、木の実をかじっている。
「そんなにたくさん食べるとお腹を壊しますよ」
執事長がため息をついて、トォーリィに声を掛けた。
「おやおや、もっと欲しいとは何があったのですか。ええ?最近、姫君を狙っている人と鳥がいて、許せないんだよねー、姫君を守るために、もっと食べて強くなりたいと。ほう?アルヴァート様はどうしているのですか?」
リリーナは耳を疑う。この執事長はトォーリィと会話が出来るのか。黙って、紅茶のカップに手を伸ばした。
「何と!?それは喜ばしいですね。おめでとうございます」
肝心な部分を訳してくれないが、執事長はリリーナに頭を下げた。リリーナは微笑みを返す。
チラリとトォーリィに視線をやれば、何か身振り手振りで説明をしている。
「それはいけませんねぇ。何とかしましょう」
リリーナは紅茶を置くと、こちらを見つめる執事長に視線を向けた。
「リリーナ様、ベレンの実は足りていますか?現在、日に3つと伺いましたが、3倍に増やしたほうが良いですね。愛され過ぎてバランスが崩れています」
「……わかりました」
リリーナは頬を染めて微笑んだ。恥ずかしすぎる。心臓が爆発しそうだ。メイド長が涙ぐんでいるが何事だ。
「トォーリィはやる気に満ち溢れていますが、あまり食べさせてはいけません。巨大化します」
以前、アルヴァートが伝えた内容と同じことをリリーナに告げる。
「ええーって顔をしない。姫君は3倍で不公平とかいう問題ではありません。あなた、クマになりたいのですか?強くて格好良いでしょうが、大好きな姫君に近付けないですよ。狼の姿でないとお側には置けません」
トォーリィの手からポロリと実が落ちる。
「大好きな姫君がアルヴァート様、好き好き大好きってなるかはわかりませんが、可能性は高いでしょう。だから、ええーって顔をしない」
トォーリィはリリーナの肩に飛び移る。
「ええ、そうですね。私たちはできることをしましょう」
何かいい感じに話がまとめられたが、リリーナは恥ずかしくて居心地が悪い。トォーリィの性格が見た目通りの愛くるしい事がわかっただけ、いいとしよう。
「リリーナ様、本日貴女様をお呼びしたのには理由がございます。これらの品々をお受け取りになり、こちらの書類にサインをお願いします」
茶器を片付けられて、リリーナは書類と羽根ペンを渡された。
「我々、デイン家は貴女様をお迎えする準備を進めております。同刻、ご実家に使者が訪れている頃でしょう」
リリーナは黙って書類を確認する。内容は本当に贈り物の受領書だ。目録がのっているが、贈り主がデイン家当主となっている。アルヴァートの父で、ノーザン・イレグニス領の領主だ。一度もお会いした事がない。リリーナは混乱したが、言葉をのんで短く尋ねた。
「なぜ?」
「アルヴァート様がお選びになったからでございます」
「……わかりました。謹んでお受けします」
リリーナは書類に羽根ペンを走らせ、サインをした。




