22.想い
「無事で良かった。俺はお前を失いたくない」
アルヴァートの余裕のない声に、リリーナは驚いた。
「トォーリィの厳戒態勢は、異常事態が発生していることを俺に知らせる。もし、間に合わなかったら……。考えたくもないが、お前の無事を確認できるまで、ただ、恐ろしい」
自分を抱き締める力が強まる。
アルヴァートが剣を抜いた状態で部屋に飛び込んできた事が、2度続いた。思い返せば、毎回、最初にリリーナの姿を確認していた。余裕のない表情が、目を合わせた瞬間に、解けていた。
リリーナはそっとアルヴァートの背に手を回した。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
少しでも彼の気持ちが楽になれば、と声をかけたのに、何故か抱き締める力が強まった。さすがに、リリーナは苦しくなる。
「団長……?」
「リリィ、触れてもいいか」
「え……?」
潤んだ瞳で見上げれば、答える前に荒々しく唇を重ねられた。
リリーナは目を瞬く。
重なる唇は熱い。受け入れながら、リリーナはそっと目を閉じた。
ずっと気付かないようにしてきた。
一緒に参加した夜会の夜から、アルヴァートが自分を恋人のようにリリィと呼び続け、時折、愛おしそうにこちらを見つめていることを。
そしてまた、それを嬉しいと思ってしまった自分の気持ちを。
何故なら、彼は、第1騎士団長アルヴァート・デインは攻略対象者だ。
決して、心を奪われてはいけない。
物語が進めば、突然、人が変わったように離れていく可能性だってある。今は愛してくれても、理由もなく、心が変わってしまう。それに耐えられる程、自分は強くない。
「愛してる、リリィ」
どうしてだろう。告げてくれた言葉が嬉しいけれど、涙があふれる。求めるように瞳を閉じれば、もう一度、唇が重ねられる。
「リリィ、名前を呼んでくれ」
耳に届く彼の声は優しく心に染みわたる。
短い間でも、幸せに浸ってもいいのだろうか。
「ア……ル……?」
ゆっくりと彼の名前を呼べば、アルヴァートは嬉しそうに笑った。
「……ッ!!」
手に入れてしまえば、失う事が怖くなる。
姫君は彼に恋をしている。それが意味する未来を、自分は知っている。
涙がとまらない。感情が溢れて抑え切れない。
「申し訳ありません、ここを頼みます」
リリーナはアルヴァートの腕から逃れると、廊下を走った。
職務違反だ。それでも、この場から逃げたかった。リリーナは第1騎士団の寄宿舎にある自室へ向かった。
***
(今は何時だろう)
リリーナは自室のベッドから起き上がる。窓から差し込む光が弱い。室内は薄暗く、随分、眠っていたようだ。
リリーナは目をこする。もう涙は流れない。溢れ出した感情は、流した涙で随分落ち着いたようだ。
(顔を洗ってこよう)
洗顔用の蛇口をひねり、水をためる。流れ落ちる水音を黙って聞き続ける。
(酷い顔……)
顔を上げて、鏡にうつる自分にリリーナはため息をついた。瞳に入り込んだ藍色は、否応なしに、アルヴァートを思い出させる。
自分は、彼が幸せになる姿が見たかった。相手が姫君でなければいけないとずっと思っていたけれど、彼が自分を望むなら、応えてもいいのだろうか。
鏡の中の自分が首を傾げる。
(ちゃんとしなきゃ)
顔を洗って、化粧をなおして、崩れた髪も整えて。
リリーナは廊下に出ると、右側に視線を向けた。アルヴァートの自室の扉下から、明かりの光が漏れている。彼が在室なことが解った。
「団長、リリーナです」
いつものように、入れ、という言葉がない。扉に近付く気配がして、しばらくしてから、扉が開いた。
「お時間よろしいでしょうか?」
わずかに開いた扉の隙間から、トォーリィがするりと抜けてリリーナの足元に擦り寄った。
「……ああ、入れ」
アルヴァートは目をそらしたまま、扉を開く。
リリーナを部屋に入れると、アルヴァートは距離を取るように窓側ヘ移動した。
リリーナは頭を下げた。
「職務を放棄してしまい、申し訳ありません」
「……いい。俺に原因がある。気にするな」
何があろうと、職務放棄は服務規程に反する。個人的な感情で、午後からの護衛の任務を全て、押し付けてしまったのだ。
「……落ち着いたのか?」
チラリとこちらをうかがって、アルヴァートは直ぐに視線をそらした。
「はい。最近の私は問題があります。まともに任務を遂行できておりません……」
視線を下げると、トォーリィが心配そうにこちらを見上げていた。こんな表情を、最近良く見ている。リリーナは膝をついて、トォーリィの首筋を撫ぜた。
「ごめんなさい、トォーリィ。あなたに心配をかけてばかりね。あなたはこれからも側にいてくれる?」
トォーリィは嬉しそうに頬に擦り寄った。
「大好きよ、トォーリィ」
リリーナはトォーリィを抱き締めると、立ち上がった。
「団長にお願いがあって参りました。明日の姫君のレッスンに婚約者候補のディガス・モルドナー様がいらっしゃいます。同席をお願いできませんか」
アルヴァートは振り返ると、リリーナを見た。
「姫君と婚約者候補が面会された時、全く同じ事が、2度起こりました。私に誰かが近付き、トォーリィが厳戒態勢をとり、団長が飛び込んできます。台詞も行動もパターンが同じです。次もあれば、ほぼ確定するのでしょうが……」
リリーナは小さく咳払いをすると、アルヴァートから目をそらした。
「その……、アルがまた……辛い思いをするのは……嫌だわ」
自分で口にしてみて恥ずかしすぎる。最後の方は小声になってしまい、リリーナは両手で顔をおおった。
大股で近付く足音がして、強く抱き締められた。
「そうだな……わかった」
リリーナは頬に熱が上がるのを感じた。鎧がない状態だと彼の動悸の速さが伝わる。きっと自分も同じように、彼に伝わってしまっているのだろう。
「手に入れてしまうと、失うのは怖い」
アルヴァートの言葉を聞いて、リリーナは目を閉じた。そっと背に手を回す。
失った時、思い出だけでは生きていけないだろうけれど、愛してくれるなら、愛したい。
自分に素直になって、想いを返したい。
「リリィ」
「なぁに?アル?」
見上げればアルヴァードは嬉しそうに笑う。
「いいな、お前に名前を呼ばれるのは」
この眼差しはいつまで注がれるのだろう。
もう流れないと思っていた涙が溢れそうになり、慌ててリリーナは目を伏せた。




