21.炎
姫君の知識をもっと深めるため、姫君の婚約者候補であるブルナ・シメルジュ氏を招くことになった。
こうなってくると、姫君のレッスンと言うよりは、姫君と婚約者候補との接点をつないでいるような気がしてくる。
「姫君、お招き頂き、ありがとうございます」
ブルナ氏はメガネが似合う、常識人だった。スラリとした体格で、スーツのような制服を着こなし、きちんとセットした髪型はどこも乱れていない。身なり正しく、隙がない青年とはこういう人を言うのだろうか。
前回のルシアン・キレイト氏が強烈過ぎたので、少々身構えてしまったが、リリーナはホッとした。それよりも、彼が肩に乗せている美しい鳥に視線を奪われる。
全身が炎のように揺らめき、流れる尾が美しい。羽根の1つ1つが輝き、例えるなら孔雀か鳳凰か不死鳥か。宝石で造られた芸術品のようだ。
ブルナ氏が上体から礼をしてもずり落ちることなく、常に気品あふれる姿で、姫君を見下ろしている。
(見下ろしている……?)
鳥でも不敬なのでは?と思ったが、美しい鳥は興味を無くしたのか、姫君からそっぽを向いた。リリーナが見つめ過ぎてしまったのだろうか、今度はこちらをジッと見つめ返している。
(瞳も輝いていて素敵!)
初めて見る鳥で、名前がわからないが、何というのだろう。図鑑には載っていなかったから、トォーリィと同じ扱いなのだろうか。
想いが通じたのか、美しい鳥はブルナ氏の肩から飛び降りると、リリーナにトコトコと近付いた。
飛び降りる時に広げた羽根も、歩く姿も見惚れてしまう。
手前で止まり、リリーナをジッと見る。
「アイシャ……?」
リリーナは伝わる名前を口にする。ブルナ氏が驚いてリリーナを見た。リリーナに名前を告げた鳥は、優雅に羽根を広げた後、頭を下げた。
狼の姿のトォーリィが低く唸り声を上げ、バリバリと放電を始める。これは厳戒態勢を取っている。
(トォーリィ、何事……!?)
対抗するように、アイシャの羽根から炎が立ち昇った。
(こんなところでバトル開始!?)
「失礼します!」
部屋の扉が乱暴に開かれ、アルヴァートが飛び込んできた。咄嗟に状況を確認して、抜いていた剣を下ろすと、鞘に収める。
「何事ですか、ブルナ様?」
(前にもあったような、この展開……)
リリーナは何とも言えない気分になる。
炎を抑えたアイシャはトコトコとアルヴァートに近付くと、リリーナと同じように優雅に羽根を広げた後、頭を下げた。
その後はまたトォーリィと睨み合っている。轟々と炎が上がっているが、何事だ。
「驚いたね。アイシャが頭を下げる人間を見たのは初めてだよ。しかも一度に2人も。君たちは何者だい?」
ブルナ氏がこちらに歩み寄り、アルヴァートはリリーナを背に庇った。
「おいで、アイシャ」
ブルナ氏に呼ばれて、アイシャは彼の肩に飛び乗る。厳戒態勢のトォーリィを見下ろして嬉しそうだ。
何を張り合っているのだろう、トォーリィは狼から大鷲の姿になると、アルヴァートの頭に乗って、逆に、見下ろした。
「……おい」
「アハハハハッ」
おかしなやり取りにブルナ氏が大笑いした。
「面白いね。君はトォーリィだね。初めてみるけれど、実に興味深い。こんなに笑ったのも久し振りだよ」
何も見えない姫君が不憫のため笑うことができないが、ブルナ氏の雰囲気が柔らかくなった。
「君は第1騎士団長のアルヴァート・デインだね。そうか、トォーリィはノーザン・イレグニス領にいるのか。調査不能地域のため生息地が不明だったけれど、メモして置かなきゃ」
ブルナ氏がポケットからメモを取り出し、胸をはってふんぞり返っているトォーリィの情報を書き始める。
「トォーリィ、いい加減に降りてくれないか」
「いいんだよ、そのままで」
ブルナ氏はあくまでマイペースだ。
「彼らは人を選ぶ。書物に載せることはできないが、確かに存在する。きちんと認識してくれる人がいることが、僕は嬉しい。自由に美しく、そこに在って欲しい」
ブルナ氏の目が細まる。
「君の名前は?」
ブルナ氏に尋ねられたため、リリーナはアルヴァートの背から出ると騎士の礼をとった。
「第1騎士団アルヴァート・デイン配下、リリーナ・カルバインと申します」
「アイシャが自ら名前を告げるということは、随分気に入られたようだね。使う魔術は主に火炎系かな?」
「はい」
「アイシャは気位が高い。純粋な質の良い炎を好む」
トォーリィと睨み合っていた時に轟々と炎が立ち昇っていた姿から想像がついたが、まさに炎だ。
「どこで紛れ込んだのかわからない卵から孵ったのだけれど、君の出身はどこかな」
「ユグシル・セイナ領です」
「カルバイン家の……ん?君はカルバイン家の令嬢か?」
リリーナは困ったように笑うしかない。
「これは失礼した。カルバイン嬢」
ブルナ氏は令嬢に対する礼をとろうとするが、リリーナは慌ててそれを止めた。
「ブルナ様。私は騎士です。令嬢ではございません」
「いや、しかし」
ブルナ氏はリリーナの手を取ろうとしたが、咄嗟にアルヴァートに阻止された。無言のままだが、見下ろす瞳が恐ろしく冷たい。頭にトォーリィが乗ったままだが、それを感じさせない程の殺気だ。
「……デインの姫君か」
ブルナ氏は何かを思い出したように小さく呟き、リリーナから距離を取った。
「知らなかったこととはいえ、申し訳なかったね。許して欲しい」
ブルナ氏はアルヴァートに頭を下げた。
「アイシャはユグシル・セイナ領から来たのかい?そうだね、今度、2人からいろいろ話を聞きたいね。よろしく頼むよ」
ブルナ氏は笑顔を向けると、姫君が待つテーブルに戻った。
「お待たせして申し訳なかったね。授業を再開しよう」
リリーナはホッと息を吐く。姫君をないがしろにしていないか、ずっと気になっていた。
トォーリィが地面に降り、大鷲から狼の姿へ戻った。
「……リリーナ、話がある」
アルヴァートの声が不機嫌に低い。
「はい、なんでしょうか」
部屋の外に出るように促されて、リリーナはアルヴァートの後ろに続いた。廊下に出て、扉が閉まる音が耳に届いた時、振り返ったアルヴァートがリリーナを抱き寄せた。




