23.貴公子
姫君の婚約者候補は何故、こんなにも個性的なのだろう。
「姫君、お招き頂き、ありがとうございます」
昨日お会いしたブルナ氏と台詞は全く同じなのに、ダンスの講師としてやってきたディガス・モルドナー氏は3回転しながら挨拶をすると、優雅に姫君の手を取った。
金髪碧眼の美男子に姫君の頬が染まる。
見た目は社交界の貴公子と言われているだけあり、リリーナから見ても美しいと思うが、まさか自己愛が強かったりしないだろうか。彼の上品な上衣に、赤い薔薇の花がさしてあるが、姫君に贈る訳でもないし、どういう意味があるのだろう。
(あれが社交界の貴公子……)
リリーナは13歳の時に5年制の騎士養成学校へ進んだため、社交界の情報に疎い。貴族の子息や令嬢が通う学校ヘ進んでいれば、年齢的にきっと在学中に彼の評判を耳にしていただろう。もう少し情報収集をする必要がありそうだ。
(しかし、あのステップ、凄いわ。綺麗に回るのね)
リリーナの視線はディガス氏の足元に集中する。
今のところ異変はない。トォーリィが狼の姿で座って待機しているところも同じだ。いつもと違うところは、昨日同席をお願いしたアルヴァートが隣に立っていることだけだ。
「姫君も、先の夜会であの方のダンスをご覧になっただろう?デイン家の姫君だ」
軽いポーズを指示し、姿勢の修整をしながら、ディガス氏は姫君に問い掛けた。
「麗しい姫君だった。そう、指先まで、美しく繊細でなければならない。僕は呼吸を忘れた。瞳をとらえて離さない。あんなに人を魅了する踊り方を僕は知らなかった。不敬ながら、ローレン大公殿下に嫉妬したよ。デイン家の花は特別な存在だからね」
(これは……マズイ)
ディガス氏が当事者を目の前にして、とんでもないことを話し始める。ただ、姫君のレッスンに集中しているため、護衛している騎士には気付いていない。普通にいるものだから、気にも留めていないことが幸いした。
「団長。私は壁に徹しますので、後はよろしくお願いします」
ここは気付かれないように気配を消すしかない。アルヴァートだけに聞こえる大きさで、リリーナは前を向いたまま、ささやいた。
「俺はもう壁ではいられないのだが……?」
返ってきた言葉に、リリーナの頬に熱が上がる。
昨夜のことを思い出し、隣のアルヴァートを軽く睨んだ。
「職務中は、そういう事を言わないでください」
余裕のある表情で自分を見下ろすアルヴァートが腹立たしい。
側で過ごした時間が長かったこともあり、想いを返せば、距離が縮まるのが速かった。
どれだけ自分が愛されているのか、夜明け前まで、しっかりと教えられてしまったため、今はただ、恥ずかしい。
「どうすれば……あの方にお会いできるのだろうか」
物憂げに呟くディガス氏に、姫君はきょとんとした表情を向けた。姫君は姿勢を戻し、扉を指差す。
「アルヴァートさんなら、あちらに」
(え……!)
リリーナが驚いたのと同時に、ディガス氏が驚いてこちらを振り向いた。瞬間的にリリーナと目があう。
「君は……」
トォーリィが立ち上がった。低く唸り声を上げ始める。
「……これか!?」
小さく呟いたアルヴァートの瞳に、電撃のような光が走る。
ディガス氏がこちらに近付くにつれ、トォーリィが放電を始めた。リリーナは3度目の光景に息をのんだ。ディガス氏の足がトォーリィの前で止まる。隣にアルヴァートがいなければ、恐らく、このタイミングで部屋に飛び込んでくるのだろう。
「君はアルヴァート・デイン!!」
ディガス氏が信じられないものを見る目で声を上げた。
「いつから、そこに?」
「最初からおりましたが」
アルヴァートは表情を変えず、硬い口調で返した。
「君の姫君に会いたい」
「何をおっしゃているのか、解りかねます」
「僕はあの晩、雷に打たれたような衝撃を受けたのに、一夜明けたら、まるで、姿を思い出せないんだ。ただ、とにかく美しい仕草や理想的な踊り方だけを覚えている」
「夢でもご覧になったのではないでしょうか」
あくまでアルヴァートは最初から存在していないように言葉を返す。その態度に、ディガス氏の口調が強くなった。
「そんなはずがないだろう?ローレン大公殿下はご存知だ。姫君の名前を教えてはくれなかったけれど、殿下のお言葉を否定されるのか?」
アルヴァートは黙ってディガス氏を見下ろす。
「恐れながら、当家の機密事項です。ローレン大公殿下が名前を告げられなかった意味をご理解いただきたく存じます」
真面目に硬い口調で答え、騎士の礼をとった。
「君は!?何か知らないのか!?」
リリーナに声をかけたディガス氏にアルヴァートの冷たい視線が刺さる。咄嗟にリリーナを背に庇い、剣の柄を握った。
「お解り頂けないようですね」
トォーリィの厳戒態勢より、アルヴァートの構えのほうが恐ろしい。周囲に取り囲むように細かく魔法陣が現れる。完全にロックオンされている。
リリーナはディガス氏を保護するために彼の足元に魔方陣を描いた。どこまで耐えられるか。というか、落ち着いて欲しい。
本当は声を掛けて止めたいが、女性であることがわかったら話がややこしくなりそうで、どうにもできない。幸いな事にディガス氏はリリーナのことを騎士の1人としか認識していないようだ。
「あの……!」
姫君の声が響いた。ディガス氏が振り返る。
「お話は……済みましたか?」
リリーナはホッとした。姫君の瞳が若干潤んでいるのは、やはりアルヴァートに特別な女性がいることを知ってしまったからだろう。
「僕は諦めないからね!奪いたいんじゃない。僕は彼女の踊る姿を見たいだけなんだから、間違えないでよね!」
本当に社交界の貴公子だろうか。余裕を無くした彼は、何とも子供のようなことを言う方だ。しかも、回転しながら距離をとっていくのは、振り返りすぎて回っているだけ?
「落ち着きましたか……?」
アルヴァートの背にそっと触れて、リリーナは小さく声を掛けた。ディガス氏はたまにチラチラとこちらを見ながら、姫君のレッスンを続ける。
「すまない、取り乱した」
アルヴァートは姿勢を正して、短く息を吐く。
「お前の言っている意味がわかった。トォーリィが3度も続けて厳戒態勢をとることはあり得ない。姫君の婚約者候補を危険視しているのか、何らかの条件があるとしか考えられない。次は明日か?」
「いいえ、明日は私は非番ですので、3日後の同時刻ですね」
「わかった。次も同席する」
「でも、次はダリウス様ですよ?私も、トォーリィも一度お会いしておりますが」
「不安要素は無視できない」
「わかりました、お願いします。ところで……」
リリーナは未だに厳戒態勢を解かないトォーリィを見て、心配になった。
「トォーリィの様子が気になります」
「それだけ気にいらないのだろう。そのうちエネルギーが切れたら戻るから気にするな。ここまで続くと……そろそろだな」
アルヴァートが言う通り、ボフンと可愛らしい音を立てて、トォーリィはリスの姿に戻ってしまった。




