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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第2章 婚約者候補
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20.書物

 午後から、姫君は生態系の基礎知識を学ぶために、宮殿内にある蔵書室へ向かった。


 こちらの生態系を、姫君は何もご存知なかった。知らない物が見える訳がない。知識ゼロでは思い描けない。

 しかしながら、宮殿内にあるものは内容が高度で難解で、導入として対応できるものがなかった。当然といえば当然だが、何とかできないものだろうか。


 リリーナは部下を呼び、街で調達してくるように伝えた。


「より実物に近い図で、低年齢でも理解できる文章で解説されている物をお願いします」


 本当は自分が行きたいが、非番でないため場を離れられない。1人で行かせて、とんでもない本を持ってこられても困るため、3人で行かせた。


 その間、姫君は宮殿内のサロンでくつろいでいただくことにした。メイド長のレッスンで疲れきっていることが見てとれる。


「姫君、お茶をどうぞ」


 姫君の前に温かい紅茶と焼き菓子が用意される。

 リリーナは護衛として扉の横に立ち、姫君が紅茶を飲む様子を見守った。


 マナーも仕草も完璧ではない。気になる人は気になって仕方がないだろう。それでも、姫君は皇女殿下なのだ。求められる姿がある。息を吐くように自然に振るまえるようになるには、どれだけの時間を有するのだろう。


(良かった、メイド長さんが一緒にいなくて)


 リリーナは小さくため息をついた。

 サロンに自分達以外、誰もいないこともあり、姫君は油断しきっている。どう見ても、買い物途中で一息つく村娘のようだ。


(こんなご様子を見られたら、とんでもないことになりそう)


 お会いした時は小柄の品の良いご婦人で、涙ぐんだり、とても可愛らしい人だと思った。姫君と一緒にレッスンを受けてわかってしまった。アルヴァートは何と言っていたか。


(幼少より私の世話をしてくれた先生です。少々手厳しいですが……)


 魔王級の危険人物を育てた、手厳しい先生なのだ。怒鳴ったりしてくれたほうが良かった。崩さない微笑みが恐ろしい。


(きっと、あの方も猛獣なんだわ)


 急に寒くなったリリーナは気を引き締める。


(それでも、何のご用事で皇都へいらしたのかしら。お会いできて嬉しいけれども、デイン家で何かあったのかしら)


 メイド長は帰り際に、アルヴァートに封書を渡し、皇都にあるデイン家の屋敷へリリーナを招いた。今日は非番ではないため伺えないが、次の非番の日に伺う約束になっている。崩さない微笑みが恐ろしくて断われなかった。


 サロンの扉が軽く叩かれる。

 リリーナが扉を開くと、街へやった部下の1人が現れた。後ろの2人も荷物を抱えている。


(荷物……?)


「カルバイン副団長、御用命の物をお持ちしました」


「ご苦労さま。運んでちょうだい。確認するわ」


「失礼します」


 3人は包みを抱えて入ってくると近くのテーブルに置いた。


「随分、多いのね」


 リリーナは目を瞬く。1冊が大判で分厚い。まさかと思うが、これは図鑑セットなのでは。


「こちらはどうかと思って息子の本棚から持って来ました」


「え!?」


 包みを開ければ、思った通りの図鑑セットだ。


「いやはや、家に同じものを2セット贈られまして、まだ生まれたばかりの赤ん坊に、気が早いです。よろしければご活用ください」


「そんな、ご両親からの贈り物をいただく訳には」


「2つも必要ないですよ。気持ちは頂いております」


 慌てるリリーナに、部下は笑って照れた顔を見せた。


「ありがとう」


 リリーナはにっこりと微笑んだ。


 瞳が潤んで愛らしい。カルバイン副団長の微笑みを頂けるなら、何でも差し出したい。

 ほわほわとした雰囲気に包まれる。


「今はこんなに綺麗で、とても詳しいのね。素敵!」


 1冊パラパラとページを開くリリーナの瞳が輝いている。


 こんなお側で麗しいカルバイン副団長のお姿を拝見できるなんて、僕は、もう……。

 部下の1人がよろめいた。鼻血が出そうだ。


「あら?」


 リリーナは図鑑の監修者の名前を見て、裏表紙を見つめた。


「ブルナ・シメルジュ……」


 姫君の婚約者候補の一人だ。皇国の教育機関に在籍する文官と聞いていたが、ここで名前を拝見するとは思わなかった。


(そうだ。この図鑑のどこかにトォーリィが載ってないかしら)

 トォーリィの姿を姫君にお見せできれば、何かお手伝いできるかもしれない。


 リリーナは「動物」という1冊を開く。

 何てことでしょう、トォーリィは動物ではなかった。


 リリーナは「幻獣」という1冊を開く。

 何てことでしょう、トォーリィは幻獣でもなかった。


 リリーナは「害獣」という1冊を手に取る。

 開いて確認するのがためらわれた。いつも愛くるしいトォーリィが害獣な訳がない。


(どちらかと言えばこっちでしょ!)


 リリーナは「かわいいお友達」という本を掲げる。


「あの……カルバイン副団長?」


 自分を呼ぶ声に、リリーナはハッとした。

 書物は危険だ。つい引き込まれて周りが見えなくなる。


「ごめんなさい、ちょっと夢中になってしまって」


 リリーナは顔を赤らめると軽く咳払いをした。

 気を引き締めて部下に指示を出す。


「姫君のレッスン室に運んでちょうだい。素敵な本をありがとう」


 部下たちはほわほわとした表情で荷物を運んでいく。


 リリーナはまた扉の横に立ち、護衛の任務を再開した。

 あの書物が姫君の助けになってくれれば、良いと思う。

 姫君にどこまで学ぶ姿勢があるのかは解らないけれど、押し付けられた皇女という身分は苦しいと思うけれど、応援したい。


「さあ、姫君、お部屋へ戻りましょう」


 リリーナは姫君の側により、かがんで声をかける。

 子供のような表情を向ける姫君。愛らしいかと問われれば、男性と女性は感じ方が違うのでわからない。


(きっと内面が磨かれていけば、素敵な女性になるわ)


 魅力を感じない、2度とそんな言葉をかけられないように、お仕えしよう。


 リリーナは椅子から立ち上がる姫君の手を取り、微笑んだ。

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