表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第2章 婚約者候補
22/74

22.想い

「無事で良かった。俺はお前を失いたくない」


 アルヴァートの余裕のない声に、リリーナは驚いた。


「トォーリィの厳戒態勢は、異常事態が発生していることを俺に知らせる。もし、間に合わなかったら……。考えたくもないが、お前の無事を確認できるまで、ただ、恐ろしい」


 自分を抱き締める力が強まる。


 アルヴァートが剣を抜いた状態で部屋に飛び込んできた事が、2度続いた。思い返せば、毎回、最初にリリーナの姿を確認していた。余裕のない表情が、目を合わせた瞬間に、解けていた。

 リリーナはそっとアルヴァートの背に手を回した。


「ご心配をおかけして、申し訳ありません」


 少しでも彼の気持ちが楽になれば、と声をかけたのに、何故か抱き締める力が強まった。さすがに、リリーナは苦しくなる。


「団長……?」


「リリィ、触れてもいいか」


「え……?」


 潤んだ瞳で見上げれば、答える前に荒々しく唇を重ねられた。


 リリーナは目を瞬く。

 重なる唇は熱い。受け入れながら、リリーナはそっと目を閉じた。


 ずっと気付かないようにしてきた。

 一緒に参加した夜会の夜から、アルヴァートが自分を恋人のようにリリィと呼び続け、時折、愛おしそうにこちらを見つめていることを。

 そしてまた、それを嬉しいと思ってしまった自分の気持ちを。


 何故なら、彼は、第1騎士団長アルヴァート・デインは攻略対象者だ。

 決して、心を奪われてはいけない。

 物語が進めば、突然、人が変わったように離れていく可能性だってある。今は愛してくれても、理由もなく、心が変わってしまう。それに耐えられる程、自分は強くない。


「愛してる、リリィ」


 どうしてだろう。告げてくれた言葉が嬉しいけれど、涙があふれる。求めるように瞳を閉じれば、もう一度、唇が重ねられる。


「リリィ、名前を呼んでくれ」


 耳に届く彼の声は優しく心に染みわたる。

 短い間でも、幸せに浸ってもいいのだろうか。


「ア……ル……?」


 ゆっくりと彼の名前を呼べば、アルヴァートは嬉しそうに笑った。


「……ッ!!」


 手に入れてしまえば、失う事が怖くなる。

 姫君は彼に恋をしている。それが意味する未来を、自分は知っている。

 涙がとまらない。感情が溢れて抑え切れない。


「申し訳ありません、ここを頼みます」


 リリーナはアルヴァートの腕から逃れると、廊下を走った。

 職務違反だ。それでも、この場から逃げたかった。リリーナは第1騎士団の寄宿舎にある自室へ向かった。



 ***



(今は何時だろう)


 リリーナは自室のベッドから起き上がる。窓から差し込む光が弱い。室内は薄暗く、随分、眠っていたようだ。

 リリーナは目をこする。もう涙は流れない。溢れ出した感情は、流した涙で随分落ち着いたようだ。


(顔を洗ってこよう)


 洗顔用の蛇口をひねり、水をためる。流れ落ちる水音を黙って聞き続ける。


(酷い顔……)


 顔を上げて、鏡にうつる自分にリリーナはため息をついた。瞳に入り込んだ藍色は、否応なしに、アルヴァートを思い出させる。


 自分は、彼が幸せになる姿が見たかった。相手が姫君でなければいけないとずっと思っていたけれど、彼が自分を望むなら、応えてもいいのだろうか。

 鏡の中の自分が首を傾げる。


(ちゃんとしなきゃ)


 顔を洗って、化粧をなおして、崩れた髪も整えて。


 リリーナは廊下に出ると、右側に視線を向けた。アルヴァートの自室の扉下から、明かりの光が漏れている。彼が在室なことが解った。


「団長、リリーナです」


 いつものように、入れ、という言葉がない。扉に近付く気配がして、しばらくしてから、扉が開いた。


「お時間よろしいでしょうか?」


 わずかに開いた扉の隙間から、トォーリィがするりと抜けてリリーナの足元に擦り寄った。


「……ああ、入れ」


 アルヴァートは目をそらしたまま、扉を開く。

 リリーナを部屋に入れると、アルヴァートは距離を取るように窓側ヘ移動した。

 リリーナは頭を下げた。


「職務を放棄してしまい、申し訳ありません」


「……いい。俺に原因がある。気にするな」


 何があろうと、職務放棄は服務規程に反する。個人的な感情で、午後からの護衛の任務を全て、押し付けてしまったのだ。


「……落ち着いたのか?」


 チラリとこちらをうかがって、アルヴァートは直ぐに視線をそらした。


「はい。最近の私は問題があります。まともに任務を遂行できておりません……」


 視線を下げると、トォーリィが心配そうにこちらを見上げていた。こんな表情を、最近良く見ている。リリーナは膝をついて、トォーリィの首筋を撫ぜた。


「ごめんなさい、トォーリィ。あなたに心配をかけてばかりね。あなたはこれからも側にいてくれる?」


 トォーリィは嬉しそうに頬に擦り寄った。


「大好きよ、トォーリィ」


 リリーナはトォーリィを抱き締めると、立ち上がった。


「団長にお願いがあって参りました。明日の姫君のレッスンに婚約者候補のディガス・モルドナー様がいらっしゃいます。同席をお願いできませんか」


 アルヴァートは振り返ると、リリーナを見た。


「姫君と婚約者候補が面会された時、全く同じ事が、2度起こりました。私に誰かが近付き、トォーリィが厳戒態勢をとり、団長が飛び込んできます。台詞も行動もパターンが同じです。次もあれば、ほぼ確定するのでしょうが……」


 リリーナは小さく咳払いをすると、アルヴァートから目をそらした。


「その……、アルがまた……辛い思いをするのは……嫌だわ」


 自分で口にしてみて恥ずかしすぎる。最後の方は小声になってしまい、リリーナは両手で顔をおおった。

 大股で近付く足音がして、強く抱き締められた。


「そうだな……わかった」


 リリーナは頬に熱が上がるのを感じた。鎧がない状態だと彼の動悸の速さが伝わる。きっと自分も同じように、彼に伝わってしまっているのだろう。


「手に入れてしまうと、失うのは怖い」


 アルヴァートの言葉を聞いて、リリーナは目を閉じた。そっと背に手を回す。

 失った時、思い出だけでは生きていけないだろうけれど、愛してくれるなら、愛したい。

 自分に素直になって、想いを返したい。


「リリィ」


「なぁに?アル?」


 見上げればアルヴァードは嬉しそうに笑う。


「いいな、お前に名前を呼ばれるのは」


 この眼差しはいつまで注がれるのだろう。

 もう流れないと思っていた涙が溢れそうになり、慌ててリリーナは目を伏せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ